765 / 928

28-13 トオル

 あいにくと、俺はそういうの()れてんねん。  気の毒やで? そら、(いた)ましいわ。  そうやけど、俺はこういうのを、古代の昔から数知れず見てきてる。  戦争や、災害(さいがい)で、人は死に街は(こわ)れ、(みんな)が苦しむ。  それは度々(たびたび)起きてきたことや。いちいち泣いてたら身がもたへん。  そういう俺はスレてんのやろな。  寛太(かんた)は俺と(ちご)うて、スレてへん。ピッカピカや。  こんな状況(じょうきょう)は生まれて初めて見たんや。  これが、信太(しんた)兄貴(あにき)が言うてた、俺が(すく)うべき神戸(こうべ)(たみ)やて、心が()さぶられた。  寛太(かんた)野戦病院(やせんびょういん)惨状(さんじょう)を見て、ポロリと泣いた。  苦しい(むね)(うち)が、(なみだ)になって流れ出たんやろうか。  それをすかさず神楽(かぐら)(よう)はさっきとは別のガラスの小瓶(こびん)採集(さいしゅう)してた。  お前は何本、(びん)持って歩いとんのや。  ここちょっと感動的なシーンやろ。  寛太(かんた)の目に(びん)グイグイやっとる場合やないやん。 「この(なみだ)のサンプルで治療(ちりょう)できないか(ため)してみます。先を急いでるんでしょう?」  事情(じじょう)は知ってるという口調(くちょう)で、神楽(かぐら)はこちらは見ず、いくらでも()るような患者(かんじゃ)()れに目を向けていた。 「ほんまやったら残って()しいところでした。人手(ひとで)が……というか、治癒(ちゆ)(けい)の手が足らへんのです。血が、()るんです。回復(かいふく)奇跡(きせき)を起こすための」  そう言って()(かえ)った神楽(かぐら)の目は、(つか)れてんのか、軽く血走(ちばし)ってて、めっちゃ物欲(ものほ)しそうやった。  血がな、()しいんやって。神父さんな。 「霊振会(れいしんかい)の人らは、(ぼく)からはもう()れないと言うてます。採血(さいけつ)していい容量(ようりょう)()えたって」  えっ、ちょい待ち。(よう)ちゃん、献血(けんけつ)してもうたの?  えっでもでも、でもな、お前、藤堂(とうどう)さんとやりまくりやろう?  アレ飲んだり血()うたり()われたり、してません?  した? した、よね、たぶんね……?  ちょ、それ、ヤバない?  それを献血(けんけつ)すんのはヤバいよ。  俺かてこの数千年、そう簡単(かんたん)に人間に血はやらんようにしてきたよ。  だって化けもんなってもうたらどうするのよう!  そやけど(よう)ちゃんの血液(けつえき)奇跡(きせき)回復(かいふく)薬やったらしいねん。ヴァチカンでもずっとそうやった。  ほんの数滴(すうてき)、血をやれば、病気や怪我(けが)回復(かいふく)するんやって。  一時的やけどな。  でもそれで、死なんで()めば、あとは自力で回復(かいふく)できるかもしれへんやろ?  まあ、そういうこともあってな、こいつはヴァチカンの秘蔵(ひぞう)()やったんや。  だって再現性(さいげんせい)百パーセントの奇跡(きせき)やで?  ウマいよ、そりゃあ、坊主(ぼうず)どもにとってはな。大事にもするよ。  オートクチュールの僧服(そうふく)かて着せてまうよ。  しかもこいつ、それに()れきってて、当たり前の待遇(たいぐう)やと思うてるしな。  アキちゃんとはまた別の意味で、お()っちゃまなんやで。 「まあでも、説得(せっとく)してみます。見殺しにはできないんでね。(ぼく)もずいぶん、化けもんじみてきたし、人間の限界(げんかい)くらい、少々やったら()えられるでしょう」  しゃあないな、みたいに言うて、(よう)ちゃんテメエの血を(しぼ)るつもりのようやった。  (こわ)! 死ぬでお前。  やめとけやめとけ……。いくら不死(ふし)(けい)の仲間になってるかも言うたかて、血を流しすぎたら死ぬかもしれへんで。  俺かて京都駅で犬にドーンされた時は、めっちゃ血出て消えかけた。  助かったから良かったようなものの、(あぶ)なかったで。  そやのにお前は自分で自分の血を(しぼ)ろうっていうんか?  ロックな(やつ)やなあ。  俺は何も言わんかったけど、全部顔に出てたんやろうか。  ぎょええ的な顔で見ている俺に、神楽(かぐら)苦笑(くしょう)してた。 「何ちゅう顔するんや。(ぼく)が死んでも貴方(あなた)(こま)らないでしょう」 「俺が(こま)らんでも、オッサン(こま)るやろ」  そういう意識(いしき)はお前らにはないんか。  殉職(じゅんしょく)やからオッサン分かってくれるんか。  よう頑張(がんば)ったなあて言うてくれるんか? 「(こま)るんですかねえ……どうやろうな」  シニカルに笑うて、神楽(かぐら)はもう行くみたいやった。 「(ほね)に気をつけてくださいね。ここからロックガーデンめっちゃ遠いですよ。本間(ほんま)さん(たち)魔法(まほう)でショートカットしたらしいけど、その道はもう()じてもうてるらしいので。飛べるんやったら、飛んで行ったほうがいいと思います」  飛べるんやんな、という不思議(ふしぎ)そうな目で、神楽(かぐら)寛太(かんた)を見つめた。  こいつにも不死鳥(ふしちょう)姿(すがた)が見えてるんやろか。 「不死鳥(ふしちょう)(なみだ)、ありがとう。役立てます。神のご加護(かご)がありますように」  神父らしい別れの言葉を口にして、神楽(かぐら)は、あっ、つい言うてもうたという顔をした。まだまだ神父(ぐせ)()けへんなあ。  それっきり、チャオと手を()り、バイバイや。  死ぬなよ、破戒(はかい)神父。  しぶとく生き残って、あのオッサンをもっと(こま)らせてやれ。  そんなことできるんは、今となってはお前くらいのもんや。  小説家のジョージに()られんように、気ぃつけや。  アディオス。さようならと別れ、それが永遠(えいえん)の別れやて、そういうこともあるんかな。  俺にはまだ実感が()うて、神楽(かぐら)(よう)との別れも、これが永遠(えいえん)なのか、また出会う日もあるんか、見当(けんとう)もつかへんかった。

ともだちにシェアしよう!