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28-29 トオル

 呆然(ぼうぜん)()()くす水煙(すいえん)だけが無傷(むきず)で、でも多分、一番(きず)ついてたんは、水煙(すいえん)やったやろうな。  アキちゃんが(ぎょく)の中から(かべ)(たた)いてる、すごい音がしてた。水の中でもガンガン(ひび)いてくる。  そんなことしたら、(ぎょく)()れてまうやろう。  せっかく生贄(いけにえ)なってまで、海神に(ささ)げた(ぎょく)やったのに、()れてもうたらどないすんねん。  でも、アキちゃん。そこから出てきて、俺のおらん世で、生きていって。  やっぱりさ、一緒(いっしょ)に死ぬコースはあかんわ。いま目の前に、そういう人ら()るけどさ、(おぼろ)とおとん、可哀想(かわいそう)やわ。  怜司(れいじ)兄さんも、仲良(なかよ)く二人で一緒(いっしょ)に死ねて、幸せやって顔はしてへん。  ひたすら無念(むねん)や。  一緒(いっしょ)に生きて、一緒(いっしょ)にカレー食うんでなけりゃ、幸せになんかなられへんのやなあ。  俺、実はちょっとサバ読んでて、ほんま言うたらもう一万年ぐらい生きてんのやけど、そんな当たり前のことを、今、初めて……知ったわ。  アキちゃん。俺はお前とずっと、一緒に生きたかった。一緒に生きたい。  俺はそう、祈ってたかもしれへん。  誰に?  誰でもない、誰かにな。  そうやけど、その時にはな、俺のその祈りに(こた)える者がいたんや。  ものすごい霊波(れいは)爆散(ばくさん)させて、東海(トムヘ)の王が(にぎ)ってた(ぎょく)()れた。  ()()んだと言ってもいい。  東海(トムヘ)の王ももはや、アキちゃんを(つか)まえようとはしてへんかった。  龍王(りゅうおう)も、このアキちゃん爆誕(ばくたん)みたいなのを、見えてへん目で見ようとするような、ここで展開(てんかい)されてる秋津家(あきつけ)劇場(げきじょう)観客(かんきゃく)一人(ひとり)になっていた。  人魚たちや海の化け物どもも、どないなんねんコレって、固唾(かたず)を飲んで見守っている。  アキちゃん。そして、それから、どないなんのや? 「(とおる)! 何やっとんのやおとん! ああもう、やめてくれ!!」  絶叫(ぜっきょう)や。絶叫(ぜっきょう)マシーン()みや。  アキちゃん、お前それでも死んでんのか? 死んでへんの?  俺もう死にそうやで。水煙(すいえん)も。おとんも、怜司(れいじ)兄さんもマジ()きそう。どないしよう。  (くず)折れる俺を()きとめて、アキちゃんは東海(トムヘ)の王をビシッと指差した。 「ええ加減(かげん)にせえ」  アキちゃん、完全にキレてた。  目がもう、正気(しょうき)やない。激怒(げきど)してる。  死にかけてる俺の(きず)を、アキちゃんが治してるのが分かった。  何かすごく熱いもんが(のど)傷口(きずぐち)()()てられたと思ったら、それがアキちゃんの手で、()けた(てつ)みたいなんやけど、何でかそれが心地(ここち)いい。  たぶん、その熱の(みなもと)が、アキちゃんの俺への愛やったからやろう。  何やろう、これ。アキちゃん強い。めっちゃ、パワーアップしてる。  爆誕(ばくたん)してからこっち、ほぼ無敵(むてき)みたいになってもうてる。  俺はすごく安心してきて、ぐったりとアキちゃんに身を(あず)けた。  けっこうピンチやったんや。良かった、アキちゃんが俺を()いてくれて。  これで死んでも、俺はお前の(うで)の中やわっていう安堵(あんど)で、すごくホッとした。 「水煙(すいえん)大丈夫(だいじょうぶ)や。落ち着け」  今にも死ぬって顔してる無傷(むきず)水煙(すいえん)に、アキちゃんは(やさ)しく声をかけていた。  ほんまに死にそうな方をまず先に何とかすべきや。そうなんやけど、アキちゃんの中での優先(ゆうせん)順位(じゅんいが)が、まず俺、ほんで水煙(すいえん)、それから、うにゃうにゃうにゃ、その(ほか)の人々、てなってんのやし、しょうがない。  というか、実際(じっさい)、その順で死にかかってたのかもしれへん。  秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)(おのれ)()にかけた水煙(すいえん)の顔は、もう、死んだようやった。  そのまま(くず)れて、消えてまいそうな顔やったんやわ。  そやけど実際(じっさい)深手(ふかで)を負った人々に、急ぎ(すく)いの手を()()べよう。  アキちゃんは俺が無事に回復(かいふく)したのを(たし)かめてから、ちょっと待っとけというふうに自力で立たせて、海底に横たわる(ほね)とそう変わらん容体(ようだい)のおとんと(おぼろ)のほうに行った。  それでもおとんは、まだ人間の姿(すがた)はしてた。見栄(みえ)かな。()()(ほね)(さら)したくなかったんやろか。  それでも(うす)っすらと、冷たい(むくろ)やった正体(しょうたい)が、おとんの横顔に()けて見え、それに()かれてぐったりしてる怜司(れいじ)兄さんも、もう半分くらい(ほね)やった。  もう、何も見てない顔や。やばい。(きわ)めてやばい。 「アキちゃん……」 「何も言うな、おとん。心配いらへん」  ぐっさりいってもうた(おぼろ)(はら)を手で(さぐ)って、アキちゃんは(かがみ)に写ってるみたいなおとんの顔と向き合っていた。 「堪忍(かんにん)やで。ドジったわ。よもや水煙(すいえん)()られるとは、思いもよらんで。これも因果応報(いんがおうほう)やな」  苦笑(くしょう)するおとんが言うてんのは、おとんが水煙(すいえん)に、アキちゃんのお(じい)をぶっ殺させたことやったやろう。  秋津(あきつ)先先代(せんせんだい)は、病魔(びょうま)(おか)され、死を待つのみの(おのれ)(うれ)えて、自害(じがい)した。その介錯(かいしゃく)水煙(すいえん)にやらせたんや。  それも考えようによっては、(いと)しい水煙(すいえん)(やいば)にかかって死にたいという、男心(おとこごころ)やったかもしれへんな。  そうやったとしても、その時、水煙(すいえん)()るったのは、(だれ)あろう、実の子やった秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)や。  これもそんな親殺(おやごろ)しの(むく)いやと、おとんは思ったんやろうな。 「因果(いんが)なんかあらへん。(おぼろ)もおとんも死なへん。ちょっとした手違(てちが)いや。水煙(すいえん)がおとんを()るはずあらへん」  言い聞かせる強い言葉で、アキちゃんはおとんを(はげ)ましていた。  そうせんと死にそうやったからやろう。 「(おぼろ)を、助けてやってくれ」  おとんは案外、しっかりした声で、アキちゃんにそう(たの)んだ。  気力や。最期(さいご)の時、あと一歩、人を此岸(しがん)()しとどめる力は、気持ちや。

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