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28-10 トオル

 広島(ひろしま)で、原爆(げんばく)の直撃(ちょくげき)を食らった怜司(れいじ)兄さんは、とっさに別の位相(いそう)へ逃(に)げることで、自分を救(すく)おうとした。  テレポートやな。  わが身ひとつ救(すく)えばええだけやったら、一瞬(いっしゅん)で遠い彼方(かなた)まで跳(と)べばいい。  ワープやな。  そやけど爆心(ばくしん)地には多くの人間もいた。  暑い夏の昼日中(ひるひなか)やった。  大人も子供(こども)も、赤ん坊(あかんぼう)もいた。  それを救(すく)わなあかんて、怜司(れいじ)兄さんはとっさに思ってもうたんやな。  生身(なまみ)の人間を一気(いっき)にワープさせるのは無理や。  それ自体(じたい)で死んでまうかもしれへん。元(もと)も子(こ)もない。  そやからな、兄さんは段階的(だんかいてき)に位相(いそう)をずらした。バウムクーヘンみたいに重なった位相(いそう)のお隣(となり)へ、お隣(となり)へと、順々(じゅんじゅん)に人間どもを移(うつ)してやり、その中心にあったのが、あのコンクリート詰(づ)めの大広間(おおひろま)や。  そこまで逃(に)げ果(おお)せれば安心、安全やった。  少なくとも即死(そくし)はせえへん。  皆(みな)、神隠(かみかく)しにあったわけや。  そして様子を見てから、無難(ぶなん)そうな現世(げんせ)にぽいっと戻(もど)しといてやればいい。  まあ、それで、助けられた奴(やつ)らもおったんやろうけど、ウラヌスの放つ光と熱は、間一髪(かんいっぱつ)のとこまで追いついていた。  この穴(あな)の向こう。  怜司(れいじ)兄さんを骨(ほね)になるまで灼(や)き尽(つ)くした冥界(めいかい)の火が、そこに、そこにあるんやで、寛太(かんた)!  ここしか出口はなかったんかなあ、ほんまに。  アキちゃんのためなら、たとえ火の中、水の中っていうアレの、火の方やな。  俺、もうちょっと可愛(かわい)い火をイメージしてたわ。  ここまでの火じゃないとあかん? 火力(かりょく)ありすぎですよ。  それでも寛太(かんた)は怯(ひる)むことなく、位相(いそう)の境目(さかいめ)を超高速(ちょうおんそく)で突破(とっぱ)した。  ガラスが割(わ)れるようなガチャーンていう手ごたえがあり、通路の向こう側の位相(いそう)と、こっち側が繋(つな)がってもうた。  えらいこっちゃああああ!  水出せ、水水! 熱(あつ)いいいいい‼︎  皆(みんな)、死んでまう!  藤堂(とうどう)さん! 竜太郎(りゅうたろう)! 小夜子(さよこ)さんと、それから誰(だれ)や、霊振会(れいしんかい)の家族会の皆(みな)さん!  ホテル従業員(じゅうぎょういん)とそのご家族! 朝飯屋のマスターのジョージ!  それからそれから……!  そういう諸々(もろもろ)が一気に俺の脳裏(のうり)を駆(か)け巡(めぐ)り、俺はウラヌスの霊威(れいい)が眼下(がんか)の防空壕(ぼうくうごう)を襲(おそ)うのを、何とか止めようとした。  気づくと白い大蛇(おろち)に変転(へんてん)してて、大量の真水(まみず)を呼び出(よびだ)し、その壁(かべ)で、ウラヌスの光を押し返(おしかえ)そうとしてた。  でもな。無理。はっきり言うて無理。ウラヌスの方が強い。  本人もう居(お)らんのやで。昔、一瞬(いっしゅん)だけ召喚(しょうかん)されただけで、その残り香(のこりが)か、何か、気配(けはい)の端(はじ)っこみたいなのんが、ずうっと缶詰(かんづめ)なって冷めてきてたようなヤツやねん。  もともとちょびっと漏(も)れただけの力の、さらに耳かき一杯(ぱい)ぶんの、それを冷ましたやつやねん。  それでもな、亨(とおる)ちゃん、骨(ほね)だけになるまでローストされるから。  ノーガードじゃなかったけど、水に包(つつ)まれてみたけどな、あっという間に蒸発(じょうはつ)するから。  むしろ水蒸気(すいじょうき)爆発(ばくはつ)してるから。バーンやから。  しかも忘(わす)れてたけど、大蛇(おろち)やと空飛ばれへんやん? 落ちるやん?  水蒸気(すいじょうき)ドーンなって、ヒューって落ちるし、焼けてるし、真っ黒焦(こ)げやしさ、死ぬわ。  死んだと思うわ。  俺、死体やったわ。 「亨(とおる)ちゃん⁉︎︎」  なに死んどうのやって、びっくりしたらしい寛太(かんた)が舞い戻(まいもど)ってきて、でかい鉤爪(かぎづめ)で親切にも俺をひっ掴(つか)み、なにやっとうのや早(はよ)う行くでって、穴(あな)ん中に連れてってくれた。  ありがとうやで寛太(かんた)。冥界(めいかい)の地獄(じごく)にご案内(あんない)してくれて。  俺らが開けた大穴(おおあな)のところに、うわああって大量の黒ダスキンが湧(わ)いてた。  まっくろくろすけみたいや。  そいつらが、あっちこっちから集まってきて、燃え尽(もえつ)きながら位相(いそう)を閉(と)じていくねん。  そのおかげで、退路(たいろ)はもうない。  そのおかげで、防空壕(ぼうくうごう)は守られたんやろう。  俺のポチも、あそこで死んだんやろか。  次々と燃えカスになって落ちて行く奴(やつ)らを見ながら、俺は寛太(かんた)に引っ掴(ひっつか)まれて、灼熱(しゃくねつ)の中を飛んだ。  どんどん飛んだ。途中(とちゅう)、ほとんど意識(いしき)のなくなる瞬間(しゅんかん)もあった。  アキちゃん、て、愛しいツレのことを心で呼(よ)んで、俺は自分が消えないように持ちこたえた。  アキちゃんに、もう一遍(いっぺん)会うんや。俺はあいつを助けに行くんや。  こんなとこで、消えてたまるか。ただただ俺は、あいつに会いたいんや。  そうやってな、根性(こんじょう)出して踏ん張(ふんば)ってたら、寛太(かんた)は急に、だだっ広いところへと飛び出した。  何も遮(さえぎ)るものがない、どこまでも広がった世界。現世(げんせ)やった。  異界(いかい)の通路を抜け出(ぬけだ)して、俺らはアキちゃんのいる、信太(しんた)もいてる、皆(みな)が居(お)るのと同じ位相(いそう)へと、戻(もど)ってこられたんや。  やったー! 出られた‼︎  寛太(かんた)はもちろん、無傷(むきず)やった。  ええなあ火の鳥って。お前は地獄(じごく)の眷属(けんぞく)か。  ぜんっぜん何ともないんやな。  俺なんか見てみろ。消し炭(ずみ)や。

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