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28-25 トオル
力なんか、なくてええねん。ないほうがいい。俺はそう思ってたんかもしれへん。
この期 に及 んでもまだ、自分自身と、それと一緒 に生きていってくれるかもしれへんアキちゃんのことが、惜 しかった。
そう思うのは、確 かに、俺のワガママやったわな。
もし俺に、そういう力があったっていうんなら、俺はもっと早くその力に目覚めるべきやった。そして、自分の身と引 き換 えに、アキちゃんを助けてやるべきやったんや。
そういう決心を、俺がした訳 やない。
俺に引導 を渡 す奴 が、とうとう俺のところにやってきたんや。
それは誰 あろう、アキちゃんと同じ顔をした男やった。
アキちゃんのおとんや。秋津 暁彦 。
初めて出町 のマンションで会 うたとき、俺はおとんの目を見て、ドキドキした。
それはあいつが俺のことを、物欲 しげに見ていたせいや。
まるで俺が宝石 が、剣 か、そういう物みたいな、心も愛もない、右から左に動かしてもいいものみたいに、おとんは俺のことを見てた。
お前は役に立つ神かって、値踏 みされてる目やった。
俺にはそういう目には、いくらでも覚 えがあんのや。
役に立てば祈 り、そうでなければ捨 てる。人間どものいう神への愛なんて、どうせそんなもん。
アキちゃんが俺を見て、愛してるって言うてくれる時の目とは、全然違 う。
でも、そうやって、俺のことを愛してもうてたから、アキちゃんは間違 えたんや。
正しい答えは、アキちゃんのおとんが出したほうの、答えやったんやで。
アキちゃん。
許 してくれ。
俺はもう、お前と共 に生きていく未来を、諦 めることにした。
しょうがないんや。これは。お前のためや。
お前が幸せに生きていくためには、俺が犠牲 にならなあかんかったんや。
突然 、どおんと、海底に雷 のような破裂 する音と振動 と、激 しく沸 き返 る泡 の塊 が現 れて、龍王 も人魚も、俺らもびっくり仰天 してた。
それは予想もしてなかった新しい客の到来 やった。
唖然 と口をあけた物 の怪 どもの群 れに見つめられ、雷鳴 と泡 がゆっくり消えていくと、その中から現 れたのは、アキちゃんのおとんやった。
秋津 暁彦 、また登場や。
派手 やな、おとん。毎回、派手 やわ。
怜司 兄さんが硬直 するんが、近くにいたらよう分かった。
もともと息してへんのに、さらに瞬 きもでけへん。
なんでそんなに緊張 すんのか、分かるようで分からん。
分からんけど、分かる。
兄さんはもうこれ以上、秋津 暁彦 に傷 つけられとうないんや。
なんせもう、傷 が深 うて、骨 しか残ってへんのやもんな。
「遅 なってすまんかったな、水煙 」
ちょっとそこまで来たみたいに、おとんは水煙 にまず声をかけた。
水煙 は、まだ淡 く唇 を開いたままの顔で、何が何やら分からんというふうに、軽く仰 け反 っていた。
おとんはその顔を、じっと見て、くすりと笑うた。
「なんやねん、可愛 い顔して。お前は不実 なやつや」
そやった。顔が変わってんのや。
水煙 はそれを、思い出したらしかった。
何でそれがあかんのか、俺には分からんのやけど、水煙 はとっさに、おとんから顔をそむけて、片手 で隠 した。
ほんまやったら両手で覆 い隠 したいところやけど、気位 もあって、何とかそれは堪 えたというふうな仕草 やった。
いつもは青い肌 をした水煙 の顔が、仄白 く光って見えた。
どうもそれは、羞恥 の表情 や。
同じような肌 の色をした人魚の目が、じっと伏 し目 にそれを見ていた。
「何の用や。今は取込 み中や。見てわからんのか」
目も合わせずに罵 る水煙 の小声 に、おとんは頷 いていた。
朧 には何も言うてやってへん。
それどころやないからか。アキちゃん助けに来たんやもんな。
そうやけど、一言 ぐらいくれよ。
自分のほうは見ない秋津 暁彦 を、盗 み見 る目で、怜司 兄さんは見てた。
かつては甘 く見つめ合うこともあった目なんか、俺は知らんけど、でも、そうなんやろう。
俺はたとえ何十年経 っても、アキちゃんにそういう態度 はとられとうないわ。
俺を見つめてくれ。いつも。
あの時、津波 に呑 まれる時も、お前は俺を見ていてくれたやろ。
そうやって、生きている限 りずっと、俺を見てくれアキちゃん。
そう思うのは、俺がお前を愛してるせいや。
兄さんかてな、愛してる。秋津 暁彦 のことを、愛してたんやで。
それを過去形 で語るべきか、俺には分からへん。
そうやけど、俺の願望 を言わせてもらえば、それはそんな、過去 の古びた物語やない。
「暁彦 様」
口火 を切ったのは、驚 くなかれ、朧 のほうやった。
その声で呼 ばれ、アキちゃんのおとんは、くるりと朧 を見た。
なんや、文楽 のからくり人形みたいな動きやな。
おとんはじいっと、怜司 兄さんを見た。
その視線 に、朧 はちょっと引いてた。
俺からは、おとんの顔は見えへんかったもんやから、どんな表情 で、ふたりが見つめ合ったんか知らん。
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