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27-52 アキヒコ

 亨(とおる)もガッツン来たらしく、あわあわしながら、俺にぶるんぶるん首を振(ふ)って何かを否定(ひてい)していた。  その必死のブロックサインを見ながら、ああ、水煙(すいえん)が本気やないて言うてんのやろ、わかってるわかってるって、俺は頷(うなず)いて見せてた。  何でか知らんけど、俺は全然ショックやなかった。  こんなこと水煙(すいえん)が本気で言うわけあらへんて、腹(はら)の底から思ってたんやろな。  俺、甘(あま)い? アキちゃん、騙(だま)されるタイプ?  そやけど、ほんまにそうやから、しょうがないな。 「どないするんや、それで……どうやって坊(ぼん)を守るつもりや」 「さあ。俺はもう九割方(きゅうわりがた)諦(あきら)めてる。お国(くに)のためや、しょうがない。それが秋津(あきつ)の子の定(さだ)めなんやろう。あとは立派(りっぱ)に勤(つと)めを果(は)たすのを、見届(みとど)けるだけやな……」  しれっと話す水煙(すいえん)の話を、朧(おぼろ)はワナワナ震(ふる)えながら聞いていた。  怒ってる、というより、あいつは怖(こわ)かったんかもしれへん。  アキちゃんが、また死ぬのが、嫌(いや)やったんやろう。 「嫌(いや)や……俺は、それは嫌(いや)や。我慢(がまん)ならへん。二度目はもう、我慢(がまん)できひんわ」  朧(おぼろ)は頭を抱(かか)えんばかりやった。声に苦しみが滲(にじ)み出(で)ていた。 「ちゃちな奴(やつ)やなあ、お前は。俺なんか何遍(なんべん)耐(た)えたか。そんなに嫌(いや)なんやったら、お前が何とかせえ。神なんやろ。アキちゃんがそう言うたんやろ。おだてられて、いい気になりよってからに。偉(えら)そうに……。神やて言うんやったらな、それ相応(そうおう)の働(はたら)きを見せてからにせえ」  水煙(すいえん)はむっちゃ偉(えら)そうやった。  何の根拠(こんきょ)もないのに、ものすご尊大(そんだい)やった。  それがものすご自然に板(いた)に付(つ)いていた。  水煙(すいえん)て、そういえば、なんで偉(えら)かったんやっけ。  なんかよう分からんけども、秋津(あきつ)の主神(しゅしん)で、一番偉(えら)い神さんなんや。  俺は何の説明もないままそれを信じてたけど、そういえば水煙(すいえん)て、何をした神さんなんやっけ?  俺がそんなことを、ぼんやり思ううちにも、朧(おぼろ)はよっぽど動揺(どうよう)したんか、ぜえぜえ言うてた。  大丈夫(だいじょうぶ)か、朧(おぼろ)。  お前ちょっと体弱いんとちゃうか、見かけによらず。  やっぱまだ古傷(ふるきず)が治ってへんのやないか。無理すんな!  しかし朧(おぼろ)は相当(そうとう)に無理をしたようや。 「分かった……」  何か分かったらしい。 「俺が助ける」  朧(おぼろ)は断言(だんげん)した。  亨(とおる)はあわあわした。 「えっ、ちょっ……と待って。俺やない? それ、俺がやるところやない? ヒロインなんやし……」  今、言っていいですかって気まずそうなノリで、亨(とおる)が口を挟(はさ)んだ。 「しっ。黙(だま)っとれ蛇(へび)。誰(だれ)でもええんや」  水煙(すいえん)がツッコミ入れてた。 「あいつにやらせろ」  人型やったら顎(あご)で指すような、尊大(そんだい)な態度(たいど)で、水煙(すいえん)は朧(おぼろ)のことを言うていた。  朧(おぼろ)は相当(そうとう)に余裕(よゆう)がないようやったけど、顔を覆(おお)って何かぶつぶつ考え込(こ)んでいた。  そして、はっと驚(おどろ)いたように、顔を上げた。 「あかん、来る」  何が。  それはもちろん龍(りゅう)や。 「もう行かなあかん。海へ。間に合わんようになる」  朧(おぼろ)はひどく急(せ)いていた。  まだこの場の誰(だれ)も気付いていないような出来事(できごと)が、遠い海の中で起きたのを、こいつだけが分かっていたんや。  それは遠くこの神戸の岸辺(きしべ)を離(はな)れた、太平洋(たいへいよう)の海の底で起きた。  神戸(こうべ)で起きた地震(じしん)は、連鎖的(れんさてき)にあちこちの土地神(とちがみ)や海神(わだつみ)を揺(ゆ)り動(うご)かした。  鯰(なまず)の身じろぎが、あっちを揺(ゆ)らし、こっちを揺(ゆ)らしして、目覚めたらあかん神が、あちらこちらでお目覚めに。  それは運悪く、長いこと眠(ねむ)っていた海の底の神をも身じろぎさせ、霊的(れいてき)な扉(とびら)を開いてしもた。  そこへ現(あらわ)れたのが龍(りゅう)や。  ずっと、天に昇(のぼ)るための出口を探(さが)して、地球上をのたうっていた青い龍(りゅう)が、俄(にわか)に開いた現世(げんせ)への出口を見つけて、一気に駆(か)け上(のぼ)って来たんや。  海神(わだつみ)の一種や。海そのものやねん。  激(はげ)しい鳴動(めいどう)とともに隆起(りゅうき)した海。それは、のたうつ巨大(きょだい)な波(なみ)や。  天界(てんかい)へと登る道を探(さが)して、神戸(こうべ)へとまっしぐらに押(お)し寄(よ)せてくる波(なみ)。  何物(なにもの)もそれを阻(はば)むことはできひん。  何もかもを押(お)し包(つつ)み、呑(の)み込(こ)んでしまう強大な神やからや。  それは未曾有(みぞう)の大津波(おおつなみ)やった。  衛星(えいせい)の目が、それを見ていた。  そしてその映像(えいぞう)を、朧(おぼろ)は見ることができたんや。 「そんな犬っころに乗ってちんたら走ってたら間に合わへん。俺に乗れ、坊(ぼん)」  犬ころ言われた瑞希(みずき)はショックやったやろうけど、俺はその後に起きた出来事のほうが、もっとずっとショックやった。  朧(おぼろ)が化(ば)けたんや。  まさかこいつまで変身(へんしん)するとは。  例(れい)の焼けた骸骨(がいこつ)にやないで。龍(りゅう)にや。  龍(りゅう)やで。龍(りゅう)! 龍(りゅう)やで!  うぎゃああああああ。蛇(へび)やったあああああああああ!  また蛇(へび)やったあああああ! なんで俺、蛇(へび)が好きなんやろう!  朧(おぼろ)は化(ば)けた。  むらむらドロンと漆黒(しっこく)の霊威(れいい)を発して、黒光りする艶(あで)やかな鏡面(きょうめん)仕上(しあ)げの、長々とのたうつデカい龍(りゅう)にや。

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