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28-26 トオル

 怜司(れいじ)兄さんは、悲しいみたいな顔をした。  こっちまで、悲しなってくるような、(ちから)ない顔つきやった。 「(ほね)や……」  泣けたら泣いてる。そういう声で、怜司(れいじ)兄さんは言うた。  それに答えず、目をそらして、龍王(りゅうおう)と向き合うため顔を上げたおとんの横顔がな……骸骨(がいこつ)やったんや。  俺は声もなく(おどろ)いて、あんぐりとした。  死、死んでる……。  いや、そうか、そうやったな。ずっと知ってたわ。アキちゃんのおとん、死人やん。  最初からそう言うてた。死んでんのやもん。海底で、ずっと死んでたて。  そら、(ほね)にもなるわな。海水に()かって、その正体を表したんか、もはや人ではない、(いの)りに(こた)えて護国(ごこく)(おに)となった秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)は、死霊(しりょう)やった。  日本画に出てくる昔の神さんのような、白い斎服(さいふく)は着てるままやけど、そこから()ける胸板(むないた)は、がらんどうの肋骨(あばらぼね)や。  それを()かし見る怜司(れいじ)兄さんは、ぶるぶる(ふる)えてた。  なんで(こわ)いんや兄さん、あんたも(ほね)やん。  (ほね)(ほね)とで、ちょうどええやん。お似合(にあ)いのカップルやで。  そやけどな、兄さんはショックやったみたいや。  だって、何とか暁彦(あきひこ)様を死なせとうないって、()()ちまで(はか)った人やねんからな。秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)の死が、今ここで、(むね)()()さるってもんや。 「そんな話を今せんといてくれ」  (ほね)がおとんの声で(おぼろ)(いさ)めた。  海の中やし、分からへんけど、俺には怜司(れいじ)兄さんが、めちゃくちゃ泣いてるように見えた。 「堪忍(かんにん)してくれ」  そやけど泣ける、という顔で、怜司(れいじ)兄さんは自分も(りゅう)を見上げた。 「息子(むすこ)を助けたいんや、お前も力を()してくれ」  (あわ)(うなず)(おぼろ)に、(ほね)の男は目を向けたようやったけど、もうその眼窩(がんか)には、見つめ合うべき目がないんや。  それでも、(いと)しい男の(ほね)には、(ちが)いない。  二人(ふたり)から目を(そむ)けている水煙(すいえん)の顔には、(おどろ)様子(ようす)は全然なかった。  お前はずっと、知ってたんやな。  おとんのこの姿(すがた)を見て、海の底でずっと()ごした。ふたりで。いや、一人(ひとり)なのか。死んでもうて、徐々(じょじょ)(ほね)になっていく秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)を、お前は見たことがあるんやな。 「水地(みずち)(とおる)」  (ほね)の指で俺を指差(ゆびさ)して、おとんは言うた。 「お前は名のある神や。そうやろう。何で俺の息子(むすこ)を助けてくれへんかったんや」  その()める言葉は、俺に言うてるはずやのに、俺の(となり)崩折(くずお)れている水煙(すいえん)(むね)を、()していたようやった。  水煙(すいえん)も、名のある神で、心のなかではアキちゃんを救う責務(せきむ)を負っていたんやろうな。  俺らは二人(ふたり)して、アキちゃんのおとんに()められていた。 「暁彦(あきひこ)は、お前を生贄(いけにえ)にするのを(いと)うて、(おのれ)生贄(いけにえ)になったのやろう。お前も神なら、その愛に(こた)えるべきやった。なんでそんなアホ面(づら)(さら)して、平気で見ておれるんや」  俺を指弾(しだん)する(ほね)の声は、子を(うば)われた親の声やった。  おとんは、悲しいんや。アキちゃんが死んで、つらい。  俺が死んで、アキちゃんが助かるほうが、万倍よかった。本音ではそう、ずっとそう思ってたんや。  俺は何か答えるべきやったやろうけど、頭真っ白なってもうてて、声が出えへん。何と言うていいかも、わからへんかった。  おとんの言うとおりやと、ただ、思うた。  俺はアキちゃんを救うべきやった。  たとえ自分は海の藻屑(もくず)になったとしても。アキちゃんを生かしてやるべきやった。 「アキちゃん……(とおる)は、(こば)まれたんや。暁彦(あきひこ)が、お前の息子(むすこ)が、こいつを術法(じゅつほう)(はじ)()ばして、共には行かせへんかった。しょうがないことなんや」  なんでか水煙(すいえん)が俺の代わりに()(わけ)をしてくれた。  ありがとう……でも……それは本当に、()(わけ)になるんか。 「しょうがないやと? アホ()かせ。お前らのうち、(だれ)一人(ひとり)でも、死ぬなと言うてやればよかったんや。そうすれば、何か(ほか)の道が、開けたかもしれへんのに」  おとんの口調(くちょう)は静かやったけど、内に()めてる(いか)りの(するど)さに、俺の(むね)にはグサグサ来てた。  (ほね)に言われると、説得力(せっとくりょく)があった。  おとんは後悔(こうかい)してるんやろうか。自分が生贄(いけにえ)なって死んだことを?  アキちゃんには自分と同じ目に()って()しくはなかったんやろうか。  それなら、お前が自分で言うたれよ。死ぬな、暁彦(あきひこ)生贄(いけにえ)なんかアホのすること、やめとけやめとけて、お前が言うてやってたら、アキちゃんかて考えたやろう。  お前かて、言うてたやないか。信太(しんた)をぶっ殺した(なまず)祭壇(さいだん)で、ここで()げたら男が(すた)るって、アキちゃんに言うてたやん。  死ねて言うたんや、お前が言うたんやで!  俺はそういう不満の顔をしたやろか。(ほね)が、笑うてた。  その笑う骸骨(がいこつ)は俺に、地上で見た沢山(たくさん)(ほね)を思い出させた。  踊る骸骨(ダンス・マカブル)狂骨(きょうこつ)や。  元は人間やったけど、(うら)みを残して死ぬと、人は時々、怪物(かいぶつ)になんのやで。

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