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三都幻妖夜話(3)神戸編 29-06 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
29-06 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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29-06 アキヒコ
軽快
(
けいかい
)
で明るい、
舞
(
まい
)
ちゃんの声がして、
振
(
ふ
)
り
袖
(
そで
)
で何かを
抱
(
だ
)
っこしている赤い
姿
(
すがた
)
が、おかんの
背後
(
はいご
)
の
廊下
(
ろうか
)
の、
薄暗
(
うすぐら
)
いほうからやってくるのが見えた。
蜜柑
(
みかん
)
太郎
(
たろう
)
や……!
無理
(
むり
)
や俺。とてもやないけど
対面
(
たいめん
)
できひん。 俺がお
兄
(
にい
)
ちゃんやで、コンニチワーとか言うんか。
無理
(
むり
)
。
見当
(
けんとう
)
つかへん。 思わずぎゅっと目をつぶり、
精神的
(
せいしんてき
)
には
脱兎
(
だっと
)
していた俺をよそに、おとんはのんきな
歓声
(
かんせい
)
をあげていた。 「おお、ええな。大きい子や。
二人目
(
ふたりめ
)
はお前に
似
(
に
)
てるんやないか、お
登与
(
とよ
)
」 「どっちに
似
(
に
)
てても同じようなもんどす」 同じ顔やもんな! でも俺は見いひんで。
絶対
(
ぜったい
)
に目は開けへん。 そういう気持ちでうつむいていたが、そんな俺を笑うように、あははと小さい笑い声がした。 小さい
子供
(
こども
)
みたいな声やねん。
赤
(
あか
)
ん
坊
(
ぼう
)
やない。 俺は顔を上げて、おとんが
抱
(
いだ
)
いてる
赤
(
あか
)
ん
坊
(
ぼう
)
を見た。 うちの家では
珍
(
めずら
)
しい、
癖毛
(
くせげ
)
の子やった。
黒髪
(
くろかみ
)
が、ラファエロの
描
(
か
)
く天使みたいにくるくる
巻
(
ま
)
いてて、白いぷっくりした
頬
(
ほお
)
や、
秀
(
ひい
)
でた
額
(
ひたい
)
に
乱
(
みだ
)
れかかっている。 俺は弟いうたら、
竜太郎
(
りゅうたろう
)
みたいなのを
想像
(
そうぞう
)
していた。
無意識
(
むいしき
)
に。
可愛
(
かわい
)
いけども、ちょっと遠い。 それはあいつが
従兄弟
(
いとこ
)
やからやな。 弟は、何というか、もっと血が近い。なんせ同じおとんとおかんから生まれてる。考えようによっては、おとんよりも、おかんよりも、俺と同じ血を持った人間や。 もし俺に
子供
(
こども
)
ができたとしても、その子よりも、兄弟のほうが血が近いかもしれへんのや。
双子
(
ふたご
)
のように、と言うには、うちの弟と俺は顔も
似
(
に
)
てへん。 俺はよう、目つきが
怖
(
こわ
)
いとか、
怒
(
おこ
)
ってるとか言われてまうけど、弟は、おとんが言うように、おかんに
似
(
に
)
たらしい。 いつも
薄
(
うす
)
っすら笑うてるような、
愛嬌
(
あいきょう
)
のある顔立ちで、どことなくミステリアスな目をしてる。 何も知らんチビのはずやのに、まるで何もかも、お見通しみたいにな。 「アキちゃん」 おとんに
抱
(
だ
)
っこされながら、弟が
突然
(
とつぜん
)
言うた。 弟はどう見ても、一
歳
(
さい
)
か二
歳
(
さい
)
ぐらいに見えた。
子供
(
こども
)
の
歳
(
とし
)
のことは、俺にはよう分からんけど、これは
絶対
(
ぜったい
)
にさっき生まれたという
赤
(
あか
)
ん
坊
(
ぼう
)
ではない。 おかんがどっかから
拾
(
ひろ
)
うてきた子なんか? 「アキちゃん」 また言うて、
蜜柑
(
みかん
)
太郎
(
たろう
)
はけらけらと、小さい手を
打
(
う
)
って
笑
(
わろ
)
うた。 そして、俺に向かって、
抱
(
だ
)
っこしろというふうに身を乗り出し、
抱
(
だ
)
いてるおとんの手から落ちそうになった。 「お
兄
(
にい
)
ちゃんが分かりますのやなあ。かしこい子ぉやわ、ユミちゃんは」 にこにこ言うてるおかんの中でも、
蜜柑
(
みかん
)
太郎
(
たろう
)
は
弓彦
(
ゆみひこ
)
で決まりのようやった。 そこまで決まってるんなら、一体何のための名付け親なんや、
水煙
(
すいえん
)
は。 「
抱
(
だ
)
っこしてやっておくれやす、アキちゃん。この世でたった二人きりの兄弟え。これから手を
携
(
たずさ
)
えて、
秋津
(
あきつ
)
の家を守っていく、あんたの
右腕
(
みぎうで
)
なんやから」 やんわりと重いことを言うて、おかんは俺に
蜜柑
(
みかん
)
太郎
(
たろう
)
を
抱
(
だ
)
けという。 こんなチビ
抱
(
だ
)
いたことない。犬ぐらいやで。 チワワよりは大きいが、秋田犬よりは小さい。そんなぐらいのサイズ感や。
無理無理
(
むりむり
)
。俺は
抱
(
だ
)
っこなんかしいひんて、
逃
(
に
)
げ
腰
(
ごし
)
やった俺のほうに、まあ、
抱
(
いだ
)
いてみ、と言うて、おとんが
蜜柑
(
みかん
)
太郎
(
たろう
)
を
押
(
お
)
し
付
(
つ
)
けてきた。 うわあ。
止
(
よ
)
せって、おとん! 落としたらどないすんねん。 でも
拒
(
こば
)
むわけにもいかへん。
余計
(
よけい
)
、落っことしてしまう。 それで、しょうがなく、俺は
蜜柑
(
みかん
)
太郎
(
たろう
)
を
抱
(
だ
)
っこした。
巻
(
ま
)
き
毛
(
げ
)
の
柔
(
やわ
)
らかい
感触
(
かんしょく
)
がくすぐったいような頭から、なんや、
蜜柑
(
みかん
)
みたいな
匂
(
にお
)
いする。 お前、ほんまに
蜜柑
(
みかん
)
太郎
(
たろう
)
やな……。 「アキちゃん」 また
喋
(
しゃべ
)
って、
蜜柑
(
みかん
)
太郎
(
たろう
)
は俺の着てるセーターを
掴
(
つか
)
み、
腹
(
はら
)
でも
減
(
へ
)
ってんのか、ちゅうちゅうと自分の小さい指を
吸
(
す
)
うていた。 その、重くもない体重と、
温
(
ぬく
)
もりと、ふにゃっとした
柔
(
やわ
)
い体の
感触
(
かんしょく
)
を、
両腕
(
りょううで
)
に
覚
(
おぼ
)
えて、俺は何や、変な気分やった。 これ。俺の弟なんやなあ。変やわあ。 俺ずっと、
一人
(
ひとり
)
っ
子
(
こ
)
やったのに。 おかんをずっと
独
(
ひと
)
り
占
(
じ
)
め。それを
誰
(
だれ
)
かと分けるやなんて、
絶対
(
ぜったい
)
ありえんと思うてきたのに、ぎゅっと
抱
(
だ
)
きついてくる弟を
抱
(
だ
)
っこしてると、これは俺が
絶対
(
ぜったい
)
守ってやらなあかんもんやと思えた。 「お前も、こんなんやったわ、アキちゃん。
抱
(
だ
)
っこしたことないけど」 おとんが俺を見て、
実
(
じつ
)
に残念そうに言うた。 「そら、そうどすやろ。
屋根裏
(
やねうら
)
にお
隠
(
かく
)
れになってましたんやもんなあ。
抱
(
だ
)
っこできるわけあらしまへん」 すごい
棘
(
おどろ
)
のある口調で、おかんがイケズ言うてた。 これはあかん、
薮蛇
(
やぶへび
)
やって、おとんは
焦
(
あせ
)
った顔で
苦笑
(
くしょう
)
していた。
抱
(
だ
)
っこされたまま、弟はすうすう
寝息
(
ねいき
)
を立て始めている。 その
眠
(
ねむ
)
ってる顔が、めちゃめちゃ
可愛
(
かわい
)
い、まるで天使や。 いや、
天人
(
てんじん
)
か? この世のものとは思えん
可愛
(
かわい
)
さや。 これは。もしや。近づいたらあかん
系
(
けい
)
のアレか?
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椎堂かおる
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