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28-08 トオル
お前が来てくれて、心強いわ。
何しろ俺にはお前が言うてる空が、全然見えへん。
どこへ向かって飛べばええんか、見当 付かへんのやから。
「変転 しろ」
火の鳥や。寛太 。
アキちゃんがお前に描 いてやった、あのデカい鳥の姿 で、ロックガーデンまでひとっ飛びや。
俺に命令されて、寛太 は素直 に変転 した。
明かりの絶 えてる暗い部屋 ん中が、突然 、燃 える不死鳥 に明々 と照 らし出されて、皆 、驚 くやら恐 れるやら、室内は騒然 となった。
皆 、あまりの熱さに逃 げ惑 ったが、寛太 は全く気にせず、大きく翼 を広げて、飛ぶ練習でもしてるみたいに、バサバサと羽 ばたかせた。
うわあ、熱いわ、焦 げそうや。
「暖 まるなあ……」
へたり込 んだままやった竜太郎 が、炎 に照 らされた顔で苦笑いしていた。
寛太 の体は確 かに燃 えてたが、それはほんまもんの火というより、霊力 の炎 やった。
そこからすぐ他へ火がつくという訳 ではないようや。
熱さを感じるけど、燃 えうつったり、火傷 する訳 やないらしい。
すぐそばに居 てる竜太郎 も、最初はびっくりしたものの、焼 け焦 げる訳 でもなく、冷えた両手を不死鳥 の火にかざして、暖 をとっていた。
全身からぼうぼう霊 の火を燃 やし続ける寛太 は、燃費 の悪い神や。これやと確 かに、すぐ腹 が減 るやろう。
自前 の霊力 の供給源 を見つけへんかったら、生きていかれへん。
「綺麗 やなあ、寛太 。ほんまに不死鳥 やったんやなあ」
にこにこ笑 うて、竜太郎 がそう言うた。
燃 える鳥はキラキラ光るミステリアスな目で、じいっと竜太郎 を見つめていた。
竜太郎 は、子供 ならではの無邪気 さで、見たまんまを言うてやっただけやったけど、それも分家 の跡取 りの甲斐性 やったんやろか。
その場に出現 したとき、燃 えるデカい鳥は化けモンやった。
ホテルに残された一般人 の人らのうちの多くには、ひょっとしたら鳥の姿 は見えず、急に燃 え上 がった火柱 が見えてただけやったかもしれへん。
燃 えてる、怖 い。
そうやけど、電灯 が消えて真っ暗やった、閉 じ込 められた広間の中では、火は明かりやった。
こんな閉 じたとこで火なんか燃 えて、大丈夫 なんか。
あかんもう死ぬ。ここで死ぬんや。もう終わりやという恐怖 。
それでも、ちゃんと物が見えるという安堵 。
火は人に恐怖 と安堵 を同時に与 える力や。
不死鳥 やなあと竜太郎 が言うた。
なんや不死鳥 かと、霊振会 の皆 さんは思う。
不死鳥 やったんか、すごいなあ。あいつ何やろうと思ってたけど、さすがは海道 蔦子 姐 さんの式(しき)や。
不死鳥 は、死んだものでも蘇 らせる力を持った神や。
神戸 を救うものとして、ずっと望 まれてきた神やった。
その求 めに応 え、とうとう不死鳥 が神戸 に飛来 した。
これは吉兆 やと、皆 は思ったようや。
信心 いうんは、俺ら化 けモンにしたら、生きる力であり霊力 の源 や。
そやけど突 き詰 めれば人間どもの思 い込 みでしかない。
ただの鳥やと奴 らが言えば、寛太 はただの鳥。
不死鳥 やと言えば、不死鳥 や。
高音 の音楽のような美声 で、不死鳥 が鳴 いた。
優雅 な細首 を振 りたてて天に向かい歌う。
その姿 が、瓦礫 の中でへこたれて居 たパンピーの皆様 の心にも、火をつけた。
なんか知らんけど助かるような気がした。希望 が湧 いたんや。
根拠 のない希望 や。
それは、火の持っている不思議 な力やった。
「ほな行ってくるわ竜太郎 。後は頼 んだで」
出来のいい我 が儘 な中一 に、俺はこの場を託 した。
火に当たれたせいか、ちょっとはマシになった顔色で、竜太郎 は頷 いた。
「そっちも頼 んだで、蛇 。アキ兄 死なせたら、許 さへんで」
もう絶交 か。
それで脅 しとるつもりか、餓鬼 め。
まだまだ甘 いな!
「寛太 、先に飛べ。俺もついていく」
皆様 の不死鳥 コールで、ちょっとは自信がついてきたらしい寛太 は、今度はためらわず飛んだ。
助走 をつけるスペースはない。しゃあない、こうなったら垂直 離陸 や。
大きく:翼(よく )を振 って、寛太 は盛大 に霊力 の火の粉を振 りまき、宙 に浮 かんだ。
よっしゃ俺も行く! 亨 ちゃんも変転 しちゃうわよ!
シャランラシャランラヘイヘヘイ! 言うとる場合か!
飛び立つでえ! アディオス、ヴィラ北野 の皆様 。
そう思って俺が何気 なく見渡 した、明るく炎 に照らされた部屋 には、多くの人間がいた。
皆 、疲 れて不安げな様子で、着崩 れた宴会 の衣装 のまま、何もない床 に直 に座 り、じっとこっちを見てた。
俺やのうて、寛太 を見てたんやろけどな。
助けてと、言うてるような目やった。
俺はこの目に見覚 えがある。
助けてくれと祈 る、たくさんの目。
すがりつくように見つめてくる。
皆 は信じて疑 わへん。神が、たとえ何を犠牲 にしても、自分らを救 ってくれるていうことを。
神に捧 げる。何もかもを。
愛 しい我 が子 でも、大事な家畜 でも、比類 ない美女も。
神の力となり餌食 となるにふさわしい、立派 な覡 の若者 も。
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