757 / 928
28-05 トオル
カレー? 竜太郎 、いまいち歯の根が合 うてへん。
「カレー、食べてた。アキ兄 の、京都のマンションのごはん食べる部屋 で。僕 も、そ、そこのテーブルに座 ってて……」
話しながら、竜太郎 はまるで今も目の前に出町柳 のマンションのダイニングルームがあるみたいに、いつもアキちゃんが座 る席と、その隣 にいる俺の席に、目をやってた。
こいつが出町(でまち)の家 に来たことはない。
過去 に一度もないんや。
そやからな、その光景 は、未来の出来事 や。
アキちゃんが居 って、俺が居 る、未来の出町柳 に、こいつが遊びに来るということなんや。
「カレー食うかって、蛇 が僕 に言うんや。多分そうや。僕 は辛 いの嫌 いやねん。あ、甘口 にしてって、頼 んだらな」
「アホ抜 かせ、うちは辛口 一択 や」
俺がビシッと言うたると、竜太郎 は噎 せながら、けらけら可愛 い顔して笑った。
「そう、そう言うんや。それで、辛 い辛 いって、文句 言いながらカレー食べて、アキ兄 が、大丈夫 か竜太郎 、水飲むか……って……」
僕 のコップに水注 いでくれるんや、って、竜太郎 はもう、何いうてんのか分からんような涙声 で言いながら、ぼろぼろ涙 をこぼし、最後はうわーんと天井 を仰 いで泣き出した。
「アキ兄 ……生きとう……! 生きとう未来があるんやあ……!!」
こんな泣いてる中一 見たことない。
赤 ん坊 かよ。恥 ずかしげもなくおいおい泣いてもうて。
そうやけど、俺も泣いてた。泣きじゃくる中一 見てたら、何や気が緩 んでもうて、俺もぼろぼろ涙 が出てきた。
「ようやった竜太郎 ……!」
俺が肩 を叩 いて褒 めると、竜太郎 は腕 で涙 を拭 きながら、大きく嗚咽 して頷 いた。
お前もお前なりに、ずうっと苦しかったんやろ。
もう楽になってもええんや。お前は十分、やり遂 げたんやで。
「でも、そこへ行く道筋 が、よう分からへん。もう一遍 、潜 ってこよか? 蛇 も、もう一遍 、一緒 に行ってくれる……?」
一人 で行くのは心細 いて、そういう気配 のする甘 え顔で、竜太郎 は俺に聞いた。
俺はそれに、首を横に振 って拒 んだ。
もういい。それは俺が望む最高の未来や。
アキちゃんが居 って、俺も居 て、出町 のマンションでカレー食うてる。
それを超 えられる良い卦 はないわ。
もしも迂闊 に予知 をして、それとは違 う未来が視 えたらと思うと、俺は怖 かった。
それにさっきから、竜太郎 の身の震 えが全然止まらん。
顔色も、真 っ青 やった。
冷たいプールで泳ぎすぎた子みたいに、唇 の色まで紫色 や。
竜太郎 はもう、めちゃめちゃ疲 れてる。興奮 してて、自分ではまだ分かってへんのやろけど、これ以上の無茶 はさせられへん。
「もうええよ。もうこれで楽勝 や。良かったわあ、ホッとした。後は俺が消化試合 を戦ってくるから、お前はオヤツでも食うて寝 とけ」
バンバンて竜太郎 の両肩 を叩 いて、俺は何か中一 に着せてやりたいと思うたけど、何もなかったもんやから、止 むを得 ず自分が着てた狩衣 を脱 いで羽織 らせてやった。
「俺は行く。ちょっと行って、アキちゃん助けてくるわ。ほなな、竜太郎 」
肌着 に袴 のままで、すっくと立ち上がる俺を、竜太郎 は白い狩衣 を掻 き合 わせてブルブル震 えながら見上げてきた。
「どないして出るん?」
朧 様が閉 じた位相 を、どうやって出るんやという、ごもっともな疑問 やった。
俺も知らん。
知らんけど、必死に探 せば、どこかに出口はあるんやないか。
「怜司 が、言うてた。出口が一個 だけあるけど、自力 で出ようとすんなって。もし怜司 が死んでも、誰 かが助けに来るまで、そこに居 れって」
「あの人、死ぬようなことがあるんか?」
いつ死んでもおかしないような感じではあったけど、兄さん前線 に出て戦うふうではなかったやん。
「分からへん。生 け贄 の話やと思う……」
気まずげに、うつむいてボソボソ言う中一 が気にかけてたんは、すぐ近くでぼうっと見ている寛太 のことや。
お前、びっくりするぐらい存在感 なかったで。居 たんや寛太 。そういえば居 た。
そう思って、つい寛太 のほうを見てもうて、俺は青ざめた鳥さんの、ぼうっと無表情 な白い顔に、ぎょっとしていた。
こいつ、生きてる? 息、してる?
いや、まあ、死んではおらんやろな、不死鳥 なんやしな。
とりあえず消えてないだけマシやけど、何かきっかけあったら消えそうや。
信太 が死ぬんが辛 いんやろな。
それはそうやろ。俺かてアキちゃん死ぬなで七転八倒 しとんのやし、鳥かてそうやろ。
そう思うのに、寛太 はただ、ぼうっとしてるだけに見えた。
「ちょ、鳥。大丈夫 か、お前。しっかりせえ」
どないしてしっかりすればええのか、確 かに難 しい状況 や。
ついさっきまで俺も、鳥さんの横で体育座 りしてカサカサなってもうてたんやから、全然、人のこと言える立場ではないわ。
ともだちにシェアしよう!