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28-12 トオル

()えた? 身体(からだ)の方は大丈夫(だいじょうぶ)なんですか?」  さすがお医者様やな。(にく)恋敵(こいがたき)の俺でも、怪我(けが)ないかって心配してくれるんや、神楽(かぐら)(よう)。ええ(やつ)やな。  でも大丈夫(だいじょうぶ)や。  鳥さんうえーんて泣いて、その(なみだ)()れたら、()()げやったのがベロンて治ったわ。と、俺は()(つま)んで説明しといた。  そうしたら、神楽(かぐら)の目の色が変わってもうて。 「(なみだ)ください!」  もう()()みかけてた寛太(かんた)に向かって、神楽(かぐら)は食いつくように言うた。  ほんで実際(じっさい)、ずかずか近寄(ちかよ)ってきて、(こし)につけてた荷物(にもつ)入れから、ガラスの小瓶(こびん)を取り出して、寛太(かんた)の目にグイグイ()()てた。 「(とおる)ちゃん、この人なにしとうの?」  (なみだ)採取(さいしゅ)されながら、鳥はぼうっと()()ってるだけで、(いや)とも(おう)とも言わへんねん。されるがままや。  俺は(あき)れてそれを見てた。 「わからん。わかるような気はするけど」  それより俺様(おれさま)スッポンポンなんやけど。なんか無いのか?  このまま行くんか?  全裸(ぜんら)でアキちゃんの前に登場するんか?  別にええかという気持ちと、いや、あかんやろという気持ちが俺の中でせめぎ合っている。 「もっと泣けませんか?」  ごっつ真面目(まじめ)な顔で、神楽(かぐら)(よう)寛太(かんた)(せま)ってた。  もっと大きく口あけてアーンて言えやっていう時の白衣(はくい)の人の口ぶりやった。  寛太(かんた)、完全に(なみだ)止まってもうてたわ。  そんな泣くようなムードちゃうもん。いくらアホでも、泣け言われてオイオイ泣いたりはでけへんのやんか。  この不死鳥(ふしちょう)を泣かそう思ったら、信太(しんた)がチューするか、信太(しんた)がもっとええことせなあかんのやで。  つまりな、(むね)に熱い愛が()えてないと、不死鳥(ふしちょう)は泣かへんのや。  信太(しんた)。そうや。もう行かなあかん。  しかしここは何処(どこ)なんや。家も道も(くず)れてもうてて見当(けんとう)がつかへん。 「ここ何処(どこ)やねん、神楽(かぐら)。お前は何でここに()ったんや? アキちゃん(たち)何処(どこ)いったか教えてくれ」  俺が聞くと、神楽(かぐら)はもう不死鳥(ふしちょう)(なみだ)(あきら)めたようで、小瓶(こびん)に金色の(ふた)をぎゅっと()めた。 「本間(ほんま)さん(たち)は、六甲山(ろっこうさん)のロックガーデンに向かいました。(ぼく)はもう戦う力がないので、負傷者(ふしょうしゃ)救護(きゅうご)をしています」  霊振会(れいしんかい)がこの(わざわ)いに(さい)して用意しておいた仕事の一つやった。  (ほね)にやられた人間は、命と(たましい)を取られて(なまず)のところへ連れていかれる。  そうやけど、肉体の方はその場に残ってるんや。  そっちに正しい処置(しょち)をしてやれば、(たましい)は肉体に引かれて(もど)ってくる。助けることができるんや。  神楽(かぐら)はその仕事にうってつけの人材(じんざい)やった。  神の(あた)(たも)うた奇跡(きせき)の力で、神楽(かぐら)は人の怪我(けが)を治すことができたし、悪魔(あくま)(ばら)いで(きた)えたスキルで、悪霊(あくりょう)から受けた霊的(れいてき)(きず)を治すこともできた。  それで(ほね)にやられた人はいませんかって、(さが)して歩いては、人助けしてたって(わけ)や。  ほんで全裸(ぜんら)(とおる)ちゃんと()うちゃった(わけ)よ。  いやあ偶然(ぐうぜん)やったな、これも(えん)やわ。お前と会えて助かったよ。  俺ら、こっから何処(どこ)いっていいか、ノープランやったしな。 「あのう……良かったら、服、ありますよ」  めっちゃ言いにくそうに神楽(かぐら)は言うた。  ここはホテルにほど近い場所で、霊振会(れいしんかい)武闘派(ぶとうは)巫覡(ふげき)(みな)さんが頑張(がんば)って確保(かくほ)した(ほね)いないゾーンやった。  結界(けっかい)()り、その中の(ほね)を全部、撃破(げきは)したということや。  ここにはもう(ほね)は入ってこられへん。  人間の皆様(みなさま)は安心してええで、ここに()げてきたら安全やでって、あちこちの電柱(でんちゅう)の上に配置(はいち)されたスピーカーが怒鳴(どな)ったんで、避難所(ひなんじょ)として機能(きのう)し始めていた。  霊振会(れいしんかい)があらかじめ用意しとった食料や水や、服なんかもあったんや。  ありがとう。服()しい。全裸(ぜんら)はキツい。  急がなあかんのやけど、服は着ていこうと思う。すんません。  救護所(きゅうごしょ)はすぐ近くにあり、神楽(かぐら)は顔が()くようで、とっとと適当(てきとう)な服持って来てくれた。  何着たかなんか(おぼ)えてへん。どの服がええかなあなんて、呑気(のんき)なこと()かしてられる空気やなかった。  そこは思った以上の人間で(あふ)れかえっていたし、負傷(ふしょう)した霊振会(れいしんかい)巫覡(ふげき)式神(しきがみ)()った。  それもおびただしい数で、さながら野戦病院(やせんびょういん)(てい)やった。 「助けてもらえませんか」  それを(なが)める俺らに、神楽(かぐら)が急にドスの()いた声で言いやがった。  俺に言うてんのか?  いや、寛太(かんた)に言うてんのやった。 「(みんな)(きず)ついていて、死にかけている者もいます。助ける力があるんやったら、手伝(てつだ)ってもらえませんか。ここで(みんな)のために泣いてください」  そんなもん知るか。俺は急いでるんや。  何処(どこ)(だれ)かも知らんような(やつ)らのために、ここで足留(あしど)め食らう(いわ)れはないわ!  ってな、寛太(かんた)は言わへんかった。  寛太(かんた)は、心をかき(みだ)されたような目をした。  目の前にある、(きず)ついた人や式神(しきがみ)の苦しむ様子が、あまりに気の毒やったからやろう。

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