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28-24 トオル
だからって、はいそうですかと黙 って殺されるわけにはいかへん。
何とかしてくれへんか、俺が代わりに玉 の材料になる。どうかそれで、許 してください。何卒 お頼 み申 しますと、俺のツレは龍 と話したんやろうな。
そういう考え方を、この何日かで叩 き込 まれてもうてた。
いや、それがなくてもアキちゃんは、お家 の定 めとして、ずうっと前から、生贄 になって死ぬ運命を、血の中に刷 り込 まれてもうてたんかもしれへん。
龍 がそれを気に入って、お前でええよ、神戸 は助けてやろうと言ってくれれば、大成功。
己 (おのれ)は死ぬけど、巫覡 の王の面目躍如 。死んでも秋津 暁彦 の名が残るって、そんな教育されて、何百年も続いてもうてる家の子なんやしな。
実際 、お前のおとんも、そうやって死んだ。
自分の命と引 き換 えに、哀 れ帰国 の途 に就 く敗残兵 を、どうか見逃 してやってくれ、故郷 の土を再 び、生きて踏 ませてやってくれと、海神(わだつみ)を伏 し拝 んで祈 り、それでええよと許 された。
そうやって死んだ男の息子 や、アキちゃんは。
水煙 はそれを、ようやったと褒 めてやってたんか。どこか遠くの、ここではない海底 で。
それをもう一度、ここでもやるんか、水煙 。
水煙 の、暗く思 い詰 めたような目を見て、俺は焦 った。
こいつは、あともうひと押 しの気合いが出えへんやつや。
なんでや水煙 。神格 が高すぎる。
お前は今、神戸 の民 と、可愛 いアキちゃんの命を、心のなかで天秤 にかけている。
その重さは、俺やったら考えるまでもなくアキちゃん勝利で決定や。
アキちゃんを失ってまで救いたいような奴 はおらへん、それがたとえ自分自身でもや。
そやけど水煙 は悩 んでいた。アキちゃんを助けて、連れて帰ったら、神戸 は予定通り津波 で壊滅 や。
それを戻 った陸 で眺 めて、アキちゃんと二人で嘆 く、それはお前にとってはハッピーエンドではないんやな。
なんでや水煙 。ここで諦 めてもうたら、おとんの時の二 の舞 いなんやで!
「他 のもんで玉 を作ればええんやないのか」
怜司 兄さんに突然 言われて、水煙 はハッとしていた。
よかったな、声かけてもらえて。お前ぜったい、あかん考えに入りかけてたよな、今。
そういう面 しとったで。この時の怜司 兄さんの一言 が、お前の救世主 やった。
水煙 になら平気やと思ったんやろう。怜司 兄さんは、海底に座 している水煙 のそばに膝 をついて、強い声で囁 いていた。
「何か他 のアイデアないのん?」
怜司 兄さんの猛禽類 っぽい鋭 い目で見られて、水煙 はちょっと、考えたようやった。
「あかん。玉 を作るには、おびただしい数の人間の祈 りが必要なんや。それが無理なら、おびただしい数の人間の魂魄 が必要や」
特に、ここまでの巨大 な海神 ともなるとな、チンケなビー玉みたいな玉 ではあかん。
それ相応 の霊力 のみなぎる、魔法 の宝石 みたいなのでないと、あかんのや。
昔、駆 け出 しの頃 の東海 の王には、信仰 してくれる人間どもが、大切に誂 えて拝 んでくれた翡翠 の玉(ぎょく)があれば、十分やった。
それを握 りしめて、人間たちを愛し、共に成長していく下積 み時代は幸せやったんや。
しかし、時が来て、こいつを信仰 してた人間たちは、戦いに敗 れたんやろう。
龍 は、自分が守るべき人間たちを殺され、両目と玉 とを奪 われた。そうして人間を呪 う津波 の神になってもうたんや。
普通 やったらそのまま消えるところが、こいつは自然神やったから、海のパワーと結びついてもうてた。
もはや遠い過去 の、取るに足らん傷 でしかないトラウマを抱 えたまま、でっかくなってもうて、玉 がなきゃ天に昇 れん言うてる。
そんなん、ただのワガママやないんか。
神って、ワガママなもんなんやな。こいつに限 らず。なんでそうなんやろう。
そんな神さんと上手 く付き合 うていくために、人間どもは苦労してきた。
捧 げ物 をしたり、生贄 をやったり、祝詞 を唱 えて気分良くしてやったりして、あの手この手でなだめすかして、なんとかやってきたんや。
涙 ぐましい努力や。
それでも時にはこうして、理不尽 な神に、命も自由も奪 われてしまう。
俺にもそんな力があればな。俺のワガママを通して、アキちゃんを助けてやれる力が。
俺は何度、そう願ったか知れへん。
そやけどな、今までずっと、俺は人間どもの世に潜 んで生きながらえてきた。
もう、誰 にも拝 まれとうない。
拝 まれて偉大 な神に祭り上げられたら、俺にはもう自由がなくなってしまう。
殺したくもない者を殺し、戦いに明 け暮 れて過 ごさなあかんようになる。
古代の川辺 でも、南米のジャングルでも、そうやったように。
ここでもまた、偉大 な神やって祀 られたら、俺はもう、自由ではいられへんのや。
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