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28-01 トオル

 時は……。時は少々、(さかのぼ)る。  俺も正直、呆然(ぼうぜん)とした。  アキちゃんが、いってしもた。俺を置いて、いってしもたわ。  開いた口が、(ふさ)がらん。  ずうっと一緒(いっしょ)やて、生きるも死ぬも一緒(いっしょ)や言うて、行きつくところまで、ずうっと二人(ふたり)で、行くだけいってみようって、約束(やくそく)したのに。  あいつは(うそ)つきや。大嘘(おおうそ)つきやで、本間暁彦(ほんまあきひこ)。  俺は悲しい。ほんまに悲しい。  呆然(ぼうぜん)として、ただつっ立ってるしかでけへんかった。  瓦礫(がれき)()した、ヴィラ北野(きたの)のロビーでの事や。  まずはそこまで、話を(もど)さなあかん。  俺はアキちゃんに置いてけぼりを食らい、しばらく頭真っ白なってた。  たぶん顔も真っ白やったろう。  あんまり(おどろ)いてもうたんと、ほっていかれた衝撃(しょうげき)で、俺はどないすりゃええんか、何も考えられんようになっていた。  ホテルに残された人たちは、霊振会(れいしんかい)の中でも武闘(ぶとう)()ではない、(ほね)との戦いには生き残れそうもない連中(れんちゅう)か、さもなきゃ藤堂(とうどう)さんが大崎(おおさき)(しげる)にゴリ()しして(かくま)わせた、ホテルの従業員(じゅうぎょういん)の人らの家族ぐらいや。  すっかり大地震(だいじしん)動転(どうてん)し、(ふる)()がってもうてる連中(れんちゅう)が残されたロビーは、なんや急に(せも)うなってもうて、さっきまでの(にぎ)やかな宴会(えんかい)広間(ひろま)は、どこかへ消えてもうてた。  怜司(れいじ)兄さんがな、行ってもうたやろう。  俺には位相(いそう)がどうのとかいう異次元(いじげん)のことは、さっぱり分からんのやけど、怜司(れいじ)兄さんの霊力(れいりょく)によって作られていた世界は、兄さんが()なくなったら、もう維持(いじ)でけへんという事らしい。  それで船で(ほね)(おど)ってた時も、怜司(れいじ)兄さん、何もせんと音楽()らしてるだけやのに、あの場を(はな)れず居残(いのこ)ってたんやな。  兄さん消えてもうたら、その場の支配(しはい)(ほね)の生み出すダークな異界(いかい)のもんになってしまうからやったんや。  なんや、見かけによらず律儀(りちぎ)やな、兄さん。  そやけどこの時は、怜司(れいじ)兄さんには霊振会(れいしんかい)との契約(けいやく)で、(なまず)様のおる岩戸(いわと)まで、一緒(いっしょ)についていく義理(ぎり)があった。  そやからヴィラ北野(きたの)を後にして、残された俺らがとりあえず死なんように、死の舞踏(ぶとう)に命取られんようにって、ホテルのある位相(いそう)にガチャガチャって(かぎ)かけて行ったんや。  その時、ヴィラ北野(きたの)は完全に()じられた世界やった。  (だれ)も入られへん代わりに、(だれ)も出られへん。  サランラップでぐるぐる()きにされたみたいになってた。  そんなところに()()められてもうて、俺は手も足も出えへん。()()ってるだけや。  俺は何も考えてへんかった。ただ呆然(ぼうぜん)としてた。  それでも、そうやって(ほう)けてたんは、大して長い時間やなかったんかもしれへん。  ホテルの様子(ようす)を見回ってたらしい藤堂(とうどう)さんが、俺を見つけた。  (みんな)が出て行った通路のあったところに、瓦礫(がれき)()じって立ってる俺を見て、藤堂(とうどう)さんはびっくりしたらしい。 「(とおる)か?」  懐中電灯(かいちゅうでんとう)で俺を()らして、藤堂(とうどう)さんは()んだ。  いつの間にか明かりが消えてた。  俺は(へび)やし、実は暗闇(くらやみ)でも物が見えるんや。  俺の血を()うた藤堂(とうどう)さんも、実はちょっとそうやったやろう。  光の輪の中にいる俺が顔をしかめるのを見て、藤堂(とうどう)さんは懐中電灯(かいちゅうでんとう)を下ろした。  辺りは、()暗闇(くらやみ)やった。 「どないしたんや。本間(ほんま)先生たちと一緒(いっしょ)に行ったんとちがうんか」  そうやったはずや。俺はそのつもりで、気合いたっぷりで出て行ったはずや。  アキちゃんと、死を(おそ)れず()(すす)むんや、死ぬときは一緒(いっしょ)やて、(むね)が熱かった。  それが、どないやねん。今は()暗闇(くらやみ)や。 「お前、また、昔みたいな顔しとうで……」  真面目(まじめ)くさった真顔(まがお)で、オッサンは俺に言うた。  昔みたいな顔て何や。悪魔(サタン)の顔か?  まあ、そうやろな。俺はアキちゃんが()らへんと、神様みたいな顔はしとかれへんのや。  そらそうやろ。あいつがおるから、俺は神やった。  神になろうって、頑張(がんば)ってたんや。  そう思って、俺の(むね)は、(ぶっと)い木の(くい)でも打たれたようにズキンと(いた)んだ。  急に怜司(れいじ)兄さんに言われた忠告(ちゅうこく)が、思い出された。  あいつは裏切(うらぎ)る。土壇場(どたんば)で、裏切(うらぎ)るで、って、兄さん言うてた。  そんなはずない、俺らは一心同体(いっしんどうたい)や。  ()めるときも、(すこ)やかなるときも、何者(なにもん)も俺とアキちゃんを()(はな)すことなんてでけへんねんて、俺は思ってた。  アホやったな、水地(みずち)(とおる)。  水煙(すいえん)も、今ごろ俺をそう言うて、(わろ)うてるやろな。  みんなして俺を、虚仮(コケ)にしやがって。  そう思うたけど、(いか)りは全然心に()かず、ただただ(かわ)いた(むな)しさだけが、俺の(むね)にあった。  アキちゃんは俺を()てていったんやろか。  アキちゃんのおとんが、(おぼろ)()てていったみたいにか? 「どないしたんや」  (やさ)しいみたいな声色(こわいろ)で、藤堂(とうどう)さんは俺に聞いた。  そやけどもう、このオッサンの(むね)(すが)りつこうと言う気は全然起きへんかった。  俺は一人(ひとり)ぼっちや。  アキちゃんの(ほか)に、一緒(いっしょ)()りたい相手がいてへん。 「ほっといてくれ」

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