766 / 928

28-14 トオル

 もう二度と会われへん。そういう別れもある。  長い生涯(しょうがい)を生きてる俺にとっては、むしろそういう別れのほうが多い。  そうやのに、俺はまさかもう二度と自分が信太(しんた)に会われへんとは、思いもよらへんかった。  生(い)け贄(にえ)や。それに選ばれた奴(やつ)は死ぬ。そんなん当たり前のことやのに、やっぱ俺には現実味(げんじつみ)がなかったんかな。  あの信太(しんた)が、死ぬやなんて。  もう二度と俺と言葉を交(か)わすこともなく、ふざけてキスすることもない。  それがどうも腑(ふ)に落ちへんまま、俺はロックガーデンに着いてもうた。  あいつと最後に何を話したか、思い出されへん。憶(おぼ)えてもいないような話やったやろうか。  ずっと、アキちゃん死なんといてていう苦悩(くのう)で頭がいっぱいで、俺はどことなく上(うわ)の空(そら)やったんかなあ。  信太(しんた)のことを思い出す時、いっつも蘇(よみがえ)る記憶(きおく)は、元町(もとまち)の中華街(ちゅうかがい)でふたりで飯食(めしく)うた時の事やねん。  アキちゃん出かけてるし、どうせバレへん。  中華街(ちゅうかがい)に美味(うま)いフカヒレラーメン出す店あるでって、信太(しんた)が誘(さそ)うもんやから、それ食いたいなあって、のこのこ付いてった。  俺はどんだけ腹(はら)が減(へ)ってんのや。ラーメンで釣(つ)られるとは、安(やす)い蛇(へび)やわ。  自分でもそう思うけど、まあ、あの時は別に、ラーメン食いとうて着いてった訳(わけ)やない。  言わんでも分かるやろうけど、虎(とら)に興味(きょうみ)があったんや。多分(たぶん)。  俺が食いたいと思うてたんは、虎(とら)のほうやったやろうな。  そやけど食うたんはラーメンだけや。肉まんも食うたけど。  桃(もも)まんは食(く)い損(そこ)ねた。  ほんで虎(とら)も、食(く)い損(そこ)ねたなあ。  キスはしたけど。  あいつキスがな、めっちゃ上手(うま)いねん。  上手(うま)いというかやな、優(やさ)しいねん。  チューすると惚(ほ)れてまうねん、なんか分かる。  俺にはアキちゃんがおるしな、まあ平気や。信太(しんた)とキスしたかて何も感じへん。そういうことにしてくれ。  そうやけど、あんだけ虎(とら)に雑(ざつ)な態度(たいど)しかとらへん怜司(れいじ)兄さんですら、信太(しんた)の顔を見ると必ずキスしてた。  自分からするんとちゃうねんで。してもらうねんで?  何やったんやろうなあ、あの絶妙(ぜつみょう)の間合(まあ)いは。百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の兄さんのイリュージョンか。  怜司(れいじ)兄さんが信太(しんた)のそばに行って、キスしやすいように首をかしげると、信太(しんた)がほぼ条件(じょうけん)反射的(はんしゃてき)にチューすんねん。  そういうふうに躾(しつ)けられてたんか。調教(ちょうきょう)済(す)みの虎(とら)か。  なんかよう分からんけど、そうまでして止(や)められへんくらいに信太(しんた)のチューはいいという事やねん。  優(やさ)しくされると胸(むね)が疼(うず)くんや。  特に俺とか、怜司(れいじ)兄さんみたいなタイプはな。  優(やさ)しくされたいねんけど、優(やさ)しくされるのに慣(な)れてへんねん。  そやから俺かてアキちゃんみたいな初心(うぶ)な坊々(ぼんぼん)にいてこまされてんのやんか。  怜司(れいじ)兄さんも、虎(とら)が好きやったんやろな。優(やさ)しいとこが。  あいつ、こっちの目を見てニコニコするねん。ほんでキスが優(やさ)しいねん。  だから何? って思われるかもしれへんのやけど、それを思うと、何でか俺はいつも泣けてくる。  思い出すたび蘇(よみがえ)るのは、あいつが笑(わろ)うてる顔だけや。  ちょっとの間(あいだ)しか知らん奴(やつ)やったけど、思い出が笑顔(えがお)だけっていうのは、ええ奴(やつ)やった証拠(しょうこ)かな。  俺の知らへん、あれやこれやがあったやろうけど、信太(しんた)のことを悪くいう奴(やつ)は、誰(だれ)もおらへんかった。  怜司(れいじ)兄さんだけやんか。何であの人いっつも信太(しんた)に怒ってんのやろうな?  振(ふ)られたから?  そうやないような気がするなあ、俺は。  多分(たぶん)やけど、盗(と)られたらあかん自分の心を、一時(いっとき)、奪(うば)われたからやない?  あの人、暁彦(あきひこ)様の帰りを待って、自分の心を守ってたんやしな。  操(みさお)は守ってへんけど。全然守ってへんけどな、それも、自分の心は誰(だれ)にも盗(と)られへんという自信があんのやろ。  盗(と)れるもんなら盗(と)ってみろやったんやろ。  俺もそう思った。アキちゃんと京都のホテルのバーで初めて会(お)うたとき。  盗(と)れるもんなら盗(と)ってみろ、この若造(わかぞう)がと思ってた。最初はな。  でも盗(と)られたけどな。うん。まあ、そうやったわ。  たぶん怜司(れいじ)兄さんも、盗(と)られてビビったんやない?  何をすんねんこの虎(とら)めと、腹立(はらだ)たしかったんやろう。盗(と)られるもんかって。  あの時も、怜司(れいじ)兄さん、怒ったような顔やった。信太(しんた)が死ぬ時や。  怒りながら、何かに耐(た)えてる顔やった。  自分の心が動かされんように、必死に耐(た)えてたんやない?  俺と寛太(かんた)は、神楽(かぐら)瑤(よう)と救護(きゅうご)所で別れ、ロックガーデンまでひとっ飛びした。  鳥さん速すぎて、俺の蝶々(ちょうちょ)やと追いつかれへん。  それでも俺を置いていくのは心細いらしくてな、寛太(かんた)は俺を人型に変転(へんてん)させて、引(ひ)っ掴(つか)んで行ってくれた。  若干(じゃっかん)、焦(こ)げたけど。また、熱い熱い言わなあかんかったけど。  でも亨(とおる)ちゃん、我慢(がまん)したわ。  ほんで、着いたらもう手遅(ておく)れやったんやん。  信太(しんた)はもう、鯰(なまず)に食われてもうてた。  俺のせいや。  全裸(ぜんら)が何やねん、そのまま来とけば間に合うたんやないかって?  それもある。  でも、それやないねん。籤占(くじうら)や。

ともだちにシェアしよう!