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28-30 トオル
おとんは朧 が生きるか死ぬか、心配やったんやろう。アキちゃんの腕 を掴 んで、それだけ頼 んだ。
俺も助けてくれとは、言わへんかった。
おとん、死ぬつもりやったんかな。
どういうつもり? おとん。どういうつもりやったんや⁉︎︎
「あの蛇 を斬 ったら、お前も本気出すやろうと思ったんや。死んでる場合やあらへんもんな……愛 しい神が、生きるか死ぬか、お苦しみとなれば……」
苦笑 して、おとんは俯 いていた。
その手が、朧 の手を握 ってるのを、俺は見つめた。
最初、骨 やった怜司 兄さんの手が、だんだん元の白く長い指になり、暗い寝床 で恋人 の手を探 すように甘 く蠢 いて、おとんの手を握 り返した。
そやけど、その時にはもう、おとんの手のほうが骨 になってた。
「あかんかっても、蛇 の神格 をあげた後なら、海神 は生贄 の交換 に応 じるやろうと思ってた。応 じさせてみせる。お前を死なす訳 にはいかへん。もう役目 は十分果 たしたんや。お前は、お登与 のとこに戻 れ。そして、秋津 の家を継 げ。絵を描 きたきゃ、描 けばええし、その力を上手 く操 れるよう、しっかり修行 すればええんや。茂 もおるし……水煙 も……おるんやから、大丈夫 や……アキちゃん」
おとん、もう死ぬ。
俺は青ざめて二人を見てた。
アキちゃんと見つめ合うおとんの顔は、もう骸骨 やった。
アキちゃんにかて、それが見えてへん訳 やないやろ。
「大丈夫 やない。おとんが居 らんと俺は何も分からへんわ。古文書 みたいな、おとんの手記 も読んだけどな、字が上手 すぎて全然読まれへんかった。水煙 の話も、いつもざっくりしててな、正直、全然分からん。大崎 先生はヘタレの茂 や。オカンは俺に甘 々やしな、新開 師範 は木刀 で殴 ってくるだけやし、秋尾 さんはニコニコしてるだけで、蔦子 さんはすぐ気絶 する。第一、この一ヶ月ちょいぐらい、そのメンバーで俺を育てても、ぼんくらやったやないか。おとんがおらんと、全然あかんわ」
真顔 でアキちゃんはワガママ言うてた。
おとん、もう骨 やで。死んでるで。
もともと骨 やったんやで。
その親の脛 を、お前はまだ齧 ろうというんか、ジュニア。
さすがや、もっと言うたれ!
アキちゃんの心霊 治療 の甲斐 あって、朧 が息を吹き返 した。
いや息はしてへん、水中なんやしな。
それでも小さな泡 みたいなもんを、一つ二つ、朧 は口から吐 いてから、寝起 きのため息みたいに、ふう、と淡 い煙 か霞 みたいなもんを吐き出 した。
それが複雑に絡み合 った文様 を描 いて、海の波にかき消される頃 、朧 はやっと、重たげに目を開けた。
ほっとしたふうに、それを抱 いてる骨 が、笑ったようやった。
「やるなあ、アキちゃん。俺なら無理やった」
おとんは息子を褒 めたが、それはほぼ断末魔 の声やった。
ひび割れた骨 が、最後に吐 いた、かすれ声でしかなかった。
骨 に抱 かれてた怜司 兄さんは、意識がはっきりしたのか、ビクッとしてた。
その骨 が何なのか、見当ついたからやろう。
「嫌 や……!」
急にそれだけ、朧 は甘 い声で言うた。
ちょっとこっちまでドキッとするような声やった。
お前、そんな声出せるんや。持っとるな、いろいろ秘密 兵器 を。
「あかん、暁彦 様。死なんといてくれ」
骨 にすがる蒼白 な顔で、朧 は懇願 した。
「そんなん言われても、もう死んでるんや。二十一の時に死んで……もうずっと死人 や、俺は」
いきなりの愁嘆場 に、おとんは苦笑 してた。
「お前に挨拶 もせんと死んで、すまんかったな」
にこにこと機嫌 よく言うて、おとんはもう、思い残す事がないみたいやった。
この人はこの人なりに、朧 に済 まんと思うてたんかな。
そうやけど、詫 びて気が済んでもうて、成仏 しすぎやったんか、おとんの骨格 が、それを境 にガラッと崩 れた。
怜司 兄さんの悲痛 な絶叫 が、耳を聾(ろう)すほどの大音量で、海中に響 き渡 った。
やっばい兄さん、誰 より声でかいんやから!
「大丈夫 や!!」
発狂 しかける朧 を押 しとどめて、アキちゃんが言うた。
いや、大丈夫 なんかい⁉︎︎
どう見ても終了 しとるけど、この状態からでもいけるんか⁉︎︎
俺ら顔面 蒼白 通り越 して、ほぼグレーやったでアキちゃん。
口から出まかせ言うとんのやないやろな?
そんな奇跡 を起こせる奴 が、なんでぼんくらなんや。
一体誰 の助けや教えが必要やっていうんや。
それでもアキちゃんにおとんが必要やっていうのは、ただの愛情で、ワガママや。
アキちゃんにはな、それだけのワガママを天地(あめつち)に押し通 す力が、備 わっちゃってんのや。
さっき爆誕 したしな。もう無敵 やねん。
アキちゃんが崩 れ落ちたおとんの頭蓋骨 に触 れると、からくり人形か、コマ撮 りフィルムの逆回し再生みたいに、カラコロと骸骨 がまた組み上げられて、それに内臓 や筋肉 や皮膚 や、アキちゃんにそっくりの男前の顔が、しゅるしゅるーっと湧 いてきて、あっという間 に回復した。
唖然 とした顔で、おとんは蘇 っていた。
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