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28-05 トオル

 カレー? 竜太郎(りゅうたろう)、いまいち歯の根が()うてへん。 「カレー、食べてた。アキ(にい)の、京都のマンションのごはん食べる部屋(へや)で。(ぼく)も、そ、そこのテーブルに(すわ)ってて……」  話しながら、竜太郎(りゅうたろう)はまるで今も目の前に出町柳(でまちやなぎ)のマンションのダイニングルームがあるみたいに、いつもアキちゃんが(すわ)る席と、その(となり)にいる俺の席に、目をやってた。  こいつが出町(でまち)の(うち)に来たことはない。  過去(かこ)に一度もないんや。  そやからな、その光景(こうけい)は、未来の出来事(できごと)や。  アキちゃんが()って、俺が()る、未来の出町柳(でまちやなぎ)に、こいつが遊びに来るということなんや。 「カレー食うかって、(へび)(ぼく)に言うんや。多分そうや。(ぼく)(から)いの(きら)いやねん。あ、甘口(あまくち)にしてって、(たの)んだらな」 「アホ()かせ、うちは辛口(からくち)一択(いったく)や」  俺がビシッと言うたると、竜太郎(りゅうたろう)()せながら、けらけら可愛(かわい)い顔して笑った。 「そう、そう言うんや。それで、(から)(から)いって、文句(もんく)言いながらカレー食べて、アキ(にい)が、大丈夫(だいじょうぶ)竜太郎(りゅうたろう)、水飲むか……って……」  (ぼく)のコップに水()いでくれるんや、って、竜太郎(りゅうたろう)はもう、何いうてんのか分からんような涙声(なみだごえ)で言いながら、ぼろぼろ(なみだ)をこぼし、最後はうわーんと天井(てんじょう)(あお)いで泣き出した。 「アキ(にい)……生きとう……! 生きとう未来があるんやあ……!!」  こんな泣いてる中一(ちゅういち)見たことない。  (あか)(ぼう)かよ。()ずかしげもなくおいおい泣いてもうて。  そうやけど、俺も泣いてた。泣きじゃくる中一(ちゅういち)見てたら、何や気が(ゆる)んでもうて、俺もぼろぼろ(なみだ)が出てきた。 「ようやった竜太郎(りゅうたろう)……!」  俺が(かた)(たた)いて()めると、竜太郎(りゅうたろう)(うで)(なみだ)()きながら、大きく嗚咽(おえつ)して(うなず)いた。  お前もお前なりに、ずうっと苦しかったんやろ。  もう楽になってもええんや。お前は十分、やり()げたんやで。 「でも、そこへ行く道筋(みちすじ)が、よう分からへん。もう一遍(いっぺん)(もぐ)ってこよか? (へび)も、もう一遍(いっぺん)一緒(いっしょ)に行ってくれる……?」  一人(ひとり)で行くのは心細(こころぼそ)いて、そういう気配(けはい)のする(あま)え顔で、竜太郎(りゅうたろう)は俺に聞いた。  俺はそれに、首を横に()って(こば)んだ。  もういい。それは俺が望む最高の未来や。  アキちゃんが()って、俺も()て、出町(でまち)のマンションでカレー食うてる。  それを()えられる良い()はないわ。  もしも迂闊(うかつ)予知(よち)をして、それとは(ちが)う未来が()えたらと思うと、俺は(こわ)かった。  それにさっきから、竜太郎(りゅうたろう)の身の(ふる)えが全然止まらん。  顔色も、()(さお)やった。  冷たいプールで泳ぎすぎた子みたいに、(くちびる)の色まで紫色(むらさきいろ)や。  竜太郎(りゅうたろう)はもう、めちゃめちゃ(つか)れてる。興奮(こうふん)してて、自分ではまだ分かってへんのやろけど、これ以上の無茶(むちゃ)はさせられへん。 「もうええよ。もうこれで楽勝(らくしょう)や。良かったわあ、ホッとした。後は俺が消化試合(しょうかじあい)を戦ってくるから、お前はオヤツでも食うて()とけ」  バンバンて竜太郎(りゅうたろう)両肩(りょうかた)(たた)いて、俺は何か中一(ちゅういち)に着せてやりたいと思うたけど、何もなかったもんやから、()むを()ず自分が着てた狩衣(かりぎぬ)()いで羽織(はお)らせてやった。 「俺は行く。ちょっと行って、アキちゃん助けてくるわ。ほなな、竜太郎(りゅうたろう)」  肌着(はだぎ)(はかま)のままで、すっくと立ち上がる俺を、竜太郎(りゅうたろう)は白い狩衣(かりぎぬ)()()わせてブルブル(ふる)えながら見上げてきた。 「どないして出るん?」  (おぼろ)様が()じた位相(いそう)を、どうやって出るんやという、ごもっともな疑問(ぎもん)やった。  俺も知らん。  知らんけど、必死に(さが)せば、どこかに出口はあるんやないか。 「怜司(れいじ)が、言うてた。出口が一()だけあるけど、自力(じりき)で出ようとすんなって。もし怜司(れいじ)が死んでも、(だれ)かが助けに来るまで、そこに()れって」 「あの人、死ぬようなことがあるんか?」  いつ死んでもおかしないような感じではあったけど、兄さん前線(ぜんせん)に出て戦うふうではなかったやん。 「分からへん。()(にえ)の話やと思う……」  気まずげに、うつむいてボソボソ言う中一(ちゅういち)が気にかけてたんは、すぐ近くでぼうっと見ている寛太(かんた)のことや。  お前、びっくりするぐらい存在感(そんざいかん)なかったで。()たんや寛太(かんた)。そういえば()た。  そう思って、つい寛太(かんた)のほうを見てもうて、俺は青ざめた鳥さんの、ぼうっと無表情(むひょうじょう)な白い顔に、ぎょっとしていた。  こいつ、生きてる? 息、してる?  いや、まあ、死んではおらんやろな、不死鳥(ふしちょう)なんやしな。  とりあえず消えてないだけマシやけど、何かきっかけあったら消えそうや。  信太(しんた)が死ぬんが(つら)いんやろな。  それはそうやろ。俺かてアキちゃん死ぬなで七転八倒(しってんばっとう)しとんのやし、鳥かてそうやろ。  そう思うのに、寛太(かんた)はただ、ぼうっとしてるだけに見えた。 「ちょ、鳥。大丈夫(だいじょうぶ)か、お前。しっかりせえ」  どないしてしっかりすればええのか、(たし)かに(むずか)しい状況(じょうきょう)や。  ついさっきまで俺も、鳥さんの横で体育(ずわ)りしてカサカサなってもうてたんやから、全然、人のこと言える立場ではないわ。

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