775 / 928
28-23 トオル
よう見たら、その人魚の顔には、どこか見覚 えがあったんや。
こいつ、水族館 のバックヤードにおった奴 や。
俺と水煙 がぎゃあぎゃあ言うて、竜太郎 の魂 出したり入れたりしとった時に、見てたやつらのうちの一匹 やわ。
そうか。お前は俺や水煙 が、どんだけアキちゃんを愛しちゃってたか、知ってんのやな。
それを気の毒に思う程度 の心は、冷血 のお前らにもあるということや。
愛が、あんのや。お前らの心にも。
そら、そうか。そうでなきゃ、助けた王子とデキてもうたりせえへんもんなあ、人魚かて。
心のなかに愛があるから、人を愛することができるんやもん。
「そもそもなんで神戸 を襲 うんや」
誰 に言うたのか、急に怜司 兄さんが喋 った。
えっ、いいの、怜司 兄さん、月読 の親類 ちゃうけど、龍王 にタメ口利 いてええの?
もちろんアカンかった。
この無礼者 ォ、言うて、龍王 ギャオーンて怒ってた。
水煙 も、顔面蒼白 なってた。
青いのは元々 やけど、チッ黙 っとけっていう怖 い顔してた。
ごめん、て、怜司 兄さん拝 んでた。誰 をやねん。水煙 か、でかい龍 か、それは分からんのやけど、とりあえず拝 み倒 したら、それで怒 りは静まったようやった。
大事やな、拝 むの!
皆 もとりあえず手は合わせといてくれ。
特に尊 いらしいものに出会った時はな。
水煙 はええけど、怜司 兄さんはタメ口利 いたらあかんらしい。
これはな、神格 の問題なんや。
いつも水煙 はお高くとまっとって、怜司 兄さんのことを、汚 らわしい汚 らわしい言いよるやんか。
それはな、神格 が低いということや。
怜司 兄さんは言うても妖怪 や。物 の怪 やねん。
なんでそんな怪異 にまで格差 があるんやって思うけど、神やら魔 やらの世界はな、案外、格差 社会やねん。ヒエラルキーが大事なんや。
特に、人間どもに崇 め奉 られ、高い神格 を得 た神ならば、相手の格付 けも気にするんや。
身分 いうたら、そら水煙 兄さんがピカイチや。俺らの中では、ダントツのトップや。
俺や怜司 兄さんは直 に口利 くこともでけへん龍 と、直 に話せるんやから。
それが水煙 が秋津 家でずっとトップでセンター張 ってた理由やないか。尊 い神なんや。
「なぜ神戸 を襲 うんや。止 むに止 まれぬ事でも、他 の犠牲 で諦 めてはもらえんやろか」
それ怜司 兄さんが言うてた話そのまんまやん、ていうことを、水煙 が引 き継 いだ。
身分 あってええなあ。俺も話したいわ。
直接 、話つけて、アキちゃんを助けたい。
助けられたらええのになあ!
俺も話したらあかんのやんな? 多分 あかんやろうな……と思って、俺は黙 っていた。
また龍 を怒らせたら、水煙 に顔面 パンチされそうや。
「玉 を探 しているのよ。東海 の王の玉 が盗 まれ、それがなければ、天にお昇 りになれない」
通訳 したわけではないような顔で、人魚が教えた。
「玉 ならお探 しする」
時間をくれ、という声で、水煙 が食いついた。
それは交渉 の糸口 やったからや。
そやけど人魚は首を横に振 った。
「それはもう探 したわ。探 したところで、もう存在 しないものなのよ。元々 、ただの翡翠 の珠 だったのだから……」
早口 に、人魚は言いづらそうに話していたが、しばし迷 って、意を決したように、女は龍王 の耳元 を離 れ、水煙 と俺らの前に、泳いできた。
女はきらめく真珠 を身にまとい、エメラルドのような白目 のない目をしていた。美しいのかどうか、陸 の基準 では測 れへん。
そやけど、俺はその顔を、美しいと思った。
まだ化けモン顔やった時の水煙 が、時々、怖 いくらいに綺麗 に見えたのと、それは似 ていた。
「龍王 の玉 は人間たちに盗 まれたの。あの目も、そこに填 められていた宝玉 を盗 むために、人間が傷 つけた。東海 の王は今も、その傷 の痛 みを忘 れられずにお嘆 きよ。目はもう治しようがない。それでも、玉 は多くの人間の魂 を、固めて握 りしめていけば、今のお姿 に見合ったものが、新たに手に入るでしょう……」
鼻がくっつきそうな距離 で、人魚は早口に水煙 と話した。
その話はところどころ海のやつらの言葉で、俺には聞こえんような早口になっていたが、主旨 はそういうことや。
龍王 は、天に昇 るほどに成長したけど、過去 に負ったトラウマを克服 してへん。それには玉 がいる。
そやから、神戸 の人間の命を奪 って、それを玉 の材料にしようということやったんや。
たまたま、天に昇 るための位相 の出口が、ここやったからやった。
何の理由もない、何の罪 もない、何をしたわけでもないのに、たまたまそこに居 たから殺されるんや。
そんな理不尽 な。
せやけど、自然神 のやることは、大抵 そうや。理由はないんや。
ともだちにシェアしよう!