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28-27 トオル
「今から、言おうか、白蛇 ちゃん。暁彦 はもう死んだ。逃 げもせんと、血筋 の定 めによう耐 えた。もう、ええやろう。いっぺん死んだら、もう、ええんやないか、水煙 。二度も三度も、こないなことはできひんわ」
骨 は水煙 を恨 んでるようやった。
べつに荒 ぶるようでない、むしろ微笑 みすらしてるような声で、おとんは言うて、砂遊 びでもするように、海底の砂 をゴソゴソ掘 った。
水煙 はその様子を、眉根 を寄 せて見守っていた。
身を固くする水煙 の体が、微 かに輝 いているような気がした。
これがもし地上やったら、水煙 は例のあの、鬼 を斬 るときの薄靄 に包 まれていたのやないかと思う。
「暁彦 ……何をする気や」
用心しながら、水煙 が見守る中で、おとんは砂 の中から何かを見つけた。
砂煙 をあげて掘 り出 されたそれを、おとんは俺に見せた。
水煙 やのうて、この俺に。
それは頭蓋骨 やった。人間の。
たぶん男の骨 や。
すっかり死んでもうて古びたその骨 には、俺は見覚 えがあった。
あったんやと思う。もう、顔も思い出されへん、その骨 の男のことが、総身 に思い出されて、俺は震 えた。
骨 は口を開いて、俺に何事か言うた。
遠い異国 の、遠い過去 の言葉で。
神よ、と……。
「やめてくれ!! なんでそんなもん掘 ってきたんや、おのれは!」
俺は急に絶叫 した。
自分に突 きつけられた骨 の目が、じっと見つめているのが死ぬほど辛 うて、胸 をかきむしった。
息がでけへん。だから辛 いんやない。
俺も元々息はしてへんかったのやろう。水底 の王なんやもんな。
おとんの目は、それを知ってる目やった。
お前は神やと、その目が教えていた。
激痛 の走る俺の胸 から、真昼のような激 しい光が放 たれ、真珠 のような七色の色彩 を帯びた鱗 が全身に広がった。
俺は何か、今までとは違 うモンに変転 しようとしてた。
神聖 で、人間どもには手を触 れることもでけへんような、偉大 な何かや。
神よ、と、おとんに掲 げられた骨 がまた、俺に呼 びかけた。
海底の砂 から生えてくるように、次々に骸骨 が這 い出 してくるのを、水煙 も怜司 兄 さんも、人魚たちも、東海 の王さえ、戸惑 う様子で見守っていた。
何が起きようとしてるのか、一体俺の身に、何が起きてんのか、東海 の王の握 る玉 の中で、死んでたはずのアキちゃんでさえ、死人の虚 ろな瞳 で、見つめていた。
嫌 や、見んといてくれ!
お前は俺の正体を知ったら、きっと跪 いて祈 る。そして遠くへ行ってしまうんや。目の前にいても、触 れることもできへんぐらい遠い、神と、人との別世界へと。
「これだけ集めるのは大変やったで、白蛇 ちゃん。世界中巡 ったわ」
骨 が折れたでと、おとんは冗談 を言うて笑った。
「お前は世界中に彼氏 がおったようやなあ。誰 かを探 してたんか? そいつは見つけられたんか? お前は何度か街を捨 てたな。南米には突然 消えた神を追って、都市を放棄 した民 もおったわ。その末裔 が、今もグアテマラにおるで。今も虐 げられながら、お前のために祈 りを捧 げている」
それを見てきたというように、おとんは言うた。俺を責 める口調やった。
そうやな。俺は探 してたんや。
昔、チグリスとユーフラテスの川辺 で、俺はただの蛇 やった。
それを神やと崇 めてくれた連中がおったんや。
その中には知恵 と力を持った、いかした男がおったんや。
そいつに崇 めてもろて、俺は幸せやったわ。
戦争が始まるまではな。
人間どもは俺に血と肉を捧 げ、どんどん力をつけさせた。敵 を打 ち破 り、敵 の血を吸 うて、雪だるま式に力は増 えた。
そしたらもう、小さく平和には生きてられへんねん。
戦いは、血で血を洗 う大戦争になり、俺には数知れない生贄 が必要になった。
なんでって、勝つためやん。そのための力をつけるため。
気づくと、恐 ろしい数の信徒 がおって、俺は偉大 な神やった。
生贄 も、そこらの奴 を食うぐらいでは、おさまらへん。
力のある奴 を食うべきや。そうすれば、もっと力がつくやろうと、人間どもは思った。
それで、俺が好きやった、この世で一番大事やったあいつを、生贄 に、捧 げたんや。
あいつは自分を犠牲 にして、国を救うことにした。
そんなことして、何になる?
死んで、英雄 としての名が残る?
そんなもん、クソやで。
そうしてどうなったか?
戦 なんか負けたわ。
あいつを失った俺に、生きる気力なんか、もうあらへんのやもん。ヘナヘナやったわ。
それから数千年、俺はあいつの魂 を探 してる。
そして見つけた。見つけたんやと思う。
アキちゃん。俺はお前と、今度こそ死ぬつもりやった。
欲 を言えば、一緒 に永遠 に生きたい。
それが無理でも、せめて、一緒 に死にたかったんや。
手に手を取って、永遠 に、離 れない。そういう夢 を見てた。
そうやけど、まあ、夢 は夢 や。
おとん、お前は俺をどないする気で、こんな骨 を山盛 り連れて帰ってきたんや?
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