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28-04 トオル
目の前に居 るのは竜太郎 やのに、俺は自分の心の中で、愛 おしい俺の覡 に語りかけてた。
アキちゃんも、そう遠くない今日のうちに、こうして水底 での死を迎 えるんかもしれへん。
例 えそうでも、俺は助ける。必ず、その運命からお前を、救 い出してやるんや。
それはすごく熱い決意で、氷のように冷えてた俺の胸 を焼き焦 がすような熱やった。
気づくと俺は元の人に似た姿 に変身していて、死のプロセスに入ろうとする竜太郎 の、もう何も見てへん目をした顔を、両手でおし包んでいた。
口付 けを。
このチビに、水底 の王の加護 を与 える。
お前はもう、この先の一生、決して溺 れることはない。
どんなに苦しい流れの中でも、息が切れることはないんや。
泳げ、竜太郎 。お前の見たい未来の方へ。
唇 を離 すと、俺に吹き込 まれた命の息吹 で、竜太郎 は驚 いたように目を開き、もう一息 も残ってなかったはずの肺 から、白く輝 く大量の泡 を吐 いた。
俺は餓鬼 を突き放 して、それをちょっと遠くから見てた。
青白い水中でもがく、直衣 姿 の分家 の坊 を。
惜 しいなあ、竜太郎 。
もうちょっとデカけりゃ、アリやったかもしれへんのやけどなあ。
お前が俺を祀 る覡(げき)でも、アリやったのかもしれへん。
そうやけど、俺が思うに、運命 とはタイミングや。
俺はこいつより先にアキちゃんと出会い、アキちゃんは俺の好みにジャストミートやった。
もしも時間があとちょっとズレてれば、違 う未来もあったんかもしれへんけどな。
でももう俺の未来はアキちゃんで決定した後や。これはもう、揺 らぐことはあらへんわ。
竜太郎 。お前は一体どんな大人になんのやろな。
ここで死なんでよかったな。俺のおかげやなあ! 憶 えとけよ中一 !
ありがとうの一言 もなく、水中でイルカみたいに身をよじらせて、元々目指 してたほうへ、まっしぐらに泳ぎだすクソガキを見送りながら、俺は微笑 した。
必死やなあ、あいつ。アキちゃん救 いたい一心 で、何回でも命をかけやがる。
俺もそうせな、あかんのやろうな。
振 られたぐらいで諦 めとったら、アキ兄 のツレにはなられへんのや。
そう思うと、なんや可笑 しいなってきて、俺は水の中で笑 うてた。
そうすると霊威 に満 ちた金色の泡 がふわふわ浮 かんで、俺を包 んだ。
神様が笑うとな、縁起 がええらしいねん。
そうやった、俺は縁起 のええ蛇 神様なんやったわ。
そんな俺がそばに憑 いてて、アキちゃんが幸せになられへんはずがない。
いっとけ! 水地 亨 。ネバーギブアップや!
俺にも再びそんな闘志 が漲 ってきてな、亨 ちゃん、竜太郎 をちょっと助けたろう思って、もう遠くなり始めてた中一 の後ろ姿 に向かって、ふーって息吹 いてジェット水流 送っといてやった。
その時や。急にざばあって、俺らが夢 から覚 めたんは。
俺は一瞬 、何が起きたんか分からんかった。
さっきまで水中に居 ったのに、気がついたら、灰色 の瓦礫 の中に居 るねん。
俺は中一 を抱 っこして、土埃 で真っ白なった床 にへたり込 んでいた。
そうや、俺はヴィラ北野 にいたんや。水の底やない。
あの青白い水は、予知 をしてる竜太郎 が見ていた世界なんやった。
つまり、竜太郎 が予知 をやめたんや。
たった今、水の中から飛び出して来たみたいに、竜太郎 ががばっと動いて、俺の腕 の中でもがいてた。
ようジタバタする奴 や!
暴 れる竜太郎 の手から、若干 、パンチ食らいながら、俺もギャフンてなってた。
何をすんねんお前は……。お前のオカンなんか普通 に正座 して予知 しとったぞ。
なんでこの中一 はこんなに行儀 が悪いんや、畜生 !
「視(み)えた!!」
ゲホゲホいうて水を吐 きながら、竜太郎 は叫 ぶように言うた。
俺に言うたんか、独 り言 なんか、はっきりせえへん興奮 しきった声やった。
「視 えた! 視 えたわ! 視 えたで、蛇 !」
俺の胸 ぐらにグイグイ掴 みかかって来ながら、竜太郎 は何度も言うた。
亨 ちゃん、服ぐちゃぐちゃなったわ。
狐 が着せてくれてた、白い狩衣 やったのに、めっちゃヨレヨレなってもうた。
「何が視 えたんや……」
やめてくれ竜太郎 。目え覚めたんやったら、俺には中一 と抱き合 う趣味 はない。
「未来や! 今までと、全然 違 う未来が視 えた! ずっと視 えそうで視 えへんかった時流 の先まで、初めて泳いでいけたんや……」
そらそうやろな、俺がお前をジェット水流 でぶっ飛ばしといたもん。
そんなことで良かったんや。
それにもっと早く、俺が気づいてたらな。
お前も何遍 も溺 れる必要なかったのにな。ごめんやで。
俺には自分でも自分の持ってる力がよう分からへんのや。
今初めて気づいた。俺って凄 いやんということに。
「何が視 えた⁉︎」
寒いんか、興奮 してブルってもうてんのか、竜太郎 はガタガタ震 えながら俺の差 し向 かいに座 って、こっちを見上げてた。
「カ、カ、カレー……」
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