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28-31 トオル
そらびっくりするわな。むしろ死ぬ前より元気そうやで。
若 いしなあ、おとん。ピッチピチの二十一歳 や。
「良かった……!」
あまりの展開 にわなわなしながら、怜司 兄さんはおとんを抱 きしめた。
それしか言われへんわな。
怜司 兄さんはもう、暁彦 様が生きてりゃオッケーっていう、ハッピーエンドの流れに一人で突入 しとってな、もはや誰 憚 ることなく、がばーって抱 きついていた。
ちょ。それはいいけど、この場はどないなるの?
むしろ何一つ解決はしていない、この状況 。
海の眷属 の皆様 、お待たせしました。
皆 、度肝 を抜 かれたんか、唖然 の顔つきのまま、光ったりヒレひらひらさせながら、静止 していた。
この、気まずい、沈黙 。
俺らは一体、どうすれば……?
無事やなあ、良かったゴロニャーンみたいになってる終了 済 みの怜司 兄さんは別として、俺も、別方向で終了 気味 の水煙 と、秋津 のおとんと、アキちゃん本人は、そろそろ東海 の王と再び向き合う時やった。
どないしよう。激怒 してたら。
そう思って、こわごわ振り向 いた巨大 な龍 は、俺らを見下ろし、しばらくあってから、急に笑った。
海を揺 るがすような大音量の爆笑 で、まるで炭酸水 の中にいるみたいに、海が泡立 った。
人魚の皆 さんも笑った。
鯛 も、平目 も、エビもカニも、クラゲもクラーケンも笑 うた。
海の人たち爆笑 やった。
なんでやろ。なんで俺ら、笑われてんのやろ。
ドッカン来てる。別にギャグやないのに、必死やのに俺ら。
コントちゃうんやで、これ。マジもんの人生 劇場 や。命かけてんのやで⁉︎
ヒイヒイ言うて笑いに笑い、満足したんか、東海 の王はやがて、口を開いた。
喋 れるんや⁉︎︎
人魚に通訳 させとったから、喋 れへんのやと思ってたのに、単に直に喋 ってやるもんかっていう事やったんや。意固地 やな。
それも神格 の問題なんやろうな。
そのはずやけど、アキちゃんはもう、龍 に直 にお声がけいただく程度 の凄 さやということやった。
さすがやな、俺のツレ。超絶 かっこいい。
「ここがどこか、儂 には分からんのや」
東海 の王はそう言うた。めっちゃ関西弁 やった。
どうも俺らのトークから学習しはったらしいわ。さすが神やな、スピードラーニングや。
「目が見えへんのでな。東海 に帰りたいと思い、さまよっていたのやが……」
「ここ、瀬戸内海 ですよ」
記念すべきアキちゃんの龍 との初会話 は、ここ瀬戸内海 ですよに決定やった。
「瀬戸内海 ?」
首をかしげる龍 に見える訳 でもないのに、アキちゃんは海底に足で、中国大陸と朝鮮半島 と日本列島の略図 を描 いて、ここやで瀬戸内海 、と、内海 のところをビシビシ差して教えた。
こいつ、何でもすぐ描 きよるねん。絵、上手 いしな、言うより描 くほうが楽 やねん。
そやけど、いちいち絵描 くなって、オカンに叱 られとるんやろ? 悪い子なんやから……。
アキちゃんが適当に描 いた東アジアが、モコモコって盛り上 がって、立体地図みたいになった。
そこに馬やら人やらが走り回って、段々畑 作ったりし始めた。
「うわ、やばい! これもう消しますけど、東海 ? 日本海やったらここです。この裏 の道ですね。いっぺん太平洋に出てもろて、しゅーっと東シナ海のほう回って裏 です」
迷 ってる観光客に道聞かれたみたいな口調で教えて、アキちゃんはサッサって略図 を消した。
てきとう地図の中国で、三国志が始まりそうになっていたが、強制終了やった。
ああ……大丈夫 なんか。劉備 が、曹操 が、孫権 が!
「そうか。無念 や。故郷 の海も見ず、ここで時が満ちるようや。心残りやった玉 も、儂 を傷 つけたお前たち人間への腹立 ちも、もはや忘 れて、旅立つ時が来たようや」
龍 がにょろーっと、身を起こした。
ビルが話してるようなもんやった。
あべのハルカスや。ハルカスがもの言うとる。
「アホらしゅうなった……」
しみじみと、海面 と、その先にある天を仰 いで、爺 さん龍 は言うた。
「お前らの、擦 った揉 んだを見てたら、腹 を立てている我 と我が身 が、アホらしゅうて、可笑 しなったわ」
そう言うて、龍 はアキちゃんを愛おしげに見た。見えてはないけど、見ようとしていた。
「戦いも、敗北も……人の営 み、時の流れの一時の事に過 ぎんかった。それを恨 んでも虚 しいばかりや」
和 んだ様子で、龍 は哀愁 に満ちた言葉で言うた。それは独 り言 やったかもしれへん。
アキちゃんは何も答えず、ただ、神の言葉を聞いてやっていた。
それでええみたいやった。龍 は微笑 み、アキちゃんを見つめた。
「さらばだ」
「ちょっと待ってください」
去る気配 やった龍 を、アキちゃんが引 き留 めた。
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