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三都幻妖夜話(3)神戸編 28-36 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
28-36 トオル
作者:
椎堂かおる
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28-36 トオル
頷
(
うなず
)
く
水煙
(
すいえん
)
の
淡
(
あわ
)
い
笑顔
(
えがお
)
に
促
(
うなが
)
され、アキちゃんは
怜司
(
れいじ
)
兄さんに
引
(
ひ
)
っ
掴
(
つか
)
まれたまま、
埠頭
(
ふとう
)
に
建
(
た
)
っていたポートタワーを
描
(
か
)
いた。
津波
(
つなみ
)
に
襲
(
おそ
)
われて、ぐんにゃり曲がってもうてた赤い
鉄塔
(
てっとう
)
が、アキちゃんが空中に
描
(
か
)
いた青白い線に合わせて、時間を
巻
(
ま
)
き
戻
(
もど
)
すように、しゃきっと元の
姿
(
すがた
)
に
戻
(
もど
)
った。 アキちゃんは、声もなく
驚
(
おどろ
)
き、
水煙
(
すいえん
)
の顔を見た。 その
表情
(
ひょうじょう
)
が、すごいオモチャを見せられた
子供
(
こども
)
みたいで、おもろかったんか、
水煙
(
すいえん
)
はふふふと声を
漏
(
も
)
らして笑った。 笑うてると、
水煙
(
すいえん
)
はお人形さんみたいに
可愛
(
かわい
)
かったんや。 もう
怪物
(
かいぶつ
)
みたいな顔やない、女と見まごう
美貌
(
びぼう
)
やし、見つめ合うと
恥
(
は
)
ずかしいような、長いまつ毛の
清純
(
せいじゅん
)
派
(
は
)
やった。 アキちゃんは
照
(
て
)
れたふうに、
水煙
(
すいえん
)
から目を
逸
(
そ
)
らしてた。 「どこかにちゃんと
腰
(
こし
)
据
(
す
)
えて
描
(
えが
)
きたいわ」 アキちゃんは
恥
(
は
)
ずかしそうにブツブツ言うた。
大作
(
たいさく
)
やもんな。
線画
(
せんが
)
だけやというても、
神戸
(
こうべ
)
全図
(
ぜんず
)
や。めっちゃ大変。 いくら筆の早いアキちゃんでも、
明日
(
あした
)
の朝日が
昇
(
のぼ
)
ってくるまでかかりそうやわ。 「俺の上でよければ、こっちに
乗
(
の
)
り
移
(
うつ
)
り。あんまり時間はないんや。月の出ている間だけ使える
術法
(
じゅつほう
)
やからな」 うわあ。
水煙
(
すいえん
)
様の上に乗るんか。うわあ。乗るんやあ……。 正直
微妙
(
びみょう
)
、とか言うてる場合やないわな。これは仕事や。
三都
(
さんと
)
の
巫覡
(
ふげき
)
の王としての、アキちゃんの仕事の
総仕上
(
そうしあ
)
げやった。
鯰
(
なまず
)
寝
(
ね
)
かせた。
骨
(
ほね
)
やっつけた。
不死鳥
(
ふしちょう
)
飛ばした。
龍
(
りゅう
)
にはお
昇
(
のぼ
)
りいただいた。 あとは
壊
(
こわ
)
れた
神戸
(
こうべ
)
を
復旧
(
ふっきゅう
)
させて、元の通りでお返ししたら、一体
誰
(
だれ
)
がアキちゃんに
文句
(
もんく
)
のつけようがあるやろか。 これでもう、
紛
(
まぎ
)
れものう、アキちゃんが王様や。 そやけど
水煙
(
すいえん
)
は、そういうことを気にしてる
訳
(
わけ
)
やなかった。
壊
(
こわ
)
れた街で
困
(
こま
)
るんは、そこに住んでる人間たちや。
日頃
(
ひごろ
)
、
何不自由
(
なにふじゆう
)
ない文明生活を送ってたのに、急に家もない、水もない、電気も食うもんもない、車も電車も止まってもうてて、火の手がどんどん
迫
(
せま
)
ってくるて、そんな
暮
(
く
)
らしで苦しむことになる。 それはな、
辛
(
つら
)
いやろ。気の毒やから、見るに見かねるて。
水煙
(
すいえん
)
てな、そういう神様やったんって。 知ってたか、
皆
(
みんな
)
? 俺な、
驚
(
おどろ
)
いた。 お前……
鬼
(
おに
)
やったんとちゃうん?
鬼
(
おに
)
やったやん? 実は神様やの? 俺は思わず
尋
(
たず
)
ねたい気持ちやったけど、さすがに空気読んでな、
黙
(
だま
)
っといたわ。
水煙
(
すいえん
)
は、
凪
(
な
)
いだように静まった
神戸
(
こうべ
)
の海に、長い
優美
(
ゆうび
)
な
蛇体
(
じゃたい
)
を
浮
(
う
)
かべて、そこにアキちゃんを
座
(
すわ
)
らせてやってた。 俺もいつまでもヒラヒラ飛んでるんは、しんどい。
人形
(
ひとがた
)
に
戻
(
もど
)
って、アキちゃんの横に
一緒
(
いっしょ
)
に
座
(
すわ
)
っても、
水煙
(
すいえん
)
兄さんは
文句
(
もんく
)
言わんといてくれた。 俺と
水煙
(
すいえん
)
は、アキちゃんが黒い
夜景
(
やけい
)
の上に
描
(
えが
)
く、今は失われてしまった
神戸
(
こうべ
)
の
街並
(
まちな
)
みの絵を、アキちゃんの
両脇
(
りょうわき
)
から、
黙
(
だま
)
って
一緒
(
いっしょ
)
に
眺
(
なが
)
めた。 さらさらと
迷
(
まよ
)
いのない
筆
(
ふで
)
で、アキちゃんは
描
(
か
)
いた。 青い筆が
踊
(
おど
)
るように走る。 そこから
尽
(
つ
)
きることなく
描
(
か
)
かれる青白い
描線
(
びょうせん
)
は、海ホタルの
産卵
(
さんらん
)
の
灯
(
あかり
)
のように、夜の海に
映
(
は
)
えて
綺麗
(
きれい
)
に光ってて、ひとつ建物が
描
(
か
)
き
上
(
あ
)
がるたびに、
壊
(
こわ
)
れた
現実
(
げんじつ
)
の建物のほうも、しゃきっと起き上がるんや。 おもろいわあ。これ、
遠目
(
とおめ
)
に見てると
面白
(
おもしろ
)
いけど、
現場
(
げんば
)
ではどないなってんのや。 そこに
居
(
お
)
る人、
大丈夫
(
だいじょうぶ
)
なんか? 急に
瓦礫
(
がれき
)
が立ち上がったりして、
返
(
かえ
)
って
怪我
(
けが
)
したりせえへんのやろか。 「
平気
(
へいき
)
や。あれは時間が
巻
(
ま
)
き
戻
(
もど
)
ってんのや。建物とか、そういう
無機物
(
むきぶつ
)
だけやけどな。俺があんじょうやってるさかい、気にせず
描
(
か
)
けばええんや」
詳
(
くわ
)
しいことは言うの
面倒
(
めんどう
)
くさいっていう、
水煙
(
すいえん
)
のいつものざっくり
解説
(
かいせつ
)
で、俺とアキちゃんは顔を見合わせて
苦笑
(
くしょう
)
した。 まあ、ええか。これ、
水煙
(
すいえん
)
の
術法
(
じゅつほう
)
なんやて。 すげえな、初めて見たな。
水煙
(
すいえん
)
は月の神の
親類
(
しんるい
)
で、時を
司
(
つかさど
)
る
能力
(
のうりょく
)
を
分
(
わ
)
け
与
(
あた
)
えられているらしい。 しかし、時間を
迂闊
(
うかつ
)
に
操作
(
そうさ
)
したらあかんのやって。 なぜかと言えば、
時空
(
じくう
)
がぐっちゃぐちゃになってまうからやし、アホの
亨
(
とおる
)
に説明すんのが
面倒
(
めんどう
)
くさい、なんやかんやがあるんやってさ。 それでも
気張
(
きば
)
って、なんやかんやを
上手
(
うま
)
く
処理
(
しょり
)
すれば、こうして、
壊滅
(
かいめつ
)
した街を
再建
(
さいけん
)
することもできるし、
困
(
こま
)
ってる人間たちを
救
(
すく
)
うてやることもできる。 そやけど、これは消える
魔球
(
まきゅう
)
なみの
大技
(
おおわざ
)
で、めったに
撃
(
う
)
たへん
宇宙戦艦
(
うちゅうせんかん
)
ヤマトの
波動砲
(
はどうほう
)
みたいなもん。 いちいち時間を
巻
(
ま
)
き
戻
(
もど
)
してたら、世の中全然進まへんようになるからな。 今回は特に、アキちゃんのデビュー戦。
一世一代
(
いっせいいちだい
)
の大仕事やから、
水煙
(
すいえん
)
も
奮発
(
ふんぱつ
)
したんやって。
大奮発
(
だいふんぱつ
)
して、月からこの地上へ
舞
(
ま
)
い
降
(
お
)
りて以来、一度も使うたことがない、
伝家
(
でんか
)
の
宝刀
(
ほうとう
)
を
抜
(
ぬ
)
いた。 これは一生に何度も使える
技
(
わざ
)
ではないねん。
水煙
(
すいえん
)
は、
再生
(
さいせい
)
していく街を見守りながら、
暇
(
ひま
)
そうにしている俺に、ぽつぽつと話していた。 アキちゃんは、自分の絵で街が
蘇
(
よみがえ
)
るのに、よっぽど
魅了
(
みりょう
)
されてもうたんか、熱心に
描
(
か
)
いてて、聞いてんのやら、聞いてへんのやら。 たぶん、聞いてはおらんかったんやろうなあ。
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椎堂かおる
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