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28-21 トオル

 竜宮(りゅうぐう)って、こういうところやったんかな、って、俺は思った。  (たい)平目(ひらめ)()(おど)り。  食べるほうの、普通(ふつう)の魚とは(ちが)うけど、でかい魚や、海老(えび)や、(かめ)みたいなやつが、光る目を(ひらめ)かせながら、東海(トムへ)の王の周りに()(つど)い、そこはさながら動く宮廷(きゅうてい)やった。  東海(トムへ)の王は年老いた(りゅう)で、老いたとは言え、(おとろ)えたわけやない。  年々歳々(ねんねんさいさい)ためこんだ霊力(れいりょく)(みなぎ)らせ、巨大(きょだい)な青い(うろこ)のある蛇体(じゃたい)は、それそのものが(しろ)のような、見上げるような(りゅう)やった。王と()ぶにふさわしいデカさや。  それは東洋(とうよう)(りゅう)やった。  長い(へび)のような身体(からだ)に、枝角(えだづの)のある頭部(とうぶ)、長く(ただよ)龍髭(りゅうぜん)を、何本も(あご)に生やして、(つめ)のある(ふし)くれだった前足に、(ぎょく)(にぎ)っている。  ()せられたままの王の目には、何かで乱暴(らんぼう)に引っかかれ、(えぐ)られたような(きず)があり、両眼(りょうがん)ともが(めしい)ていた。  盲目(もうもく)(りゅう)や。  その(わき)には、無数(むすう)の人魚がとりついていて、さながら(くじら)に集まる小判鮫(こばんざめ)みたいやった。 「王よ」  俺らを連れて(もど)った人魚たちは、盲目(もうもく)(りゅう)平伏(ひれふ)してから、キイキイ(ひび)早口(はやくち)の言葉で、(りゅう)の耳元に報告(ほうこく)らしきことを話しに行った。  (りゅう)のどこの耳があるのか、俺にはよう分からんのやけど、小山(こやま)のような頭部(とうぶ)の、枝角(えだづの)の生えるあたりに、人魚たちは話しかけていた。  その話を聞いて、(りゅう)は小さく身じろぎし、俺らを(さが)すような仕草(しぐさ)をした。  そうやけど、見えるわけやあらへん。  (りゅう)はそれに、(おこ)っているようやった。  ビリっと(ふる)えるような(いか)りが、海水に(にじ)()て、こっちまで(つら)かった。  (りゅう)と話した人魚が、大きく手招(てまね)きして、俺らを()んだ。  駐車場(ちゅうしゃじょう)入庫(にゅうこ)待ちの車を交通整理(こうつうせいり)してるオッサンみたいな仕草(しぐさ)や。  あいつらは、見た目こそグロな海底生物やけど、仕草(しぐさ)を見てると、どうも人間臭(にんげんくさ)い。  人魚って、もしかして地上の男が好きなんかな。  そうなんやろうなあ。そういう昔話もあるくらいやし、時折(ときおり)、人を水底(みなぞこ)(さら)妖怪(ようかい)や。人語(じんご)も話す。  この、化けモンだらけの海底では、俺らと話の通じる(かぎ)られた相手やわ。  人魚か。せめてこいつら、男やったらなあ。  水煙(すいえん)に引きずられて、東海(トムへ)の王の前に引き出されながら、俺は思った。  せめて、男やったら、俺にも人魚を籠絡(ろうらく)できたかもしれへんのに。  そう()やまれたけど、その心配はご無用(むよう)やった。  俺の代わりに、俺のツレが、ガンガン人魚にモテていた。  近くまで行くと、東海(トムへ)の王が(にぎ)りしめている(ぎょく)の中に、人がいるのが見えた。  アキちゃんやった。  透明(とうめい)なガラス玉の中に()()められているみたいに、(きゅう)の中にアキちゃんが(すわ)っていた。  まるで、スノードームの中にいるお人形さんみたいに。  それをうっとり、何人もの人魚が見上げていた。  いつかは、須磨(すま)水族館(すいぞくかん)で、ガラスの水槽(すいそう)にいる人魚や魚を、俺らが見物(けんぶつ)する側から見てたのに、今はアキちゃんが(とら)われの見せモンみたいや。  東海(トムヘ)の王が()らえた新しい獲物(えもの)を、人魚たちは(うらや)ましそうに、球の外壁(がいへき)()めそうな(いきお)いで()()いて見てる。  (えさ)(むら)がる熱帯魚(ねったいぎょ)みたいや。  (たし)かに、そいつらは、(えさ)(むら)がってんのやろう。  アキちゃんのいる(きゅう)からは、霊力(れいりょく)の流れがダラダラ()れてた。  水中やから、見た目には分かりにくいけど、それは液体(えきたい)のようやった。  いつぞや、アキちゃんの蛇口(じゃぐち)(こわ)れてもうて、霊力(れいりょく)ダダ()れなった時に、鳥さんが()めてたアレや。  アキちゃんはもう、それを止められへん(わけ)やなかったはずやのに、霊力(れいりょく)全開なってて、(りゅう)(にぎ)(ぎょく)の中で、自分から(はっ)する天地(あめつち)霊水(れいすい)の中に()かっていた。 「王よ、その子を返してもらいに来たんや」  水煙(すいえん)は、軽く平伏(へいふく)はしたものの、ほとんどタメ口で(りゅう)(しゃべ)ってた。  それに俺と怜司(れいじ)兄さんは、ぎょっとした。  そんな口利(くちき)いていい相手とは思われへんかったもんやから、礼儀(れいぎ)にうるさい水煙(すいえん)がそこまで言うとは、びっくりやったんや。 「その子が何を申し上げたのかは知らん。だが、生贄(いけにえ)(けん)手違(てちが)いや。(あらた)めて交渉(こうしょう)(おう)じてもらいたい」  龍王(りゅうおう)(ひざ)()き合わせて、水煙(すいえん)は海底に(こし)()えた。  そうやって(すわ)ってると、水煙(すいえん)はずいぶん小さいけど、東海(トムへ)の王と対等(たいとう)に口が()ける立場のようやった。  東海(トムヘ)の王も、お前はどの(つら)さげて俺にそんな生意気(なまいき)な口をきいとんのやという態度(たいど)には出えへんかった。  見えてない目でも、水煙(すいえん)を見ようとするように、巨大(きょだい)鼻先(はなさき)()せてきた。 「お前は何者(なにもの)かとお(たず)ねよ」  龍王(りゅうおう)の耳に取り付いていた人魚が、代わりに(たず)ねた。  こいつが通訳(つうやく)ちゅうことか、それとも水煙(すいえん)(じか)口利(くちき)く気はないということなんか。 「俺は水煙(すいえん)や。月読(つくよみ)の子や」

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