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28-34 トオル
俺はもう、帰ってええの? 出町 の家に戻 れるんか?
アキちゃんと二人、おてて繋 いで戻 ってええの?
これでもう、ハッピーエンドか……?
そんな日が、ほんまに来るやなんて。
俺、どないしよ。なんかホッとしてもうて、幸せすぎて泣けて、アキちゃんの背中 が滲(にじ)んで見えへん。おかしいな、海の中やのに、泣けるんや。
熱い涙 をポロポロこぼすうち、俺は少しずつ、白く輝 くエア様ではなく、いつもの水地 亨 に戻 ってきていた。
当社比 百パーセントの美貌 でしかないけど。アキちゃん。俺はこれでええやろか。
お前の、何でもないただの、可愛 いツレの白蛇 ちゃんでも、愛してくれるか?
そう思って見上げたアキちゃんの筆 が、最後の一筆 を描 き上げ、ふうっと息を吹 きかけると、東海 の王が開眼 した。
青い龍 の目によう映 える、琥珀 のような強い眼力 のある目がふたつ、ぱっちりと開いて、海底を見つめた。
歓声 のような声を人魚たちが上げた。
ずうっと怒 り、苛立 ち、嘆 きながらのたうっていた主人のことは、人魚の姉ちゃん達にとっても、悲しみの種 やったんやろう。
アキちゃんは、人魚にめちゃめちゃモテた。うわーっとピラニア並 みに群 がってきた人魚に、アキちゃんは次から次へとキスされた。しかもマウス・ツー・マウスや。
ちょっと待てや、俺の男に何をするんや、この魚どもが!
それは俺のや。アキちゃんにキスするのは、絶対 無敵 で天下無双 ヒロインである、俺の役目 やないか!
人魚をかき分け、アキちゃんと俺は抱 き合おうともがいたが、全然手が届 かへん。
俺はマジで焦 っとったけど、アキちゃんは笑 うてた。
アキちゃんが笑 うてる。ずっと苦 しく悩 む顔やったアキちゃんが、笑 うてるわ。
俺はそれを見上げ、また泣いてた。
良かったな、アキちゃん。良かったな、って。
俺を見守っていた骨 たちは、いつのまにか消えていた。
俺のことを、詰 ることもなく、責 めることもなく、皆 、音もなく静かに身を引いて、消えていってもうた。
それにも俺は泣けた。俺はずうっと、一人でこの世をさまよってきたつもりでおったけど、ほんまは数え切れへんような人の愛に、支 えられて生きてたんやろうな。
アキちゃんは、その最後で、最新のひとりや。もう二度と更新 されることがない、永遠の運命の相手やねん。
「アキちゃん」
「亨 」
俺らはまた、お互 いを愛 しく見つめ合うことができた。熱い愛に満ちた瞳 で。
ラブシーンやな! ここからラブシーンや。
抱 きおうてキスして、亨 、愛してる。もうお前を一生ずっと永遠に絶対何があろうと決して離 さへん、てアキちゃんが言うんや。
さあどうぞ! 言うて! 抱 いて! アキちゃん!! 今すぐどうぞ!
そう思った矢先 やった。
ドッカーンて、恐 ろしいような水柱 が立った。
海底から、天を衝 く勢いで、あべのハルカスが激的 にリフトオフした。
東海 の王や。天に昇 ったんや。
昇竜 やなあ、吉兆 や。
蔦子 さんの予知 の通りやわ。
良かったなあ、やけど、俺らは水柱 に呑 まれ、一気に海上の空中まで吹っ飛 ばされた。
人魚も、鯛 も平目 も、エビもカニも、クラゲもクラーケンも吹 っ飛 ばされた。
知らんけど、吹っ飛んでて見てへんのやけど、おとんと朧 も、水煙 も、たぶん吹っ飛ばされたはずや。
たーまやーって、花火みたいに、もうすっかり夜になってもうた神戸の空には、大きな月が出ていて、ふっくらと笑 うてるような満月やったんや。
それを背景 にして、俺らは吹っ飛 んでいた。
アキちゃん。チューは⁉︎︎ チューはどうなんのや。
空中ではチューはでけへん。アキちゃん飛ばれへんのやし。ただ落ちるだけ。
俺はとっさに蝶 に変転 し、怜司 兄さんは龍 に変転 した。
それで、左手におとん、右足にジュニアをひっ掴 み、助けたものの、水煙 は落とした。わざとかな? 無理やっただけかな? わざとかな?
水煙 ! て、おとんとジュニアがハモって叫 んだ。
それに俺も朧 もムッとしたけど、大丈夫 。水煙 は無事 や。あいつは海の中のほうが平気なぐらいや。
すぐにぷかっと浮 いてきて、水煙 は長くたなびく蛇体 を波間 にうねらせ、天に昇 っていく東海 の王を見上げていた。
月を目指すように飛ぶ龍 の、巨大 やった体が小さくなり、手のひらに乗るぐらいに見えて、やがて夜空に消えていく有様 を、水煙 は月明かりを浴びながら、ずっと見ていた。
俺らは黙 って、それを宙 から見ていた。
なんや、良かったなあ、ああもうこれでハッピーエンドや。お疲れ様!
打ち上げで、カラオケ行こか、酒飲もうか、みたいな、そんなこと言うてやれる雰囲気 ではなかった。
波間 に漂 う水煙 は、美しかった。
さながら、たった今、月から舞 い降りたばかりのような、神々 しい姿 に見えた。
そうやけど、あいつはもう月には昇 れへん。
地上で起こったなんやかんやで、穢 れてもうたし。それに帰る気もなかった。
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