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28-32 トオル
いやいや、さらば言うてはるんやから去 っていただけアキちゃん!
なんで引 き留 めるんや。
これは願っても無い大チャンスなんやぞ。龍 が無条件 降伏 したんや。
お前の底抜 けのパワーか、それか俺らの必死の愛憎 劇 に脱力 して、行くわ言うてはんのや。
そのまま行ってもらおうな、アキちゃん。
「あなた絵ですよね」
またアキちゃんは龍 を指差して言うた。
やめなはれアキちゃん。人を指さすのは無礼 やで。オカンに習 うてへんのか?
「その傷 、壁 についた傷 や」
アキちゃんは深い確信 をもって言うてた。
アキちゃんには多分、見えてんのやろうな。東海 の王が昔、人々に崇 められていた時の正体が。
壁 のレリーフやったんやな。信太 と一緒 や。
東海 の王も壁 に描 かれて、宝玉 を嵌 め込 まれた、神の絵やった。
信太 と違 うて、玉 は本物を持ってたのやし、半立体 の絵やったやろう。
漆喰 か何かで立体的 な下塗 りをして、玉 や目玉 をはめ込 んだ後に、絵の具で彩色 してあったんやないかな。
その絵から、宝石 だけが盗 まれて、他は破壊 されたんや。
でもそこに祀 られていた神の魂 だけが、今もこうして生きている。
「描 きます。玉 はあらへんけど……。生きてる人間を捧 げるのは無理やけど、全身全霊 で描 きます。その両目 ……」
「玉 も描 いたらええんやない?」
のんびり和 んだ声で、唐突 に朧 が言うた。
えって思った。まさか喋 ると思わんかったし、俺ですら黙 ってたのにさ。
兄 さん、どさくさのまま、暁彦 様のお膝 に抱 っこされてた。
おとん背 高いし、デカい怜司 兄さんが座 ってても平気や。
モデル並 みの長身と抱 きおうても、全然違和感 のない、モデル並 みの長身やからな、おとんも。
すごく、いまだかつてないぐらい角 の取れた表情 を、朧 はしていた。
それを俺は美しいと思った。
アキちゃんちゃうけどな、これは美しい神や。暗い海底にいても、光 り輝 くような、美しい姿 や。
それは、暁彦 様と抱 き合 うてるからや。
理屈 やない。もう、細 かいとこ超越 してもうてる愛の世界で、怜司 兄さんは、深い安堵 の中にいるみたいやった。
鳥さんによう似 てるわ。信太 と抱 き合 うてた時の、寛太 と。そっくりや。そっくり。
その顔を見たら、朧 がいま幸せで、暁彦 様を愛してんのやなということは、一目瞭然 やった。
そういう、満ち足りた人の脳 みそからしか出てけえへん超発想 が、この世の中にはあるんやな。
「丸 、描 いとけばええんやん? 玉 って丸 やん。茂 ちゃんみたいに、絵から物出せるんやったら、でっかーーーーい丸 描 いて、そこに先生の霊力 ぶっ込 んで、取り出せばええんやない?」
もうそれでええやん、万事 解決 や。はよ帰って、早よ犯 ろうぜみたいな笑顔 で、怜司 兄さんは指でくるくる丸 描 く仕草 をしながら、あっけらかんと言うてた。
えー。そんなん。あかんやろ。
丸 描 いて解決 するんやったら、俺ら今まで何しとったん?
俺、何回死んだ? もう数えてへんわ。
「いけるんやないか」
朧 をお膝 に抱 っこしてるものの、おとんは真剣 そのものの顔で言うてた。
「アキちゃんは、死んだもんでも蘇 らすような、桁外 れの力を持ったんや……やるだけやってみろ。失敗したかて、なんの損 もあれへんわ」
そやで。失敗したかて、でかい玉 っころが瀬戸内海 の海底に無駄 に残るってだけや。
誰 かが死ぬわけやない。
それで万が一にも成功したら、儲 けもんや。
神戸 が助かり、アキちゃんも助かり、俺も助かって、東海 の王かて助かるんや。
やってみろ、愛 しい俺のツレ!
「亨 、コンパスやれ」
どっどういうこと?
お前、なんでまた俺に命令口調やねん。
俺を誰 やと思うてんのや。エア様やで。
今も俺様 、十分に有難 いお姿 やで。
光 り輝 くような白い肌 に、顔かて当社 比 で百二十パーセント増量 ぐらいの神レベル美貌 やしな、目も黄金やで。
俺、光ってんでアキちゃん。
そやのにコンパスて……。
丸 を描 かなあかんやん。いきなり適当に描 いて楕円形 とかなったら、あかんやろ。
それでな、下書きしたかったんやって。
描 きましたよ、俺も手伝 うて。
俺がコンパスの中心の点やん。
ほんで、アキちゃんが人魚に頼 んで持ってきてもろた流木 かなんかの棒 に、長ーい海藻 を結んで、反対側を俺が持つんやん。
俺エア様やで? ワカメ持ってる!
南米 ではククルカンとかやったんやで。
毎日な、うっとりくるようなイケメンをな、何十人も生贄 にしたりな、ずらっと侍 らしとったんやでアキちゃん。
その歴代のイケメンもな、実はまだ見てるんや。
骨 やんか。おとんが海底から呼 び出 した、世界一周して俺の身辺 調査 して集めてきよった、俺の昔の男やないか。
いっぱいおるで。皆 、呆然 と見てるで。
もう若干 、骨 に戻 ってきてるで。
なんか皆 さん、優 しい笑 みやで。
これで良かったみたいに微笑 むのやめろ。
いい訳 あるかよ、俺、アキちゃんにコンパスの中心の点にされてんのやで。
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