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27-50 アキヒコ
どっちが主役かわからんようなリーダーシップをとって、亨 は俺を急 かした。
急 かされると素直 に急 いてもうて、俺も慌 てて、でかい白犬の背 に跨 った。
俺が後ろで、亨 が前や。
やっぱなんか俺ってオマケっぽくないか?
『当主 が相乗 りなんてあかんて、アキちゃん言うとったのに……』
ぶうぶう言う水煙 に、亨 は断言 した。
「ええねん! 俺はヒロインなんやから。ヒロインとは相乗 りでええねん! ものども出発や! 走れ犬!」
亨 の踵 に容赦 なく腹 キックされて、瑞希 はほんまに痛 かったらしく、飛 び跳 ねるようにして竿立 ちになっていた。
堪忍 してくれ瑞希 。俺が前に乗っといたらよかった。
なんで亨 に手綱 をとられてんのか。手綱 なんかないけど。
「アキちゃん、怜司 兄さん忘 れていったらあかんで。あの人がおらんようになったら、ホテルに閉 じこめられてるやつらを現世 に呼 び戻 されへん。あの人な、えっらいところに連中を匿 ってるわ」
えっらいところ、って?
「地獄 の釜 ん中やったで! たぶん、あれ、原爆 んときに人助けしようとして、作った位相 なんとちゃうかな。なんもない防空壕 みたいなところでな、一枚 剥 いだら、すぐ外は焦熱 地獄 や。人逃 がそうとして隔離 したときに、あん時の火も熱も、全部いっしょに包 んで持ってきてもうたんやないか?」
そんなもん抱 えてんのか、湊川 怜司 。
それは、ほんまにほんまの歩く爆弾 やないか!
「俺らは無理矢理 突破 してきたけどな。鳥さんは少なくとも、火の鳥やからな、熱いのんは全然平気っぽかったけど、俺は平気やないからな。死ぬわ! というか、死んだわ! 普通 の人間やったら瞬殺 やで絶対 。怜司 兄さんが、あの防空壕 を現世 と繋 げてくれへんかったら、誰 も脱出 でけへんで」
焦 げてる亨 の服を見て、そういえばそれが、ホテルで別れた時に着ていた平安 ルックやないことに、今さら気付いた。
お前、あの服、どないしたんや。まさか、燃 えたん? 全部燃 えたんか……?
「心配すんなアキちゃん。俺は不死身 や。お前のためなら、たとえ火の中、水の中やで。せやけど、次は水の中か? ほんまに、そんなん、マジでやるんやのうて、口先 だけにさしてもらいたいわ」
くくく、と亨 は苦笑 して、岩だなのハズレの、針葉樹 の森の中に、ぽつねんと立っている、どことなく青白いような、湊川 怜司 の影 を顎 で示 した。
「拾 っていこ、アキちゃん。置いていったらもう、見つからんようになる気がする。まだアキちゃんがあの人の、ご主人様やろ?」
そうなんやろうか。
森の際 に佇 んでいる湊川 怜司 は、ものすごく、ぼうっとして見えた。まるで何もかも燃 え尽 きてもうた幽霊 みたいや。
もう一人、瑞希 に乗れるとは思えへんかったけど、とにかく俺らは白犬に運ばれ、ぞろぞろ全員で、白く朧 な亡霊 のところへ駆 け寄 った。
側 へやってきた俺を、湊川 怜司 はぼんやりと見上げた。
「大丈夫 か、湊川 ? 海へ行かなあかん」
「海へ……?」
朦朧 と答える声が、正気ではないような気がして、俺はごくりと唾 を飲んでた。
「海へ行ったら、お前は死んでしまうんやで、坊 」
自分も死んでるような、蒼白 の顔をして、朧 はそう言うた。
俺のことを見てるんかどうか、怪 しいような目付きやった。
こいつ、また、おかしいんやないか。
俺とおとんのこと、ちゃんと区別ついてるのやろか。
俺はそう思ったけど、いちいちそんなん確 かめてられへん。
「そうや。知ってる。俺はこれから死にに行くんや」
ようそんなこと言うわ。俺もヤケクソやったんかな。
肝 が据 わったというか、訳 分かってへんというか。……たぶん後者 やな。
「お前も一緒 に来てくれ。そういう運命なんやろ?」
俺が言うたんは、蔦子 さんの予知 のことやで。水晶玉 で見たとき、津波 の襲 ってくる神戸港 に、こいつも俺と一緒 に立っていたやろ。そのことを言うただけなんやで。
そやのに、朧 はなぜか、ものすご驚 いたようやった。
「俺も一緒 に行ってええんか?」
なんや、えらく心細 そうに言われて、俺は正直ちょっとトキメいたよ。
そして亨 に怖 い顔で見られた。死ぬかと思った。
「行ってええよ。お前も俺の式(しき)やろ。一緒 に来いひんで、どないするんや」
「そうやな……」
呆然 としたまま、朧 は呟 いた。
掠 れたような声やった。
それでも急に、俺を見る奴 の目が、爛々 と光り出したような気がした。
「俺を連れていかんで、どないするんや。俺はお前の役に立つわ。能 なしみたいに言いやがって。目にもの見せてやるわ!」
爛々 すぎた。
若干 妖怪 っぽかった。
いや、それ以上か。
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