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27-53 アキヒコ

 (へび)というより、まさしく東洋の水墨画(すいぼくが)にあるような(りゅう)や。  (つの)(たてがみ)がある。  稲妻(いなずま)を身に(まと)っている。  そして赤い血のような(たま)を、後生(ごしょう)大事(だいじ)(にぎ)りしめた、(するど)いかぎ(づめ)のある手と、足が一対(いっつい)あって、俺を見つめる目は、(けむ)る月夜のような、煌々(こうこう)として黒い(うる)んだ(ひとみ)や。  (どう)の太さは馬程度(ていど)。そやけど長い。うねうね蜷局(とぐろ)()いて、どれくらいあったんやろ。  美しい(りゅう)や! なんともいえん(なま)めかしさがある。  でもそんなこと言うてる場合やあらへん。アキちゃん(ちょう)ピンチや!  俺もうすぐ死ぬんや。どないしようって、ずっと優雅(ゆうが)に言うとったけど、今までのは寝言(ねごと)みたいなもんやったな。  いよいよ本番。しかももう待ったなしや!  俺はその黒い(りゅう)(わし)づかみにされたが、いやいや待ってくれって思ったよ。  ちょっと待ってまだ心の準備(じゅんび)が!  アキちゃんまだ心の準備(じゅんび)ができていないような気がするし、もうちょっとだけ待つとかなんとかできないですか!  しかし待ったなしや。  湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)は、必要と思える面子(めんつ)をわしわし(つか)むと、一気に神戸(こうべ)の空へと()()がった。  なぜ飛べるんや。(つばさ)もないのに。  (りゅう)やから飛べるんや。(すずめ)ちゃんやし、朧月夜(おぼろづきよ)(りゅう)なんやしさ、こいつは空の眷属(けんぞく)なんや。  元々からして天を()(りゅう)やねん。電波(でんぱ)(うわさ)()()うもんやろ?  霊振会(れいしんかい)(みな)さんがみるみる小さい地上の芥子粒(けしつぶ)になっていき、その一粒(ひとつぶ)一粒(ひとつぶ)が、(みな)、ものすご(おどろ)いた顔をしていた。  間近(まぢか)(りゅう)を見る機会(きかい)というのは、さすがの霊能者(れいのうしゃ)(みな)さんにも、滅多(めった)にあることやなかったっぽい。  いつも(おぼろ)を知ってるつもりやった大崎(おおさき)(しげる)大先生も、(ひか)()に言うて、腰抜(こしぬ)けそうにびっくりしていた。  白狐(びゃっこ)に化けた秋尾(あきお)さんも、そらもう魂消(たまげ)たという様子やったけど、でもちょっと(うれ)しそうやった。  おかんもびっくりしていた。蔦子(つたこ)さんも。  その二人(ふたり)(すが)()かれたお役得(やくとく)の俺のおとんは、なんでか面白(おもしろ)そうに空を見上げて、こちらを見ていた。  俺やのうて、たぶん(おぼろ)を。  ちょっと待て。俺、死ぬねんぞ、おとん。何(わろ)うとんねん。  お前の息子(むすこ)が死のうっていう時に、一体どういうことや!  俺がそう思うくらいに、おとんは面白(おもしろ)そうやった。  もしかすると、おとんには、ずっと昔から、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)のこの姿(すがた)が見えていたんかもしれへん。  そやからずっと、お前は神やって、言うてやってたんやないか。  それは別にお世辞(せじ)でも、口説(くど)きでものうて、おとんはただ見たまんまのことを、(おぼろ)に教えてやってたんやないか。  本人すら知らん自分の正体(しょうたい)を、あいつに教えてやってた。  お前は今、ただの性悪(しょうわる)(すずめ)やろうけど、頑張(がんば)れば(りゅう)になれるでって。  それはひとつの可能性(かのうせい)や。  あいつは(おに)。  あいつは神。  どっちになるかは、自分しか決められへん。  あいつは選んだ。神になるほうを。  おとんはそれを見て、満足やったんやろう。  良かったと、ほっとしたような面(つら)やったわ。  良かったなあ、ほんまに。良かった良かった……、って、何が良かったんや。  良うない! 俺死ぬんやで、おとん! 俺のことを心配しろ!  (たの)むし心配してくれ!  俺これからどないなるんや。ほんまに死ぬんか! 助けてー!  アキちゃんのそんな悲鳴も(むな)しく、俺、水煙(すいえん)(とおる)瑞希(みずき)の四名は、黒い(りゅう)(おぼろ)様に神戸港(こうべこう)まで連れ去られた。  眼下(がんか)に見下ろす神戸(こうべ)の街は、それはそれは、俺が地上で想像(そうぞう)していた以上にひどい有様(ありさま)やった。  何もかもが瓦礫(がれき)()し、あちらこちらで火が()えていた。  あの火が()()くす瓦礫(がれき)の下にも、人が()まっているのかと思うと、怖気立(おぞけだ)つような(おそ)ろしい火やった。  地上にいる人らが、何を言うてんのかは分からん。  大崎(おおさき)先生は俺を追うのは(あきら)めたようやった。(ほか)(みな)もそうや。  おとんもおかんも俺を追ってはこなかった。追いつかれへんかったからやろう。  それとも追っても意味がなかったからか。  霊振会(れいしんかい)(みな)さんが、神戸(こうべ)の街にあふれる踊る骸骨(ダンス・マカブル)残兵(ざんぺい)と、(いま)だに戦っているのが見えた。  見下ろすと、それはミニチュアの古戦場(こせんじょう)みたいやった。  戦って、一人(ひとり)でも多く救おうとしたんやろう。  霊振会(れいしんかい)の人らが()げる気配はなかった。  ここに残っていて、もし俺が(りゅう)を止めるのに失敗したら、(みな)死んでまうのに、なんで()げへんのやろう。  俺がちゃんとやるって、信用してんのやろか。  いいや、そうではなく。  もし失敗したとしても、()げはしいひん。どうせ()げられへん。  ()()せる海神(わだつみ)一瞬(いっしゅん)神戸(こうべ)()む。  それを(みな)、知っていたはずや。  この戦いに参加すると決めた時点で、それは死を(ふく)契約(けいやく)やった。  死を()して(いど)む仕事やったんや。 「(おぼろ)津波(つなみ)が来るんか!」  びゅんびゅん飛ばれながら、俺は黒い(りゅう)(たず)ねた。  そうや、来ると、(おぼろ)は答えたような気がする。

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