756 / 928

28-04 トオル

 目の前に()るのは竜太郎(りゅうたろう)やのに、俺は自分の心の中で、(いと)おしい俺の(げき)に語りかけてた。  アキちゃんも、そう遠くない今日のうちに、こうして水底(みなぞこ)での死を(むか)えるんかもしれへん。  (たと)えそうでも、俺は助ける。必ず、その運命からお前を、(すく)い出してやるんや。  それはすごく熱い決意で、氷のように冷えてた俺の(むね)を焼き()がすような熱やった。  気づくと俺は元の人に似た姿(すがた)に変身していて、死のプロセスに入ろうとする竜太郎(りゅうたろう)の、もう何も見てへん目をした顔を、両手でおし包んでいた。  口付(くちづ)けを。  このチビに、水底(みなぞこ)の王の加護(かご)(あた)える。  お前はもう、この先の一生、決して(おぼ)れることはない。  どんなに苦しい流れの中でも、息が切れることはないんや。  泳げ、竜太郎(りゅうたろう)。お前の見たい未来の方へ。  (くちびる)(はな)すと、俺に吹き込(ふきこ)まれた命の息吹(いぶき)で、竜太郎(りゅうたろう)(おどろ)いたように目を開き、もう一息(ひといき)も残ってなかったはずの(はい)から、白く(かがや)く大量の(あわ)()いた。  俺は餓鬼(がき)突き放(つきはな)して、それをちょっと遠くから見てた。  青白い水中でもがく、直衣(のうし)姿(すがた)分家(ぶんけ)(ぼん)を。  ()しいなあ、竜太郎(りゅうたろう)。  もうちょっとデカけりゃ、アリやったかもしれへんのやけどなあ。  お前が俺を(まつ)る覡(げき)でも、アリやったのかもしれへん。  そうやけど、俺が思うに、運命(うんめい)とはタイミングや。  俺はこいつより先にアキちゃんと出会い、アキちゃんは俺の好みにジャストミートやった。  もしも時間があとちょっとズレてれば、(ちが)う未来もあったんかもしれへんけどな。  でももう俺の未来はアキちゃんで決定した後や。これはもう、()らぐことはあらへんわ。  竜太郎(りゅうたろう)。お前は一体どんな大人になんのやろな。  ここで死なんでよかったな。俺のおかげやなあ! (おぼ)えとけよ中一(ちゅういち)!  ありがとうの一言(ひとこと)もなく、水中でイルカみたいに身をよじらせて、元々目指(めざ)してたほうへ、まっしぐらに泳ぎだすクソガキを見送りながら、俺は微笑(びしょう)した。  必死やなあ、あいつ。アキちゃん(すく)いたい一心(いっしん)で、何回でも命をかけやがる。  俺もそうせな、あかんのやろうな。  ()られたぐらいで(あきら)めとったら、アキ(にい)のツレにはなられへんのや。  そう思うと、なんや可笑(おか)しいなってきて、俺は水の中で(わろ)うてた。  そうすると霊威(れいい)()ちた金色の(あわ)がふわふわ()かんで、俺を(つつ)んだ。  神様が笑うとな、縁起(えんぎ)がええらしいねん。  そうやった、俺は縁起(えんぎ)のええ(へび)神様なんやったわ。  そんな俺がそばに()いてて、アキちゃんが幸せになられへんはずがない。  いっとけ! 水地(みずち)(とおる)。ネバーギブアップや!  俺にも再びそんな闘志(とうし)(みなぎ)ってきてな、(とおる)ちゃん、竜太郎(りゅうたろう)をちょっと助けたろう思って、もう遠くなり始めてた中一(ちゅういち)後ろ姿(うしろすがた)に向かって、ふーって息吹(いぶ)いてジェット水流(すいりゅう)送っといてやった。  その時や。急にざばあって、俺らが(ゆめ)から()めたんは。  俺は一瞬(いっしゅん)、何が起きたんか分からんかった。  さっきまで水中に()ったのに、気がついたら、灰色(はいいろ)瓦礫(がれき)の中に()るねん。  俺は中一(ちゅういち)()っこして、土埃(つちぼこり)で真っ白なった(ゆか)にへたり()んでいた。  そうや、俺はヴィラ北野(きたの)にいたんや。水の底やない。  あの青白い水は、予知(よち)をしてる竜太郎(りゅうたろう)が見ていた世界なんやった。  つまり、竜太郎(りゅうたろう)予知(よち)をやめたんや。  たった今、水の中から飛び出して来たみたいに、竜太郎(りゅうたろう)ががばっと動いて、俺の(うで)の中でもがいてた。  ようジタバタする(やつ)や!  (あば)れる竜太郎(りゅうたろう)の手から、若干(じゃっかん)、パンチ食らいながら、俺もギャフンてなってた。  何をすんねんお前は……。お前のオカンなんか普通(ふつう)正座(せいざ)して予知(よち)しとったぞ。  なんでこの中一(ちゅういち)はこんなに行儀(ぎょうぎ)が悪いんや、畜生(ちくしょう)! 「視(み)えた!!」  ゲホゲホいうて水を()きながら、竜太郎(りゅうたろう)(さけ)ぶように言うた。  俺に言うたんか、(ひと)(ごと)なんか、はっきりせえへん興奮(こうふん)しきった声やった。 「()えた! ()えたわ! ()えたで、(へび)!」  俺の(むな)ぐらにグイグイ(つか)みかかって来ながら、竜太郎(りゅうたろう)は何度も言うた。  (とおる)ちゃん、服ぐちゃぐちゃなったわ。  (きつね)が着せてくれてた、白い狩衣(かりぎぬ)やったのに、めっちゃヨレヨレなってもうた。 「何が()えたんや……」  やめてくれ竜太郎(りゅうたろう)。目え覚めたんやったら、俺には中一(ちゅういち)抱き合(だきあ)趣味(しゅみ)はない。 「未来や! 今までと、全然(ぜんぜん)(ちが)う未来が()えた! ずっと()えそうで()えへんかった時流(じりゅう)の先まで、初めて泳いでいけたんや……」  そらそうやろな、俺がお前をジェット水流(すいりゅう)でぶっ飛ばしといたもん。  そんなことで良かったんや。  それにもっと早く、俺が気づいてたらな。  お前も何(べんん)(おぼ)れる必要なかったのにな。ごめんやで。  俺には自分でも自分の持ってる力がよう分からへんのや。  今初めて気づいた。俺って(すご)いやんということに。 「何が()えた⁉︎」  寒いんか、興奮(こうふん)してブルってもうてんのか、竜太郎(りゅうたろう)はガタガタ(ふる)えながら俺の()()かいに(すわ)って、こっちを見上げてた。 「カ、カ、カレー……」

ともだちにシェアしよう!