759 / 928

28-07 トオル

 寛太(かんた)はな、別にアホやない。  不死鳥(ふしちょう)は、人間に知識(ちしき)を授(さず)ける霊獣(れいじゅう)やねんで。  俺よかずうっと賢(かしこ)いんやで。  寛太(かんた)はほんまは、これから何が起きようとしてるのか、分かってたはずや。  ただ、それを受け入れるのが怖(こわ)かっただけやねん。  アホのふりして、逃(に)げときたかった。ぼうっと待ってたら、ハッピーエンドにならへんかなあって、そう思いたかったんやろう。  俺かてそう思いたいわ。  今すぐハッピーエンドに。  アキちゃんが、お待たせ亨(とおる)、仕事終わったで、出町(でまち)帰ろか、て言うて、そこらへんからひょっこり戻(もど)る。そういうオチがええわ。楽(らく)やもん。  でもそんなもんはな、お前の弱さや。  そんなんやから、お前は誰(だれ)も助けられへんのや。  自分の身さえ、守られへん。 「情(なさ)けなないんか、寛太(かんた)。ここで待ってて、皆(みな)が帰ってきたとき、ごめんなあ信太(しんた)死んだわって言われて、それが永遠(えいえん)の別れや。そんなんでお前は、納得(なっとく)できるんか? 自分が悔(くや)しくないんか。お前にできることは、もう何もないんか?」 「助けたい。兄貴(あにき)を」  ぽつりと寛太(かんた)が言うた。  俺はその泣きそうなってる目と睨(にら)み合(お)うてた。 「ほな行こうや」 「でも……どうやって行くん?」  寛太(かんた)が、天井(てんじょう)を見上げて言うた。  俺はそれを、しばらくじいっと見ていた。  何でお前は、上を見るんや。  皆(みな)が出て行った通路の方やのうて、何で上や。  俺も一緒(いっしょ)に天井(てんじょう)を見上げてみたが、そこには何もなかった。  ただの天井(てんじょう)や。  暗い灰色(はいいろ)のコンクリートで一面(いちめん)固められてる、頑丈(がんじょう)さだけが売りみたいな、殺風景(さっぷうけい)な天井(てんじょう)やった。  そうやのに、寛太(かんた)は何や、もっとずうっと上を見ているような目つきやった。  まるで月でも見ているみたいに。 「ちょっと待て、寛太(かんた)。何が視(み)えてんのや」 「え……。何って……空が……」  びっくりしたように、寛太(かんた)は不安そうに答えた。  言うたらあかん事を言うてもうたんかな、しくじったみたいな顔やった。  開いた口のまま、俺は考えてた。真っ白な頭で。  それで何か思いついたんかどうか、自分でも分からへん。 「俺には天井(てんじょう)が見えてる」  寛太(かんた)にそう教えると、鳥は、えっという顔をして、チラッと上を盗(ぬす)み見(み)た。  天井(てんじょう)を探(さが)してるようやったけど、鳥にはそれが見えてへんようやった。 「ごめん。分からへん……」 「ごめんなことないで、寛太(かんた)。それはここから出るヒントかもしれへん。お前は、空が飛べるんか?」  俺は飛べるよ。蝶(ちょう)の群(む)れに化(ば)けてやけど。  鳥さんも鳥なんやし、飛べるやろう。  飛べへん鳥やなんて言わんといてくれよ? 「分からへん。あんまり飛んだことない。変転(へんてん)できるようになったのも、つい最近やないか。俺には……まだ、分からへん」 「今日(きょう)飛べ。今から。一緒(いっしょ)に行こう。信太(しんた)は今にも死にそうになってるかもしれへんで。お前が行って止めてやれ。怜司(れいじ)兄さんに代わってもらうていうんやったら、信太(しんた)には無理や。そうしてくれって、お前が自分で頭下げて頼(たの)め」 「でも……」 「怜司(れいじ)兄さんがタダで死んでくれると思うてんのか? あの人、信太(しんた)が好きなんやで。お前にとっては恋敵(こいがたき)やろ。そんな奴(やつ)に信太(しんた)を助けてもらうんか? それであいつは、怜司(れいじ)兄さんのことを、あっさり忘(わす)れて、お前と生きてってくれるんやろか」  そんな訳(わけ)ない。  そうして死に別れた湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)のことは、信太(しんた)にとっては永久(えいきゅう)不滅(ふめつ)の傷(きず)になる。  永遠(えいえん)に心のどこかで、あいつは想(おも)い続けるやろう。  自分のために死んでくれた、哀(あわ)れで愛(いと)おしかった別の鳥さんのことをな。  寛太(かんた)はそれでも平気なんか?  平気やったら別にええねん。  俺なら妬(や)けてもうて辛(つら)いけど、お前が平気ならまあ、どうでもええか。  俺はあえて何も言わんと、じっと寛太(かんた)を見下ろしていた。  寛太(かんた)は目を閉(と)じて、何か考(かんが)え込(こ)むふうやった。  こいつが苦悩(くのう)してる顔なんか、初めて見たわ。  信太(しんた)と居(お)ると、お前はいつもポカーンとしてて、アホみたいやったから。  そうやけど、今にして思えば、信太(しんた)抜(ぬ)きでサシで話してる時のお前は、どことなく、ミステリアスな憂(うれ)い顔やったよな。  まるでアホとは思えんような、いろいろ知ってる顔つきやった気がするわ。  うつむく寛太(かんた)の白い額(ひたい)には、その時も、うっすらと憂(うれ)いを帯(お)びた表情(じょう)があった。  乱(みだ)れた髪(かみ)のまま、力なく座(すわ)り込(こ)んでるけど、寛太(かんた)の苦しい自問自答(じもんじとう)が、俺には見えるようやった。  やがて顔を上げ、寛太(かんた)は俺を見た。  助けて欲(ほ)しそうな目やった。  今までずっと、誰(だれ)かに守られ、甘(あま)やかしてもろうてきた奴(やつ)の目や。  お前は今まで一回も、一人(ひとり)で立ったことがない。可愛(かわい)い面(つら)して、信太(しんた)の兄貴(あにき)に守ってもろてたんやもんな。  そやけど、信太(しんた)はもういない。今度はお前が、あいつを守ってやる番(ばん)や。  俺を見ながら、寛太(かんた)はゆらりと立った。吹(ふ)けば飛ぶような、頼(たよ)りない姿(すがた)やった。 「一緒(いっしょ)に行く」  小声(こごえ)でそう言う寛太(かんた)に、俺は頷(うなず)いた。  一緒(いっしょ)に行こう。

ともだちにシェアしよう!