747 / 928

27-51 アキヒコ

 俺はなんか、とんでもないスイッチ押(お)してもうたんやろうか。  呆然(ぼうぜん)としてフラフラやったはずの朧(おぼろ)から、急に魔闘気(まとうき)みたいなのがモヤモヤ出てきた。  魔闘気(まとうき)やで。黒いで、オーラが。オーラって言うの?  奴(やつ)の体からもやもや出る、ちょっぴり透(す)けてる霊力(れいりょく)の蜃気楼(しんきろう)みたいなのやで?  見えるやろ? 見えへん? 普通(ふつう)は?  俺には見えるんやって。  出てる。めちゃめちゃ出てる。なんやろうこれ。  どう見ても神威(しんい)や。こいつただの妖怪(ようかい)やないで。  朧(おぼろ)。お前どんだけ霊力(れいりょく)ためこんでたんや。  なんというか。ほら。神? 神レベル?  それもただの神やのうて、邪神(じゃしん)?  なんかちょっとな、なんかちょっと……神聖(しんせい)ではないな、というかな、いい神さんではないな、というか、危(あぶ)ないな、というか、これほっといたらヤバいんやないかな、という……。 「水煙(すいえん)」  朧(おぼろ)は急に水煙(すいえん)を名指(なざ)しやった。  なんやろう、怖(こわ)いいい。ケンカせんといてくれ。 「なんやラジオ」  水煙(すいえん)、怖(こわ)いいい。頼(たの)むしケンカせんといてくれ。  俺の手の中で、太刀(たち)のまんまの水煙(すいえん)が、あれって思うくらいドスの利(き)いた声で答えるのを、俺はビビって聞いてた。 「俺がほんまはどの程度(ていど)のもんか、お前に見せたる。お前がついていながら、坊(ぼん)を死なせよって、お前は腰抜(こしぬ)けや」  確(たし)かに腰(こし)は抜(ぬ)けてる。  でもアキちゃんとてもそんなボケ言われへんかった。さすがに空気を読めた。 「俺が行けばよかった。俺がついてたら、みすみす坊(ぼん)を死なせはしいひんかった。命がけでも助けてた。お前はな……水煙(すいえん)。命が惜(お)しかったんやろう。そうに決まってる。坊(ぼん)には跡取(あとと)りがおる。その子が居(お)れば、お家(いえ)は残る。お前はそう思って、死ぬのが怖(こわ)くなったんや。違(ちが)うんか!」  なんで急に今そんなこと言うのん。やめよ。やめてくれ朧(おぼろ)。  水煙(すいえん)は、黙(だま)っていた。  でも、別に無視(むし)してる訳(わけ)ではないようやった。  しばらく押(お)し黙(だま)る間、水煙(すいえん)は何かを、考えているようやった。 「そうかもしれへん」  水煙(すいえん)は急にぼつりと、そう答えた。  それは内容(ないよう)の割(わり)に、えらくあっさり聞こえた。 「そうかもしれへん。俺はアキちゃんが死んでもええわと思ったんかもしれへん。そういう俺を選んだ時点(じてん)で、あいつの死は確定(かくてい)していた。あいつ自身が選んだんや。自分の死を」 「都合のええこと抜(ぬ)かすな、このマグロが!」  ものすご怖(こわ)い声で朧(おぼろ)が怒鳴(どな)った。  なんの話。なんの話。  口を差(さ)し挟(はさ)めへん状況(じょうきょう)だけに黙(だま)るしかないねんけども。  なんの話や、言ってええことと悪いことがある、朧(おぼろ)!  俺は内心ジタバタしていた。立ってたら意味無く地団駄(じだんだ)くらい踏(ふ)んだかもしれへん。  亨(とおる)も、お口(くち)アーンてなってた。  何か言いたいけどタイミングがないんやろ。  ないよな。俺もなかった。  瑞希(みずき)も完全に硬直(こうちょく)してた。  意味分からへんかったんやろ。俺も分かりたくはなかった。 「お前が、殺したんや。見殺しにしたんや。なんでお前はそんな……酷(ひど)いことができるんや……」  思い返してもつらいんか、朧(おぼろ)は顔を覆(おお)って呻(うめ)くように言うたが、むらむら出てる魔闘気(まとうき)は、いっさい弱まることがなかった。むしろ強くなってた。 「酷(ひど)いか? そうでもないわ。人間はみんないつか死ぬんや。それがあいつの場合、たまたまちょっと早かったというだけやろ。俺はな、そういうのは慣(な)れてるんや」  まるで、けろっとしたふうに、水煙(すいえん)は朧(おぼろ)に言うてた。 「どんなに目をかけて育ててやっても、秋津(あきつ)の子はみんな死ぬしな。あいつもそうやった。しょうがない。人には寿命(じゅみょう)があんのや。神と違(ちが)って。不死(ふし)ではない」 「それでも、死なんといてほしいと思うのが……当たり前やないか! なんでお前はそうやなかったんや!」  そう問(と)われ、水煙(すいえん)はまた、押(お)し黙(だま)った。  答えを考えているんか、何も考えてへんのか、俺にもさっぱりわからへん。  そやけど水煙(すいえん)が、全然動揺(どうよう)してへんのだけは、わかる。  握(にぎ)った柄(つか)から伝わる水煙(すいえん)の気は、まるで静まりかえった水面(すいめん)のようやった。 「さあ。なんでやろ。俺が大した神やなかったからやないか。俺はな、薄情(はくじょう)やねん。お前もずうっとそう言うてたやないか。俺は、アキちゃんが思うような有(あ)り難(がた)い神やない。ただの、刃物(はもの)や。神やない」 「居直(いなお)るんか、水煙(すいえん)」  朧(おぼろ)はたじろいだようやった。 「そうやな。今さらこの土壇場(どたんば)で、ええ格好(かっこう)しても始まらんやろ。正直言うてな、朧(おぼろ)、この後どないするか俺にも皆目(かいもく)見当(けんとう)がつかへんのや。とりあえず行かなしょうがないから、海までは行くが、策(さく)はない。また秋津(あきつ)の子が海神(わだつみ)に呑(の)まれるんやなと、思うてるところや」  さらさら喋(しゃべ)る水煙(すいえん)の話に、朧(おぼろ)はショックを受けたようやった。

ともだちにシェアしよう!