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27-46 アキヒコ
「うちが現 当主 どすやろ。暁彦 やおへんわ。うちが斎主 をやります。それが筋 どすやろ」
おかんはぎゅっと、着ている裳 の裾 を握 るように、白い小さな手を握 り合わせていた。
おかんの手って、こんなに小さかったやろかと、俺 はぼんやり驚 きつつ、それを見つめた。
『登与 ちゃん……お前には、もう、生 け贄 に差し出す式(しき)がおらんわ』
「わかってます。うちがなります。生 け贄 に」
おかんは、あっさり、そう言うた。何の迷 いも、躊躇 いも、ないようやった。
水煙 は、それには答えず、黙 り込 んでいた。
「龍 は、うちとは、口を利 いてはくれはらへんのやろか。水煙 。龍 と話すには、それ相応 の通力 が必要どすやろ。うちでは無理かもしれまへん。けども、あんたがうちの式(しき)として、後見 に立ってくれたら、話は別なんとちがうやろか。あんたは龍 の眷属 や。月から落ちてきたんやて、代々言い伝えられてます。あんたは神々や、神格 のある龍 とも、口が利 けるんどすやろ。そうやおへんか?」
訊 ねるおかんの話に、水煙 はしばらく、うんともすんとも言わんかった。
でも、それは、そうやと言うたも同然 のようやった。
水煙 は、自分にできないことを、できると嘘 つくようなタイプやない。つつましいんやから。
『登与 ちゃん。やってみてもええ。試 してもええよ。せやけど、蔦子 の予知 を聞いてからにしぃや。お前が斎主 では、九割方 、龍 をなだめられへん。それが分かっていたから、暁彦 はお前を三都 から遠ざけたんや』
「なんやて……」
おかんは突然 、怖 い声を出した。
俺 の知ってる、怖 いほうのおかんの声やった。
それを聞いただけで、俺 はいろいろ縮 こまった。
俺 だけやない。なんでか大崎 先生や蔦子 おばちゃままで、縮 こまってるみたいやった。
縮 こまってへんのは、その声で言われ、じろりと振 り向 かれた当人。俺 のおとんだけやった。
「お兄ちゃん」
ものっすご怖 い声で言い、おかんはおとんを睨 んだ。
蔵 があったら逃 げ込 みたい。
傍観者 ポジションでも、そのレベルやった。
「何や、お登与 。怖 い声出して」
「お兄ちゃんが、旅行行きたいなあ、一緒 にいこか、て呑気 に言わはるから、うちものこのこ付いていったんやおへんか」
「そうやろ? 楽しかったなあ、お登与 。ついでに俺 の仕事も済 んだわ」
にこにして、おとんは言うてた。気の良いボンボンみたいやった。
「お兄ちゃんは、全部わかったうえで、ウチを連れ出したんどすな。ウチには一言も事情 を話してくれはらへんと」
「そうや。知ってたら、強情 なお前が、大人 しゅう付いてくるわけないやないか。家に残って、邪魔 しようとするやろ。今ちょうど、してるみたいにな」
「邪魔 どすか? 邪魔 やおへん。ウチが斎主 をつとめますて言うてるだけやおへんか」
「それが邪魔 やねん。頭冷やして考えてもみい。蔦子 姉ちゃんの予知 は外 れへん。お前がやったら九割 は失敗すんのや。失敗するというのが、どういうことか、お前はわかってんのか、お登与 。三都 は滅 びてしまうのやで。龍 に食われてしまうんや」
おとんは、やんわりと、昔話でも語ってきかせるような、柔 らかな口調で語った。
おかんは黙 った。石のように。
いや、鉄のように、かもしれへん。
おかんの黙 りは、どことなく水煙 の沈黙 に似 てた。
「それでもかまへんて言うんか? ほんならお前は、秋津 の当主 やないんやわ。三都 の守護 が、お家 の勤 めや。三都 を滅 ぼし、我 が身 を助けて、それで何の当主 やねん。お前も死にたいんやったら、死ねばええよ。殉死 してやれ、暁彦 に。可愛 い可愛 い、アキちゃん可愛 い言うて、さんざ甘 やかしてもうて、死ぬのにも、おかんに付いてきてもらわなあかんのか、俺 の息子 は。情 けない話やで……」
ちろりと、おとんは俺 を流し見た。
お前はそういう子なんか、と、問いただすような目やった。
「そろそろ放 してやり、お登与 。お前が捕 まえてるかぎり、こいつは一人前 になられへん。お前の可愛 い息子 はな、秋津 の跡取 りやねん。お前も当主 やていうんやったら、そのことを思い出せ」
それが血筋 の定 めやねん。
おとんは少々、面白 そうに、謡 うみたいに、そう言うた。
おかんはじっと、固く黙 り込 んだまま、それを聞いていた。
返事があるとは、思えんような、かっちり固い沈黙 で、おとんも返事は待ってへんみたいやった。
登与 ちゃんと、水煙 が心配げに、微 かにその名を呼 んでたような気がする。
軽く項垂 れて、じっとしているおかんは、いつもよりずっと、小さく見えた。
「うちは嫌 どす、お兄ちゃん……」
悲しい目して、おかんが急に言うた。
俺 は、おかんが泣いてんのを、たぶん初めて見た。
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