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28-03 トオル
あいにく、俺には中一とやる趣味 はないねんけど、それでも、中一 死んでも別にかまへんとは思ってなかった。
アキちゃんのために命をかけるっていう、竜太郎 のいじらしさが、尊 いような気がしてた。
もうええって、アキちゃん言うてたのに。俺より自分を大事にしろて、お前を諭 してたのに、ぜんっぜん聞いてへんかったんやな、竜太郎 。お前はアホや。
「もうやめろ、竜太郎 ! 今度こそほんまに死ぬぞ。俺は何もでけへんぞ! 死んでも放 っとくしかないんやぞ!」
抱 きしめて温めながら、俺は竜太郎 の耳に、戻 って来いと呼 びかけたよ。
やるだけ無駄 やん。水煙 の力を借りても行かれへんかった場所に、こいつ一人 で行けるわけない。
行けたらそもそも死んだりしてへん。そんなん分かるやろ、お前、秀才 君やったんちゃうんか、竜太郎 !
それでも中一は戻 ってくる気配 もあらへん。
俺はますます焦 った。竜太郎 の顔が、きらきら光る水で濡 れてるようやった。時 の水 や。
水。これかて水や。
俺は水を司 る神やった。今でも水を操 れる。
その力で、竜太郎 を助けてやることはでけへんのやろか。
ええい、ままよ! 無理でもやるんや!
俺はさらにガシッと竜太郎 を抱 いて、考えるともなく額 を合わせた。
時の水に濡 れている、竜太郎 のまだ餓鬼 みたいな匂 いのするおでこに、自分の額 をくっつけて、目を閉 じると、そこは光る青い水面のような世界で、俺は一瞬 、ぎょっとした。
なんやこれ、目を閉 じてんのに、目え開けてる時より明るい。何かが見えてる。
何か、って、これが時流 や!
竜太郎 が潜 ってる、時 の流れやろう。
オゾンみたいな匂 いのする不思議 な光る水は、ともかく水やった。俺は泳げる。
目を閉 じて、竜太郎 と離 れ離 れにならへんように、がっつり抱 きしめてから、俺は思い切って跳 んだ。光る水面に向かって。
ほんまに跳 んだわけやない。俺の魂 だけが、体を離 れて、時流 に潜 ったんや。
うっひゃー!! 何やこれ! こんなの初めて!
その水はめっちゃ冷たくて、流れは急やった。そやけど俺は難 なく泳げた。
昔、遠くの神殿 で、深き水底 の王と呼 ばれた俺や。水の中なら得意やで。
まさに水を得た水蛇 のように、俺はものすごい速さでウネウネと泳いだ。
もしかしたら、その時、俺の魂 は人間の姿 はしてへんかったかもしれへん。
水煙 が水の中では、あの、青白い竜 の姿 になるように、俺は真珠色 の巨大 な蛇 になって、時流 の中を飛ぶように泳いでいた。
俺にこんな力があるやなんて、今まで知らんかった。
いや、俺はこれを、忘 れてたんかもしれへん。
こんな力がありながら、ずっと無力やと、自分のことを悔 やんでた。
それは何でや。
力なんか、あればあるほど、ええモンのはずや。
俺は偉大 な神やって、いい気分になれて、皆 も俺を崇 め奉 ってくれる。
その方が、悪魔 よりずっとええはず。
俺は何で、自分の力を知らへんのやろ?
そんな疑問 がうすらぼんやり胸 に湧 くうちに、俺は竜太郎 を見つけた。
急流 の中でもがく身体を見つけ、俺はそっちへ泳いで行って、冷え切って強張 った竜太郎 の体を抱 きとめた。
ギリギリセーフ! 竜太郎 はまだ、最後のひと息を、何とか堪 えていた。でももう息が詰 まりそうや。
ああもう、しゃあない! マウス・トゥ・マウスや!
これは人工呼吸 や。キスやない。
俺はそう自分に言い聞かせて、竜太郎 にキスをした。
そやけど、俺に息を吹 き込 まれた竜太郎 は、はっと驚 いて目を開け、びっくりして、今すぐ死ぬぐらい息を吐 いてもうてた。
ああ、そうか。俺いま蛇 やったわ。
でっかい白蛇 がいきなりチューしてきたら、そらブハアッてなるわな……。
助けるどころか、俺、竜太郎 を殺しにきたみたいになってへんか?
これで死んだらどないしよ?
しかし心配ご無用。竜太郎 かて、ヘナヘナとはいえ鬼道 の家の子や。
目の前にいる大蛇 が俺で、しかも自分を助けにきたんやというのを、一瞬 で察 したようやった。
竜太郎 は俺に魅入 られたような目をした。
もう命が尽 きるという、溺死 の前の一瞬 やのに、竜太郎 は俺を見た。
俺の金色の目。
明らかに異形 の、でかい蛇神 の目を、愛 おしいものを見る憧 れに似 た目で見つめ返す竜太郎 と、俺は見つめ合 うてた。
これは秋津 の子やわ。
アキちゃんも俺を、こういう目で見た。いつかのあの、初めて出会ったホテルのバーで。
お前は素晴 らしい、美しい神やって言うてるような、熱い情熱 を秘 めた目で、俺を見てくれた。
お前が俺を神やていうて、崇 めてくれたら、俺はもう神や。悪魔 ではない。
そんなお前を、俺はみすみす、溺 れ死 にさせたりはせえへん。
必ず助ける、アキちゃん。
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