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27-49 アキヒコ

白狐(びゃっこ)のほうがええけどなあ。今さら秋尾(あきお)をむしり取るわけにもいかへんのやし。その犬も聞くところによると、なかなかええわ。位相(いそう)(わた)れるみたいやし。ぎょうさん人食うた狗神(いぬがみ)やそうやないか。ちょっとまだ(わか)いけど、そういうのを段々(だんだん)()らすのもええで?」  おとんはそうアドバイスしてくれていた。  ええで、って何がええねん、おとん! さらっと言うな!! 「あかんあかんアキちゃん、あかーん!! 犬に乗るなんて言語道断(ごんごどうだん)や! (へび)に乗れ!!」  (とおる)が俺の耳元で(わめ)いていた。  鼓膜(こまく)危機(きき)や。いや、夫婦(ふうふ)危機(きき)。  一体何を思ってんのか、それは大体分かるけど、(とおる)はなんでか怒ってるみたいやった。なんでやろ? 『(へび)位相(いそう)(わた)られへんやろ……』  水煙(すいえん)がツッコミ入れると、(とおる)はギクッとしたようやった。 「犬は(わた)れんのかい!」 『(わた)るどころか、新しい別位相(べついそう)を作ったりしとったやないか。大阪(おおさか)疫病(えや)みのときにや。(わす)れたんか? なかなか使いでのある犬やで。この(さい)実地訓練(じっちくんれん)や』 「そんなアホな!!」  思わぬ敗北に、(とおる)は頭を(かか)えて天を()(あお)ぎ、絶叫(ぜっきょう)していた。  そんな(くや)しがるな。乗るって、ただ乗るだけなんやで。ただ乗るだけ……。  まあ、(たし)かに、それ以外の場合に知り合いに乗ったりしいひんから、(たし)かにちょっと意識(いしき)してまうけど。  なんせ俺は瑞希(みずき)に乗るのは初めてなんやしとか、いろいろ思った。それは(みと)める。  しかし非常時(ひじょうじ)や。そんな雑念(ざつねん)()(はら)え。 「乗ってもええか、瑞希(みずき)……」  一応(いちおう)遠慮(えんりょ)がちに、俺は(たず)ねた。  瑞希(みずき)はオロオロしたみたいやった。見た目、オロオロしたデカい犬やった。 「ちょ、ちょっと待ってくださいね……もうちょっと大きいならな……乗れませんよね」 『そうやなあ。大きいほうが見栄(みば)えがええわ。変転(へんてん)してみ。なにごとも練習や』  水煙(すいえん)(さと)されて、瑞希(みずき)はうろうろ歩き回りながら、苦心(くしん)して何度か化けた。  だんだん大きくなる犬の姿(すがた)は、大きくなるにつれて、毛並(けな)みが白くなり、山犬か(おおかみ)のような姿(すがた)をしている(わり)に、くるくるした()()になっていった。 「マルチーズ丸出しなってきてるで、瑞希(みずき)ちゃん……」  (とおる)がぽつりと言うと、なぜそれがショックなんか、瑞希(みずき)がまたギャワンと追いつめられた鳴き声をあげた。  (いや)なんか、マルチーズ。可愛(かわい)いのに。 「毛並(けな)みまで手が回らへんのです! これで一杯(いっぱい)一杯(いっぱい)なんです!」  でかい()()狗神(いぬがみ)が、心持ち(あと)じさりながら()(わけ)していた。 『なんや、今ひとつ、()まりのない犬やなあ。牧歌的(ぼっかてき)というか。精悍(せいかん)さがない』 「そやな。お前、『ネバー・エンディング・ストーリー』に出てきた、でかくて長~い空飛ぶ犬みたいやで」  水煙(すいえん)(とおる)が、瑞希(みずき)の気持ちは一切(いっさい)考えないことをビシバシ言うてた。 「うっさい、あんなニョロッとしてへんやろ!! それにあれは犬ちゃうわ、(りゅう)や!」  瑞希(みずき)同次(どうじげん)元で反論(はんろん)してたけど、そういう問題でもないやろ。  映画(えいが)『ネバーエンディングストーリー』に出てきたファルコンという名前の(りゅう)がな、(たし)かに白くてふさふさした毛並(けな)みで、長~い犬みたいやねん。  幸運の(りゅう)なんやで。  なんで毛が生えてんのか(なぞ)やけど。(りゅう)って(うろこ)(けい)なんとちがうんかな。俺も見たとき疑問(ぎもん)やったけど。 『見た目もなぁ……大事やねんけどなぁ……せめて、ああいうふうには、なられへんのか?』  ねっとりと不満そうに言うて、水煙(すいえん)蔦子(つたこ)さんを乗せている白狼(はくろう)啓太(けいた)のことを言うてるらしかった。  (たし)かに、あれも白くてフサフサしてるけど、方向性(ほうこうせい)(ちが)うな。  なんでなんやろなあ。元が愛玩犬(あいがんけん)やと、あかんのかな、瑞希(みずき)。  努力は感じられるんやけども、やっぱり、どことなく愛らしいな、お前は。可愛(かわい)いわ。 「が……頑張(がんば)ります」  まだまだ変転(へんてん)してみる気なんか、瑞希(みずき)は気合いを入れ直していた。  そやけど、水煙(すいえん)がそれを(ゆる)さんかった。 『いや、もう、頑張(がんば)ってる(ひま)ないから、これでいこか。アキちゃん、はよ乗りや』  そうや。(りゅう)がやってくる。 「ごめんな、瑞希(みずき)。乗ってもええか……?」  一応(いちおう)、本人の意志(いし)(たし)かめとかなと思って、俺は瑞希(みずき)のつるんと黒い目に(たず)ねた。 「ど、どうぞ……乗ってください」  緊張(きんちょう)したような面持(おもも)ちで、瑞希(みずき)は俺に自分の()を向けてきた。  その時やった。 「俺も乗らしてもらうわ、犬! 歩いていくの(いや)やねん」  俺の横からひょい、と素早(すばや)い身のこなしで、(とおる)瑞希(みずき)(またが)った。 「わああああああっ、なにしとんねん(へび)!! (だれ)がお前まで乗ってええって言うたんやあああ、()りろおぉぉっっ!!」  瑞希(みずき)はジタバタ(あば)れたが、(とおる)狗神(いぬがみ)()(やわ)らかい()()をがっちり(つか)んで、ロディオマシーン状態(じょうたい)やった。 「どうどう、瑞希(みずき)ちゃん。()()の言うとる場合やないから。ほら、アキちゃんも(はよ)う乗りや! 出発するで!!」

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