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28-02 トオル

 オッサンにあれこれ詮索(せんさく)されるのも苦痛(くつう)や。  俺は置いてかれてもうたんや。そんなん見れば分かるやろ?  俺はふらふらと、ホテルに避難(ひなん)してる連中(れんちゅう)()る方へ行った。  他に行くとこがない。ぎゅうっと(ちぢ)んでもうたホテルの世界は、確かロビーと中庭があった場所に、(かわ)いた灰色(はいいろ)(かべ)に囲まれた部屋が一個あるだけで、そこからどこにも行かれへん。  (きゃくしつ)室も無きゃ、中庭もレストランもない。(みんな)で一部屋に閉じ込(とじこ)められてんのや。  何やここ、何かに似てんな。  戦時中の防空壕(ぼうくうごう)みたいやと、俺は思った。  そこに青ざめた顔の人間がいっぱい()って、俺と同じか、それ以上に呆然(ぼうぜん)としてる赤い鳥さんが、(たましい)()けたみたいにへたり()んでた。  俺はそれを、じっと見つめた。  まるで俺や。俺も今、こういう顔してんのやろか。  格好(かっこう)つかへん。無様(ぶざま)やわ。  これが神とか不死鳥(ふしちょう)とかいう(やつ)(つら)か。  俺は悲しなってきて、(ゆか)にヘタってる寛太(かんた)(となり)(すわ)った。  その足元では、ちっさい直衣(のうし)を着た中一(ちゅういち)竜太郎(りゅうたろう)寝っ転(ねっころ)がっていた。  (すわ)ったまま気絶(きぜつ)して(たお)れたみたいな横たわり方やった。 「これ死んでんのか?」  俺は寛太(かんた)に聞いた。  他に聞くべき相手も()らんかったからやし、寛太(かんた)に何か言うてやりたい気がしてたけど、話すきっかけが全然無かったからやった。 「分からへん。生きてると思うけど、予知(よち)する言うて、さっき()てもうた」  呆然(ぼうぜん)と青い顔はしてても、寛太(かんた)はちゃんと答えた。  竜太郎(りゅうたろう)と二人でここに置いてかれたってことは、分家(ぶんけ)式神(しきがみ)として、跡取(あとと)りの中一(ちゅういち)をしっかり守れってことやったんやろうけど、寛太(かんた)はそないなこと一切(いっさい)気にしてないみたいやった。 「()てんとちゃうで、これ。こいつ、(あきら)めてへんかったんか。びっくりやな中一(ちゅういち)。アキちゃんが助かる未来を予知(よち)しようと、(いま)だに踠(もが)いてんのやな」  海道(かいどう)竜太郎(りゅうたろう)でさえ、そうや。  予知(よち)踏ん張(ふんば)りすぎて、いっぺん死んでもうてるし、その前にも水煙(すいえん)(たましい)()かれて、ほぼ死にかけた経緯(けいい)もあんのに、まだ全然()りずに突き進(つきすす)んでる。  こいつ、よっぽどアキちゃんが好きやな。  俺も負けるわ。  なんか(わけ)わからん敗北感(はいぼくかん)(おぼ)えて、俺は体育座(たいいくずわ)りした自分の(ひざ)に顔を()めた。  俺は、何もできへん。  アキちゃんが()れてってくれてれば、(ほね)何匹(なんびき)かは(たお)したやろう。  俺かて、か弱い神さんやないわ。(ほね)ぐらい(へび)キックでドツキ(たお)したる。  ちゃんとアキちゃんの役に立ってたはずや。  そやのに、こんなところに缶詰(かんづ)めにされたら、手も足も出えへん。さすがは(へび)や。  俺は中一(ちゅういち)(うらや)ましかった。俺もアキちゃんの役に立ちたい。助けてやるって、言うたやん。  竜太郎(りゅうたろう)の体が急にビクッと(ふる)え、何かを(つか)もうとして空中に指をかけていた。  (もが)いてたんかもしれへん。  水もないのに、(おぼ)れてるみたいに魘(うな)されている中一(ちゅういち)を、俺はハッとして見た。  あかん、もう水煙(すいえん)かて()てへんのや。アキちゃんも。  もしお前がまた(おぼ)れて死んだら、今度こそほんまにあの世行きやで!  それはアキちゃん、がっかりするやろ。  もし生きて(もど)れても、竜太郎(りゅうたろう)が死んでもうてたら、(とおる)、お前が(そば)()ながら、なんでこんな事になったんやって、(おこ)るかも……。  (おこ)ってくれたら、まだいい。  アキちゃんも、竜太郎(りゅうたろう)も、秋津(あきつ)の子はみんな死んでまうんかもしれへん。  あの通路(つうろ)から出て行った、あいつもこいつも、信太(しんた)(おぼろ)水煙(すいえん)も、(きつね)大崎(おおさき)(しげる)蔦子(つたこ)さんも、神楽(かぐら)(よう)もヒゲの師匠(ししょう)も、みんなみんな、もう二度と帰ってけえへんかもしれんのや。  死なんといてくれ竜太郎(りゅうたろう)。  なんで(みな)、俺を置いて死んでしまうんや。  ええ(やつ)らはみんな(いさぎよ)く死んで、死なれへん俺だけが残る。  そういうのはな、もう、うんざりなんや俺は!  何もでけへんのに、俺は竜太郎(りゅうたろう)の小さい身体(からだ)に取りすがった。  めっちゃ冷えてた。  氷水に()かってるみたいに、竜太郎(りゅうたろう)は冷たくなってて、俺は(あせ)った。  凍死(とうし)してまう。 「おい、寛太(かんた)! 何とかせえ! お前のご主人様やろ。竜太郎(りゅうたろう)を温めろ」  火の鳥なんや。不死鳥(ふしちょう)やのうても、熱い(けい)であることは確かや。  何かはできるやろ、寛太(かんた)!  そう思って、俺は横にいる寛太(かんた)怒鳴(どな)ったが、寛太(かんた)はぼうっとしてた。竜太郎(りゅうたろう)なんか、どうでもええみたいやった。 「どうやって温めるん。俺がやったら燃やしてまうで」  ぼうっとしたまま、寛太(かんた)はぼうっと言うてた。  くっそ、この鳥め! アホなんか!  少なくともお前は恒温動物(こうおんどうぶつ)(けい)やろ。高温(こうおん)動物ちゅうかやな。  俺なんか冷血(れいけつ)やぞ。爬虫類(はちゅうるい)(けい)なんやから、もう!  その俺に、なんちゅうことやらせんのや!  もう、とっさの判断(はんだん)でヤケクソや。俺は(ふる)えてる中一(ちゅういち)身体(からだ)をガシッと()いた。めっちゃ()きしめた。  (とおる)ちゃん、ちょっと気い()くと低体温(ていたいおん)なんやけどな、それでもアキちゃんアキちゃんて愛に燃えてる時は熱いねん。  ほっかほかの(へび)やで。

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