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28-09 トオル
俺はそんなん、食いとうはなかった。
力のある神でなくていい。
人間どもの愛だけで、お前は神やと信じてくれる真心 だけでも、俺は十分 、神様やったのに。
藤堂 さんが、広間 の隅 から俺を見ていた。
お前の眼に映 る俺は、ずうっと悪魔 やったか?
ほんま言うたら、俺は分からへんのや。自分が聖 か邪 か。
それを決めるのは俺やない。
俺ら物 の怪 を、祀 り立ててる人間どものほうや。
オッサン、見とけ。俺が何者 か。
お前の眼 に映 る俺は、今日も、悪魔 やったか?
皆 の見ている目の前で、俺も変転 した。
それが皆 の目にもちゃんと見えてたのかどうか。
どよめきが聞こえた。
寛太 と一緒 にアキちゃんのところへ飛んで行こうという俺は、無数 の蝶 の群 れになっていた。
きらめく青い翅(はね)に黒い縁取 りのある、ブルーモルフォ蝶 の大群 や。
いつぞや南米のジャングルに俺はいた。ずうっと前の話や。
哀 れメソポタミアの、大河 のほとりで滅 び、蛇 の文明は潰 えようとしたが、南米にはまだ蛇神 を崇 める人らがおったんや。
その連中 も、深い水の底に棲 む蛇 の神さんを拝 み、その神は白い肌 の男で、蛇 の姿 と、蝶 の群 れに変転 できるんやと信じてた。
彼 らは神への生け贄 として、作物 や人間の生け贄 も捧 げたが、蝶 も捕 まえてきて、捧 げ物とした。
なんでそんなことしたんやろうなあ?
俺にも人間の気持ちは、よう分からんのやけど、たぶん、淡 い木漏 れ日 の射 す密林 のどこかで出会う、数えきれんほどの蝶 の群 れに、不思議 な力があると感じたんやろう。
彼 らはそれを神と結びつけ、蛇神 に新たな姿 を付け加えた。
以来、南米の蛇神 は空を飛ぶんや。
俺もその流れを汲 んでもうてたようやで!
寛太 は力強い羽 ばたきで天井 をぶち抜 き、ほぼ怪獣 やみたいな身のこなしで、ぐんぐん上昇 していった。
俺はその、飛び去る火の玉を追いかけて、渦巻 く蝶 の群 れとして、天空 に舞い上 がった。
燃え上がる上昇 気流 が俺を助けた。
よかったあ、寛太 を説得 して連れて来といて!
上方向に道があるとは、亨 ちゃん考えてへんかったわ。
閉 じた通路をどないしてこじ開けようか、爆弾 持ってくるか、それとも大蛇(おろち)で体当たりか、って、そういうイメージで考えてたね。
寛太 はさすがは鳥や。
怜司 兄さんもそういえば鳥なんやもんなあ。飛べるんや、あの人。
雀 ちゃんなんやもんなあ。
電波も飛び交うもんやし、そうやそうや。
飛んでるとこ見たことなかったけど、飛行系 なんやなあ、あの人な。
せやし出口は上方向にあったという訳 や。
竜太郎 が言うてた、一個だけある出口というのが、それや。
そこから出ようとすんなよって、ご注意いただかんでも、竜太郎 は出えへんで。
生身 の人間が乗り物もなしに、こんな上の方から出られる訳 ないやん。
飛ばれへん奴 には無理や。鳥籠 ん中に入れられてるようなもんや。
寛太 は出口を知ってるみたいに、ぐんぐんとまっしぐらに飛んだ。
閉 じられた世界の、青い夏空にある、白く輝 く日輪 に向って、寛太 は直進 していた。
ちょっと待って。あれ出口?
あれ、太陽やろ? ちゃうの?
太陽やない。
丸くて、ぽっかり開いた穴 みたいなのが、真っ白に見えるぐらい光ってるんや。
穴 には蓋 がしてあるが、その向こう側にある隣 の位相 は、正視 できへんくらい光ってる。
いや、これ、出口か?
地獄 か天国かの入り口とちゃうの。
現世 に行けるの?
ここ、ほんまに通るんか寛太 ⁉︎︎
ちょっちょっちょっと待って……。
俺は呆然 としながらも、寛太 の長い尾翼 に遅 れんように追いすがってはいたが、心の準備は一切 できてへんかった。
この位相 、ヴィラ北野 やない。
怜司 兄さんが、ホテルに残された人たちを守るために呼び出 した、堅固 な防御力 を誇 る防空壕 の中やったんや。
その、コンクリート詰 めの閉 じた位相 を、俺と寛太 はブチ抜 いて来てもうた。
見下ろすと、さっきブチ抜 いたはずの壕(ごう)の屋根は、どこからともなく現れてきた黒いダスキンみたいな奴 らが、わっせわっせと修復 し、もう閉 じようとしていた。
あとちょっとで塞 がりそうな穴 から、寂 しそうな目をした一匹 が、こっちを見ている。
あっ。あれはポチや。
そうやったポチ居 るんやった。置いてきてもうた。
でもまあええわ、お前はそこに居 れ。
元はと言えば、怜司 兄さんの使い魔 や。
この位相 を守るために、山盛 り派遣 されてる黒い毛玉 どもと、一緒 にいとけばええわ。
そいつらが働いてる限り、この位相 の封印 は破 れへんようや。
それなら俺らも心置 き無くブチ抜 ける。
あの日輪 の向こう側に待っている、熱線 と焼熱 の地獄 へ、遠慮 なく特攻 できるってもんやわ。
そうそう、御察 しの通り。
その光の輪の向こう側の世界は、爆心地 やった。
かつて人間どもが科学の力を使い召喚 した神、ウラヌスの霊威 のごく一部が、今もフレッシュなまま、そこには閉じ込 められていた。
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