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28-23 トオル

 よう見たら、その人魚の顔には、どこか見覚(みおぼ)えがあったんや。  こいつ、水族館(すいぞくかん)のバックヤードにおった(やつ)や。  俺と水煙(すいえん)がぎゃあぎゃあ言うて、竜太郎(りゅうたろう)(たましい)出したり入れたりしとった時に、見てたやつらのうちの一(ぴき)やわ。  そうか。お前は俺や水煙(すいえん)が、どんだけアキちゃんを愛しちゃってたか、知ってんのやな。  それを気の毒に思う程度(ていど)の心は、冷血(れいけつ)のお前らにもあるということや。  愛が、あんのや。お前らの心にも。  そら、そうか。そうでなきゃ、助けた王子とデキてもうたりせえへんもんなあ、人魚かて。  心のなかに愛があるから、人を愛することができるんやもん。 「そもそもなんで神戸(こうべ)(おそ)うんや」  (だれ)に言うたのか、急に怜司(れいじ)兄さんが(しゃべ)った。  えっ、いいの、怜司(れいじ)兄さん、月読(つくよみ)親類(しんるい)ちゃうけど、龍王(りゅうおう)にタメ口()いてええの?  もちろんアカンかった。  この無礼者(ぶれいもの)ォ、言うて、龍王(りゅうおう)ギャオーンて怒ってた。  水煙(すいえん)も、顔面蒼白(がんめんそうはく)なってた。  青いのは元々(もともと)やけど、チッ(だま)っとけっていう(こわ)い顔してた。  ごめん、て、怜司(れいじ)兄さん(おが)んでた。(だれ)をやねん。水煙(すいえん)か、でかい(りゅう)か、それは分からんのやけど、とりあえず(おが)(たお)したら、それで(いか)りは静まったようやった。  大事やな、(おが)むの!  (みな)もとりあえず手は合わせといてくれ。  特に(とうと)いらしいものに出会った時はな。  水煙(すいえん)はええけど、怜司(れいじ)兄さんはタメ口()いたらあかんらしい。  これはな、神格(しんかく)の問題なんや。  いつも水煙(すいえん)はお高くとまっとって、怜司(れいじ)兄さんのことを、(けが)らわしい(けが)らわしい言いよるやんか。  それはな、神格(しんかく)が低いということや。  怜司(れいじ)兄さんは言うても妖怪(ようかい)や。(もの)()やねん。  なんでそんな怪異(かいい)にまで格差(かくさ)があるんやって思うけど、神やら()やらの世界はな、案外、格差(かくさ)社会やねん。ヒエラルキーが大事なんや。  特に、人間どもに(あが)(たてまつ)られ、高い神格(しんかく)()た神ならば、相手の格付(かくづ)けも気にするんや。  身分(みぶん)いうたら、そら水煙(すいえん)兄さんがピカイチや。俺らの中では、ダントツのトップや。  俺や怜司(れいじ)兄さんは(じか)口利(くちき)くこともでけへん(りゅう)と、(じか)に話せるんやから。  それが水煙(すいえん)秋津(あきつ)家でずっとトップでセンター()ってた理由やないか。(とうと)い神なんや。 「なぜ神戸(こうべ)(おそ)うんや。()むに()まれぬ事でも、(ほか)犠牲(ぎせい)(あきら)めてはもらえんやろか」  それ怜司(れいじ)兄さんが言うてた話そのまんまやん、ていうことを、水煙(すいえん)()()いだ。  身分(みぶん)あってええなあ。俺も話したいわ。  直接(ちょくせつ)、話つけて、アキちゃんを助けたい。  助けられたらええのになあ!  俺も話したらあかんのやんな? 多分(たぶん)あかんやろうな……と思って、俺は(だま)っていた。  また(りゅう)を怒らせたら、水煙(すいえん)顔面(がんめん)パンチされそうや。 「(ぎょく)(さが)しているのよ。東海(トムヘ)の王の(ぎょく)(ぬす)まれ、それがなければ、天にお(のぼ)りになれない」  通訳(つうやく)したわけではないような顔で、人魚が教えた。 「(ぎょく)ならお(さが)しする」  時間をくれ、という声で、水煙(すいえん)が食いついた。  それは交渉(こうしょう)糸口(いとぐち)やったからや。  そやけど人魚は首を横に()った。 「それはもう(さが)したわ。()したところで、もう存在(そんざい)しないものなのよ。元々(もともと)、ただの翡翠(ヒスイ)(たま)だったのだから……」  早口(はやくち)に、人魚は言いづらそうに話していたが、しばし(まよ)って、意を決したように、女は龍王(りゅうおう)耳元(みみもと)(はな)れ、水煙(すいえん)と俺らの前に、泳いできた。  女はきらめく真珠(しんじゅ)を身にまとい、エメラルドのような白目(しろめ)のない目をしていた。美しいのかどうか、(おか)基準(きじゅん)では(はか)れへん。  そやけど、俺はその顔を、美しいと思った。  まだ化けモン顔やった時の水煙(すいえん)が、時々、(こわ)いくらいに綺麗(きれい)に見えたのと、それは()ていた。 「龍王(りゅうおう)(ぎょく)は人間たちに(ぬす)まれたの。あの目も、そこに()められていた宝玉(ほうぎょく)(ぬす)むために、人間が(きず)つけた。東海(トムへ)の王は今も、その(きず)(いた)みを(わす)れられずにお(なげ)きよ。目はもう治しようがない。それでも、(ぎょく)は多くの人間の(たましい)を、固めて(にぎ)りしめていけば、今のお姿(すがた)に見合ったものが、新たに手に入るでしょう……」  鼻がくっつきそうな距離(きょり)で、人魚は早口に水煙(すいえん)と話した。  その話はところどころ海のやつらの言葉で、俺には聞こえんような早口になっていたが、主旨(しゅし)はそういうことや。  龍王(りゅうおう)は、天に(のぼ)るほどに成長したけど、過去(かこ)に負ったトラウマを克服(こくふく)してへん。それには(ぎょく)がいる。  そやから、神戸(こうべ)の人間の命を(うば)って、それを(ぎょく)の材料にしようということやったんや。  たまたま、天に(のぼ)るための位相(いそう)の出口が、ここやったからやった。  何の理由もない、何の(つみ)もない、何をしたわけでもないのに、たまたまそこに()たから殺されるんや。  そんな理不尽(りふじん)な。  せやけど、自然神(しぜんしん)のやることは、大抵(たいてい)そうや。理由はないんや。

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