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27-48 アキヒコ
「堪忍 はせえへんで。ほんま、ふっざけんなよお前。俺がここまで来るのにどんだけ苦労したと思てんのや。それも解説 は後回 しにするけどやな。三回ぶっ殺しても足りんくらい怒ってるからな、アキちゃん。覚悟 しとけよ」
俺の手に頬 を擦 り寄 せながら、それでも亨 は凄 んだ。
龍 より怖 いで、水地 亨 。
前門 の龍 、後門 の水地 亨 や。
前に進むしかない。俺はそれを決意した。
「進もうか」
誰 に言うたんか自分でもわからへん。
皆 に大号令 するような立場とも思えへんし。俺は自分に言うたんかもしれへん。
亨 は微 かに頷 いたようやった。
見渡 すと、もうそこに、信太 はおらんかった。
当たり前や、鯰 に食 わしてもうた。
この石の庭にたどり着くまで、俺を先導 してくれた護衛 の虎 は、もう居 らん。ここから先、俺はあいつの助け無しで進まなあかん。
遠慮 がちに、瑞希 はでかい犬の姿 で俺を待っていた。
たぶん亨 が現 れたからやろう。人型になるのを遠慮 したらしい。
「先生、案外 、手間取 りましたんで、急がんとあきません。乗ってください」
どこかへ消えていたらしい秋尾 さんが、ドロンと水干 姿 のお告げ少年の格好 で、大崎 先生のところに戻 ってきた。
「メリケン波止場 まで、とって返さなあかん。道は瓦礫 で塞 がっていて無理です。走っていかなあかんのやし、人間の足では無理ですわ」
誰 の足なら間に合うんや。
それはもちろん、人ならぬモノたちの俊足 や。
それも、ただの物 の怪 ではあかん。
現世 とは、ちょっとズレた別の位相 を駆 け抜 けることができる、そういう能力 を持ったやつらの出番 やで。
「変化(へんげ)させてください、先生。白狐 に」
秋尾 さんが急 かすと、大崎 先生は、えー、できるやろかみたいな事をもごもご言うた。
煮 え切らん人やな、なんでできひんのや!
変化 しろて言うだけなんやで、なんでできひんのや!
なんでもな、今まではできひんかったらしいんや。
秋尾 さんは、大崎 先生に仕 える式 やし、それをより強い形態 に変化させるには、それなりの通力 がいるんやって。
おっかしいなあ。俺なんか割 と素 で亨 を大蛇 に変化させたりできたけどなあ。
もしかして俺って天才なんやないか?
知らんかったぁ。アキちゃん天才やったんや!
そして、天才ではない大崎 茂 大先生がもたもた言うてるのに焦 れて、秋尾 さんは茂 ちゃんの足にがっつり縋 り付 いていた。
「できますから先生。仙 になったんでしょ? それに霊力 二倍なんやから。今日 はいけますよ! はよう、やりましょう! やってください!」
何か変なプレイみたいになってる。
「わかったわかった、ダメ元 や! 御先稲荷 、秋尾 の君 よ、真 の御姿 を、顕 し給 え!」
いかにもダメ元みたいな、言うだけ言うとけ的な大崎 先生の口上 が終わるか終わらんかのうちに、少年の姿 やった秋尾 さんの体が、ものすごい光を発し始めた。
その輪郭 が崩 れ、眩 しく光る白い珠 になったかと思ったら、次の瞬間 には、それが弾 けて、見上げるデカさの真っ白な狐 が現 れていた。
しっぽが二本ある。
そして切れ長の目尻 には、いつぞや見たダーキニー様とそっくりな、朱色 のアイラインがくっきりと染 められていた。
「やった、成功ですわ!」
その神々 しい姿 には全く似合 わへん、身近 さみなぎる喜びの声をあげ、秋尾 さんは小躍 りした。
もちろん、でっかいお狐 様の格好 のままで。
「乗ってください、先生。港まで走ります」
そこから乗れというふうに、首を垂 れてる白狐 を眺 め、大崎 先生は自分でもびっくりしたんか、ぽかーんとしてた。成功すると思てへんかったんやろな。
「乗れて……乗られへん。白狐 に乗るなんて畏 れ多 いやないか」
大崎 先生、もじもじしてもうてた。
なんやそれ。若返 り後の美少年顔 でするな。可愛 い!
「今さら何言うてますのん。いつも乗ってたくせに」
うわあ、やっぱそうなんや。俺、聞きとうなかったわぁ、ていうことを、秋尾 さんはさらっと言うてた。
いいや、狐 の言うことや。信じたらあかん。きっと嘘 や!
「いや、そうや言うたかて……」
躊躇 うふうな大崎 先生は、言うてる間 にももう、白狐 にぱくっと襟首 を銜 えられ、ぽいっと背 に乗せられていた。
仕事が早い。
「本間 先生はどないしますか? 僕にいっしょに乗りますか?」
乗ってええんですか。
「あかん。秋津 の当主 が相乗 りやなんて。暁彦 、その犬に乗れ」
瑞希 をすいっと指さして、おとんが俺に指図 した。
瑞希 はよっぽど驚 いたんか、指されてギャワンて言うてた。
の、乗れるんか、これ。
確 かに乗れんこともないやろ。
瑞希 は狗神 モードのときは馬並 みにでかい。
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