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28-22 トオル

 えっ…………そうなん⁉︎ …………そう、なの?  と思ったけど、今ここで()()むとこやない。  水煙(すいえん)て、月から落ちてきた神さんなんや。そうやった、そうやった。天人(てんじん)なんやんな。そこまでは何となく知ってたで、俺も。  そうやけど、お前、月の神の係累(けいるい)やったん?  それさ、普通(ふつう)に神話とかに出てきて、神格化(しんかくか)されて神殿(しんでん)とか神社とかある(けい)のセレブやん⁉︎  いや、俺もあるよ、神殿(しんでん)。負けてへんよ。昔はあったのよ。  お(えら)いエア様やしな、水底(みなぞこ)の王なのよ。東海(トムヘ)の王にだって引けはとらへんかったよ。何千年レベルの昔やけどな!  そうやけどさ、水煙(すいえん)はずっと秋津(あきつ)家におった神やん。  ずっと秋津(あきつ)(みな)さんを守ってはきたけど、別に祭り上げられてはおらんかったんやん。アキちゃんに(いた)ってはそこらへんに転がしといたやないか。  そんなんしたらアカンかったよなあああ。(えら)い人やったんや兄さん。家出中(いえでちゅう)やけどな。  そやけど、そのご身分は、東海(トムへ)の王を(おそ)()らせるには十分やったようや。一目(いちもく)()いた。そういう気配(けはい)が、海底に()()ちていた(りゅう)(いか)りを、わずかに(やわ)らがせた。 「身分を()りかざす気はない。ただ、話を聞いてもらいたいだけや」  めっちゃ()りかざしたくせに、水煙(すいえん)はいかにも謙虚(けんきょ)そうに言うた。  なんや、水戸黄門(みとこうもん)ばりに東海(トムへ)の王が、ははあ、水煙(すいえん)様、って土下座(どげざ)して、アキちゃん返してくれるんかと思った。  俺はアキちゃんが心配で、(りゅう)(にぎ)りしめてる(ぎょく)ん中の、項垂(うなだ)れて(すわ)っている様子をずっと見ていた。  アキちゃんは、どうも、息をしてない。あれはもう、死んでんのやないかと、俺には見えた。  俺の心臓(しんぞう)が急に、どきどきしてきた。  水死(すいし)して、死んでたはずの心臓(しんぞう)が、アキちゃんを見て、急にまた鼓動(こどう)を打ち始めたんや。  アキちゃんを、助けなあかん。東海(トムヘ)の王から取り返して、生き返らせて、出町(でまち)の家へ連れて帰るんや。  そして俺らのハッピーヘンドへ。  竜太郎(りゅうたろう)予知(よち)したような、何の変哲(へんてつ)もない未来へ、連れていってやらなあかん。  だってアキちゃんはまだ、たったの二十一(さい)や。まだまだ生きなあかんような年や。  それが何で、(りゅう)の手の中で、永遠に(とら)われてなあかん(さだ)めやねん。 「王よ、あの者は、この水地(みずち)(とおる)のものや。契約(けいやく)によって結ばれている。今も、その契約(けいやく)有効(ゆうこう)や」  俺の手をぐいっと引っ張って、水煙(すいえん)は俺が左手の薬指(くすりゆび)にしてるプラチナの結婚(けっこん)指輪を龍王(りゅうおう)に見せた。  見せた言うても、相手は見えてへん。指輪を確認(かくにん)したらしい人魚が、龍王(りゅうおう)に耳打ちしていた。  アキちゃんも、指輪を外す(ひま)はなかったはずや。波に()まれるその瞬間(しゅんかん)まで、(つな)いでたアキちゃんの手には、ちゃんと契約(けいやく)の指輪があった。  そういうの、有効(ゆうこう)なんや。結婚(けっこん)しといて良かった!  その場のノリで、正直ちょっと()ずかしかったんやけど、誓います(アイドゥ)言うといて良かったわ!  これでアキちゃん連れて帰れるんやね。よかったー、ほな帰りますんで、さいなら……って、そんな簡単(かんたん)にはいかへんわ。 「その契約(けいやく)無効(むこう)よ。この者の死によって、分かたれた。そっちだって死んでるじゃない」  人魚の姉ちゃんが(あご)で俺を指し示して、顔を(しか)めてそう言うた。  いや、死んでへんよ。もう治った。もう心臓(しんぞう)動いてる。アキちゃん見たら元気出てきたわ。そやから、連れて帰っていい? 「何と言うて(ちか)ったんや、お前は……」  水煙(すいえん)が俺を振り向(ふりむ)いて、人魚とよう似た(しか)めっ(つら)で聞いてきた。 「そら……()める時も、(すこ)やかなる時も、死が二人を分かつまで……」  ()れない海中で、俺がガボガボ言いながら答えてやったのに、水煙(すいえん)はチッて顔をした。 「アホ」  一刀両断(いっとうりょうだん)やったな。  すんません、(たし)かにそうや。神楽(かぐら)(よう)司祭(しさい)をやらせたんが間違(まちが)いやった。  あいつの宗派(しゅうは)では、婚姻(こんいん)は死によって契約(けいやく)終了(しゅうりょう)してまうんや。  俺もアキちゃんもアンデッドやのに、そんな短期(たんき)契約(けいやく)で、ふたりの愛を(あか)すべきやなかった。永遠(えいえん)ですって言うといたらよかったんや。 「契約(けいやく)なんぞ()うても、こいつらの愛は永遠(えいえん)や。いかなる神も()も、こいつらを引き(はな)すことはできへんのや。俺も散々(さんざん)()したが、()()うた鉄よりも(かた)くくっついとるわ」  俺とアキちゃんを交互(こうご)に指差して、水煙(すいえん)兄さんがそう言うてくれた。  ありがとう兄さん、やっと祝福(しゅくふく)してくれるんやね。  結婚式(けっこんしき)()んだらよかったわ。ありがとう。  そこまで水煙(すいえん)が言うたのに、事情(じじょう)をわかってへん(やつ)というのは(おそ)ろしいもんや。これがどんな奇跡(きせき)かも分かってない東海(トムへ)の王は、首を横に()った。 「その者は新たな契約(けいやく)を王と()わしたの。神戸の(たみ)(すく)う代わりに、王の(とら)われ(びと)となったのよ」  そう通訳(つうやく)する人魚は、なんや、気の毒そうに俺を見ていた。  なんで。俺のこと、可哀想(かわいそう)やと思うてくれんのか?

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