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28-33 トオル

 でもアキちゃんと一緒(いっしょ)に絵を()いて。ただの丸やねんけど。下書きしたのをガイドラインにして、えいって気合一発で丸()いてるアキちゃん見てると、俺も笑けてきた。  なんかな。なんか……幸せやなって、思って。 「完璧(かんぺき)や。ほぼ正円(しょういん)や」  すごく満足したふうに、アキちゃん(ぼう)持って言うてた。  これから円陣(えんじん)ドッヂボールする小学生みたいやった。 「見事(みごと)やな」  親バカなんか、おとんも力強く()めてた。 「お月さんみたいやなあ」  どこまでもアホになれてる(おぼろ)様が、菩薩(ぼさつ)のような()みで言うてた。  (たし)かに、アキちゃんが全身全霊(ぜんしんぜんれい)()めて()いた一世一代(いっせいいちだい)のまん丸は、その中に(はか)り知れんぐらいの霊力(れいりょく)()めて、ちゃっぷんちゃっぷんしてた。  (あや)しく(ひか)(かがや)く、小さな月のようやった。 「これ、どないして出せばええんかな」  そこから先はやったことないって(こま)り顔で、アキちゃんはおとんや(おぼろ)や、水煙(すいえん)の顔を見回していた。  俺は見いへんのやな、エア様やのにな。  まあ聞かれても知らんけどな。 「(しげる)ちゃんは、えいって手()()んで出してたけどな」 「えいってか」  説明になってない、何か(つか)む動作をする(おぼろ)の話を真顔(まがお)で聞いて、アキちゃんはえいって(つか)練習(れんしゅう)をしてた。わかるんか、それで。  うん。分かるわけあらへん。  そやけどな、術法(じゅつほう)はフィーリングや。  やってみたらな、案外(あんがい)できるかもしれへんやろ。  それにアキちゃん、絵に()いたもんを実体化(じったいか)するのは別に初めてやないわ。  朝飯屋(あさめしや)でも紙に()いた蝶々(ちょうちょ)を飛ばしてたし、犬食うた疫神(えきしん)()いたんかて、ある意味、実体化(じったいか)やろ。  アキちゃんの()く絵はそういうもんなんや。  どっちか言うたら、出て()えへんようにする方が(むずか)しいぐらいなんとちゃうか? ここまで霊力(れいりょく)()めてしもたらなあ。  それで、アキちゃんは思い切って、えいって(うで)()()んで、海底に()いた円の中から、立体の(ぎょく)()()()したんや。  なんか出てきた。  でかい水晶玉(すいしょうだま)というか、翡翠(ひすい)というか、ところどころ()けてんのやけど、それが徐々(じょじょ)翡翠(ひすい)(ぎょく)のような色彩(しきさい)に変わっていく、小屋(こや)ぐらいあるデカさの球体(きゅうたい)が、ニュルーっと出てきてもうたわ!  あべのハルカスに(にぎ)らせるに相応(ふさわ)しい、どでかい(ぎょく)や。ありがたい!!  けど、正直言うたら、それは、なんと言うかやな。飴玉(あめだま)や。アキちゃんの、霊力(れいりょく)満点(まんてん)(あめ)。  犬に(えさ)やる言うて、作ってたやつあるやん。  (もも)(にお)いみたいなのするやつ。美味(うま)そうな(にお)い。  霊力(れいりょく)ムンムンしてる、外道(げどう)には辛抱(しんぼう)たまらん感じの、垂涎(すいぜん)(あめ)ちゃんやんか。 「これでどうですかね?」  ソフト敬語(けいご)で、アキちゃんは東海(トムヘ)の王に聞いてた。  (あめ)ちゃんあげるし、これ持って行ってって。 「()(かな)」  天晴(あっぱれ)やという口調で、お(じい)(りゅう)()めた。  たとえ目が見えへんかったとしても、高い霊威(れいい)のある者やったら、目の前に熱く渦巻(うずま)霊力(れいりょく)(かたまり)()ることぐらいは、分かるんやろう。  俺もこの(ぎょく)()しいわあ。  どこに置くねんやけど、めっちゃ()しいわあ。  外道(げどう)やったら()しいて思うに決まってる。  ()りに()(つど)った外道(げどう)(みな)さんも、これええなあ、()しいなあ、って空気になってた。  そやけど、あかんで。東海(トムヘ)の王にあげるんや。お(じい)のもんなんや、これは。  (りゅう)はデカい鉤爪(かぎづめ)のある手を()ばして、まだ熱く不安定そうな(ぎょく)(にぎ)りしめた。  ちょうどしっくりくるようなサイズやった。 「ああ、ええな。これでまさに龍王(りゅうおう)というお姿(すがた)や。さすがやなジュニア!」  おとんがまた()めた。アキちゃんはそれに、ちびっ子みたいに()れていた。 「目も()きます。登ってもいいですか?」  龍王(りゅうおう)の顔に? 登るて?  そんなんあかんやろ。非礼(ひれい)にもほどがあるやろ。  せやけど、ええでー、って、(じい)さん(りゅう)はアキちゃんを(ゆる)してやっていた。  どんだけやねんアキちゃん。(りゅう)にモテモテ。何でもありかよ。  一度はお前をぶっ殺した(りゅう)なんやぞ?  そこが大事なとこやん。神戸(こうべ)一呑(ひとの)み。皆殺(みなごろ)しやぞって、(はげ)しく(あら)ぶっていた(りゅう)を、縁側(えんがわ)のお(じい)ちゃんレベルまで(なご)ませた手腕(しゅわん)は、さすがは秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)様と感嘆(かんたん)されるにふさわしい辣腕(らつわん)や。  アキちゃんは、おとんを()えた。  海神(わだつみ)と(わた)()い、生きては(もど)れへんかったおとんに(くら)べて、アキちゃんはもう、死ぬことはない。  そう。アキちゃんはもう、生贄(いけにえ)になる必要がない。  俺も、神戸(こうべ)(みな)さんも、もう(だれ)も、これ以上、東海(トムへ)の王のために死ぬ必要はなくなったんや!  アキちゃんが丸()いただけで、何千人が助かったんや。  すげえわ。すごすぎるわ。  俺、なんか、足(ふる)えてきた。  生まれたばかりの子鹿(こじか)のように、(ふる)えるくらいアキちゃんに(しび)れて、どないして()いてんのか分からんけど、流木(りゅうぼく)東海(トムへ)の王に目玉(めだま)()いてやってるアキちゃんの背中(せなか)を、ブルブルしながら見てた。

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