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28-16 トオル
もしも信太 が生きていて、そんな噂 を耳にしたら、さぞかし満足げに笑 うたやろう。俺 の寛太 は不死鳥 やったんやって。
ずうっとそう言うてたもんな。あいつは寛太 を信じてた。
誰 も、寛太 自身さえ、それを信じようとしなかった時にも、信太 だけは決して心を変えず、信じてたんやんか。
それでも、不死鳥 がほんまの力を発揮 するには、人々の信仰 がいる。
今時 の世 で、新たな信仰 を興 すのは簡単 やない。不死鳥 を食わせていくほどの力となるとな。
消えず、いつまでも残り、次々と信じる者が現 れて、度々 思い起こされ、人々が祈 る。
そういうもんは今や、インターネットや、友達 の友達 から聞いた噂 の中にしかないんやない?
俺 はそう思ってるんや。別に確 かめた訳 やないんやけどな。
怜司 兄さんは、怒ってた。
信太 が死ぬのを見て、一滴 の涙 も流さへんかった。
血も涙 もない鬼 やからな、しょうがないんや。流す涙 を持ってへん。寛太 とは違 うんや。
それでも、信太 が何を望 んでて、何のために死んだか、一番分かってくれてたのは、怜司 兄さんやったんやないかなあ?
だって、神戸 の空を駆 け抜 けた赤い鳥も、噂 が不死鳥 やと囁 かなければ、ただの鳥の形した変わった雲で、人々の怪我 が治ったり、蘇生 したりしたんも、たまたまの偶然 やってことで、その場 限 りのことや。遠 からず皆 に忘 れ去 られた事やったんかもしれへん。
何かの意図 が、そこには関与 してる。俺 はそう思うてる。
マスコミによる捏造 、情報 操作 や。
信太 、お前の不死鳥 を、怜司 兄さんがほんまモンにしてくれたで。嬉 しいやろ。
嬉 しいって、もう言われへんし、怜司 兄さんにお礼 のキスもでけへんのやな。もうなんにも、でけへんのや。
悲しい。それが死や。
死は古代の昔からずうっと、多くの恋人 たちを分 かつ呪 いやった。
俺 もこれまで、数えきれんぐらいの愛 おしい顔また顔を、死の影 の向こう側 に見失ってきた。
その度 に身を切られるような辛 さが俺 を苦しめてきたんや。
死なれへん、俺 は、いつも後に遺 される身や。
思えば何故 俺 は、死なんのやろか。
神やからや。
いいや、死んでまう神もいてる。俺 がそうなったとしても、良かったはずや。
死にゆく恋人 の魂 を追いかけて、共に死んでも良かったはずや。
そうやのに、俺 は死なんのや。黄泉 がえる。
愛 しいアキちゃんが死んでも、それを追っていかれへん。
俺 の不死 は、呪 いや。自分で自分を苦しめる、無用 の長物 や。
アキちゃんが死んだ。それは俺 に下 された罰 や。
俺 が最も愛する者を、海神(わだつみ)が奪 っていった。
いとも簡単 に、一瞬 で波間 にひと呑 みやった。
そう……。そろそろ時を戻 そう。あの日の神戸 の港 へ。
津波 の押 し寄 せる中突堤 へ。
俺 とアキちゃんは一緒 に居 てた。
水煙 と犬と、怜司 兄さんも一緒 やった。
蔦子 おばちゃまの予知 の通りや。皆 で突 っ立 って、襲 い来る津波 を、成 すすべもなく見守っていた。
蔦子 さんが水晶玉 で見せてくれた光景 とは、何かがちょっとずつ違 うてた。
着てるもんとか、立ってる位置とか、そんな程度 の些細 なことやけど、違 うてる。そこは俺 らの知らん時空 やった。
そやけど心配はないはずやった。
竜太郎 の新しい予知 では、アキちゃんはこの先、京都に無事に帰り、俺 とまた出町柳 のマンションで暮 らしている。
そこへ竜太郎 も遊びに来て、一緒 にカレー食うてる。
そんな平和で楽しい、何事 もないオチを、竜太郎 は視 たんや。
もう何も心配いらへん。俺 らはもう、アキちゃんを救 えたんや。
そうや。これは俺 らのハッピーエンドのコース。
一緒 に出町 に帰って、アキちゃんと固く抱 き合 いたい。
もう俺 もアキちゃんも、辛 い目には遭 わんでええんや。
そう祈 りながら迎 え撃 つ海神 は、いともあっけなく俺 の甘 い夢 を砕 いていった。
アキちゃんは波 に呑 まれ、俺 らは弾 き飛 ばされた。
一緒 に水底 に沈 む定 めのはずが、水煙 も犬も、怜司 兄さんも俺 も、誰一人 として津波 には呑 まれへんかったんや。
吹 っ飛 ばされた、アキちゃんの術 法に。
津波 が俺 らに触 れようかという時に、何か大きな手でつまみ上げられ、放 り出 されるみたいに、空中 に吹 っ飛 んでいたんや。
どないしてそんな事が出来たんやろう。
どうせ火事場 の馬鹿力 やろう。
土壇場 になるといつも俺 のツレは、非常識 な新しい力に目覚 めてまうんや。
一人で波 に呑 まれる時、アキちゃんは海には背 を向けていた。
そして俺 の方を、じいっと見ていた。
水煙 でも犬でも、怜司 兄さんでもない、ただ俺 だけを、アキちゃんは真顔 でじっと見ていた。
それは一瞬 のことやったんかもしれへん。
海神 がアキちゃんを攫 っていく、その一瞬 は、俺 には恐 ろしく長く引 き伸 ばされた時間やった。
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