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28-14 トオル

 もう二度と会われへん。そういう別れもある。  長い生涯(しょうがい)を生きてる俺にとっては、むしろそういう別れのほうが多い。  そうやのに、俺はまさかもう二度と自分が信太(しんた)に会われへんとは、思いもよらへんかった。  ()(にえ)や。それに選ばれた(やつ)は死ぬ。そんなん当たり前のことやのに、やっぱ俺には現実味(げんじつみ)がなかったんかな。  あの信太(しんた)が、死ぬやなんて。  もう二度と俺と言葉を()わすこともなく、ふざけてキスすることもない。  それがどうも()に落ちへんまま、俺はロックガーデンに着いてもうた。  あいつと最後に何を話したか、思い出されへん。(おぼ)えてもいないような話やったやろうか。  ずっと、アキちゃん死なんといてていう苦悩(くのう)で頭がいっぱいで、俺はどことなく(うわ)(そら)やったんかなあ。  信太(しんた)のことを思い出す時、いっつも(よみがえ)記憶(きおく)は、元町(もとまち)中華街(ちゅうかがい)でふたりで飯食(めしく)うた時の事やねん。  アキちゃん出かけてるし、どうせバレへん。  中華街(ちゅうかがい)美味(うま)いフカヒレラーメン出す店あるでって、信太(しんた)(さそ)うもんやから、それ食いたいなあって、のこのこ付いてった。  俺はどんだけ(はら)()ってんのや。ラーメンで()られるとは、(やす)(へび)やわ。  自分でもそう思うけど、まあ、あの時は別に、ラーメン食いとうて着いてった(わけ)やない。  言わんでも分かるやろうけど、(とら)興味(きょうみ)があったんや。多分(たぶん)。  俺が食いたいと思うてたんは、(とら)のほうやったやろうな。  そやけど食うたんはラーメンだけや。肉まんも食うたけど。  (もも)まんは()(そこ)ねた。  ほんで(とら)も、()(そこ)ねたなあ。  キスはしたけど。  あいつキスがな、めっちゃ上手(うま)いねん。  上手(うま)いというかやな、(やさ)しいねん。  チューすると()れてまうねん、なんか分かる。  俺にはアキちゃんがおるしな、まあ平気や。信太(しんた)とキスしたかて何も感じへん。そういうことにしてくれ。  そうやけど、あんだけ(とら)(ざつ)態度(たいど)しかとらへん怜司(れいじ)兄さんですら、信太(しんた)の顔を見ると必ずキスしてた。  自分からするんとちゃうねんで。してもらうねんで?  何やったんやろうなあ、あの絶妙(ぜつみょう)間合(まあ)いは。百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の兄さんのイリュージョンか。  怜司(れいじ)兄さんが信太(しんた)のそばに行って、キスしやすいように首をかしげると、信太(しんた)がほぼ条件(じょうけん)反射的(はんしゃてき)にチューすんねん。  そういうふうに(しつ)けられてたんか。調教(ちょうきょう)()みの(とら)か。  なんかよう分からんけど、そうまでして()められへんくらいに信太(しんた)のチューはいいという事やねん。  (やさ)しくされると(むね)(うず)くんや。  特に俺とか、怜司(れいじ)兄さんみたいなタイプはな。  (やさ)しくされたいねんけど、(やさ)しくされるのに()れてへんねん。  そやから俺かてアキちゃんみたいな初心(うぶ)坊々(ぼんぼん)にいてこまされてんのやんか。  怜司(れいじ)兄さんも、(とら)が好きやったんやろな。(やさ)しいとこが。  あいつ、こっちの目を見てニコニコするねん。ほんでキスが(やさ)しいねん。  だから何? って思われるかもしれへんのやけど、それを思うと、何でか俺はいつも泣けてくる。  思い出すたび(よみがえ)るのは、あいつが(わろ)うてる顔だけや。  ちょっとの(あいだ)しか知らん(やつ)やったけど、思い出が笑顔(えがお)だけっていうのは、ええ(やつ)やった証拠(しょうこ)かな。  俺の知らへん、あれやこれやがあったやろうけど、信太(しんた)のことを悪くいう(やつ)は、(だれ)もおらへんかった。  怜司(れいじ)兄さんだけやんか。何であの人いっつも信太(しんた)に怒ってんのやろうな?  ()られたから?  そうやないような気がするなあ、俺は。  多分(たぶん)やけど、()られたらあかん自分の心を、一時(いっとき)(うば)われたからやない?  あの人、暁彦(あきひこ)様の帰りを待って、自分の心を守ってたんやしな。  (みさお)は守ってへんけど。全然守ってへんけどな、それも、自分の心は(だれ)にも()られへんという自信があんのやろ。  ()れるもんなら()ってみろやったんやろ。  俺もそう思った。アキちゃんと京都のホテルのバーで初めて()うたとき。  ()れるもんなら()ってみろ、この若造(わかぞう)がと思ってた。最初はな。  でも()られたけどな。うん。まあ、そうやったわ。  たぶん怜司(れいじ)兄さんも、()られてビビったんやない?  何をすんねんこの(とら)めと、腹立(はらだ)たしかったんやろう。()られるもんかって。  あの時も、怜司(れいじ)兄さん、怒ったような顔やった。信太(しんた)が死ぬ時や。  怒りながら、何かに()えてる顔やった。  自分の心が動かされんように、必死に()えてたんやない?  俺と寛太(かんた)は、神楽(かぐら)(よう)救護(きゅうご)所で別れ、ロックガーデンまでひとっ飛びした。  鳥さん速すぎて、俺の蝶々(ちょうちょ)やと追いつかれへん。  それでも俺を置いていくのは心細いらしくてな、寛太(かんた)は俺を人型に変転(へんてん)させて、()(つか)んで行ってくれた。  若干(じゃっかん)()げたけど。また、熱い熱い言わなあかんかったけど。  でも(とおる)ちゃん、我慢(がまん)したわ。  ほんで、着いたらもう手遅(ておく)れやったんやん。  信太(しんた)はもう、(なまず)に食われてもうてた。  俺のせいや。  全裸(ぜんら)が何やねん、そのまま来とけば間に合うたんやないかって?  それもある。  でも、それやないねん。籤占(くじうら)や。

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