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27-45 アキヒコ

 (こわ)ッ。おかん怒ってるわ。  どう見ても怒ってる。マジギレや。  両親の痴情(ちじょう)のもつれやで。  そこに、実の子である俺が居合(いあ)わせてもええんか。  アキちゃん、マジでおろおろするわ。どないしよ!  しかし、さしあたっては、祭壇(さいだん)でヘトヘトになったまま(くず)()ちてる以外にすることはない。  俺はめちゃめちゃ()(だま)っていた。  しんどくて口をきかれへんのもあったけど、何も言うたらあかん気がして、言葉が出てきいひんかってん。  おかんは居住(いず)まいを正し、つんと(あご)を上げた気位高(きぐらいたか)様子(ようす)を見せた。 「それくらいは勿論(もちろん)、わかってます。うちが水煙(すいえん)()()いになればええんどすやろ」 「えっ……ちょっと待て。お前は急になにを言い出すんや」  おとんの目が一瞬(いっしゅん)ものすご遠いところまでいってた。 「うちではあかんのどすか、水煙(すいえん)」  じっと俺の(にぎ)水煙(すいえん)刀身(とうしん)に目を向け、おかんは真剣(しんけん)そのものの声で(たず)ねた。 「えっ……ちょっと待てって、お登与(とよ)水煙(すいえん)は、その……男しかあかんのやで?」  何が言いにくかったのか、おとんは言いにくそうやった。  その言いにくさには俺も共感できた。  それでも、おかんの真剣(しんけん)さには()らぎがなかった。ただじっと水煙(すいえん)を見つめていた。  水煙(すいえん)刀身(とうしん)が、だらだら(あせ)をかいていた。たぶん脂汗(あぶらあせ)や。 『トヨちゃん……あのな……言いにくいんやけど、その……俺にはもう心に決めた相手がな』 「お(つた)(ねえ)ちゃんが、水煙(すいえん)接吻(せっぷん)したことがあるて、言うておいやした」  水煙(すいえん)にそれが可能(かのう)やったら、たぶん()いてた。  でも太刀(たち)やし無理やから、代わりに俺とおとんと大崎(おおさき)先生が()いといた。 「なんやと水煙(すいえん)。どないなっとんのや、それは。お(つた)(ねえ)ちゃんは俺の許嫁(いいなずけ)やぞ。しかも女子(おなご)やないか。な、な、なんで、そないなことになったんや! 俺は聞いてへん!」  おとんも軽くマジギレしていた。マジギレしてええのか、おとん。何にマジギレしてんのや。 『人工呼吸(じんこうこきゅう)やないか。蔦子(つたこ)時流(じりゅう)(おぼ)れたもんやから、助けなあかんと思て……』  水煙(すいえん)はなんで、おとんに()(わけ)する口調(くちょう)なんや?  なんで、おとんに……? 俺にやろ、ここは? 「二回したて言うておいやした! 二回!!」  おとんの(かげ)から、おかんも何故(なぜ)かマジギレしたように指摘(してき)していた。  二回!? 『二回て……二回やない。一回や。息継(いきつ)ぎしたから二回になっただけや』  水煙(すいえん)は、(ひる)んだようになって、律儀(りちぎ)に説明していた。  な、なんやそうか。それなら一回でええんやないか?  俺なんかはそう思たんやけど、おかんは納得(なっとく)してへんかった。 「二回どす! うちなんか、あんたが人型(ひとがた)になったとこを見せてもろたこともあらしまへんえ! (ゆめ)にも(うつつ)にもあらしまへん!」 『見てどないすんのや、そんなもん……』  水煙(すいえん)若干(じゃっかん)、おかんに引いてた。 「どないもしまへんけど、うちも見たいんどす! お(つた)(ねえ)ちゃんが、綺麗(きれい)やったわぁ、て言うてはったもん。お(にい)ちゃんにかて、夢枕(ゆめまくら)には立つんどすやろ? なんでうちだけ仲間はずれなんどすか。ずるい。ずるいわ」  ずるいか。 『それはお前に位相(いそう)(わた)る力がないせいや。どうも秋津(あきつ)の女子(おなご)には、その力より、時流(じりゅう)(かか)わる力のほうが伝わりやすいみたいでな……ずうっと昔からそうやねんから、しょうがないやないか……?』  そういうもんやろと、(さと)口調(くちょう)でなだめすかす水煙(すいえん)に、おかんは、ぷう、とむくれた顔をした。  俺はショックやった。俺のおかん、こんな人やったっけ?  なんていうか、こんな……妹キャラみたいな人やった?  おかん、俺の前では、ほんまの自分を(かく)してたんか。ずうっと(かく)してたん?  俺がずうっと、子供(こども)のころから、俺のおかんはこんな女やと思うて信じてきてたものって、実はおかんの、ほんまの姿(すがた)とちがうかったんか。  ぽやんと可愛(かわい)い、お(ひい)さんみたいで。(やさ)しくて。でも時々、すごく(こわ)くて。強い巫女(みこ)さんで。  いつもどこか、()らえどころのない綺麗(きれい)()みで、ちんまりと奥座敷(おくざしき)(とこ)()の前に、(すわ)っている。  いつも綺麗(きれい)な着物着て。自分の親とは思われへん、(わか)い、綺麗(きれい)なままで。  俺はおかんの、ほんの一面しか、知らんで生きてきたんやろうな。  自分にとって、都合のいいところしか、見てへんかった。 『ようそんな、おぼこいことで、(かり)とはいえ、秋津(あきつ)当主(とうしゅ)(つと)まったもんやなあ、登与(とよ)ちゃん』  (あぶ)ないところやった、という(ひび)きのある口調(くちょう)で、水煙(すいえん)はぼやいた。  それにも、おかんはまた一層(いっそう)、むかっとしたように、むくれた。 「うちかて精一杯(せいいっぱい)頑張(がんば)ってましたんや。(かり)やおへんえ。お(にい)ちゃんが出征(しゅっせい)された後、七十有余(ゆうよ)年、うちが秋津(あきつ)当主(とうしゅ)どした。あんたもそれを(みと)めておくれやす。それを(みと)めておくれやしたら……」  おかんは、ちらっと一瞬(いっしゅん)、俺のほうを見た。  そやのに、視線(しせん)を合わせようとすると、ふいっと他所(よそ)向いて、また水煙(すいえん)刀身(とうしん)に目を(もど)す。

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