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29-07 アキヒコ

 俺はじわっと(あせ)ってきて、このまま弟を()っこしててええもんか、段々(だんだん)(まよ)うてきた。  おとんに、返そうか。  いや、待てよ、おとんもあかんのやないか。  おとんは俺に()をかけて、徹頭徹尾(てっとうてつび)秋津(あきつ)の男や。身内(みうち)に手出す実績(じっせき)がある。  弟をこの魔物(まもの)から守らなあかん!  でも俺自身が魔物(まもの)や!  そういう葛藤(かっとう)の目でいる俺を見て、おとんがまた、腕組(うでぐ)みして苦笑(くしょう)していた。 「因果(いんが)やなあ、アキちゃん。俺にも(おぼ)えがあるわ。お登与(とよ)が生まれて、最初に()っこした時なあ、この世の全てが(てき)に見えたわ」 「おとんと一緒(いっしょ)にせんとってくれ」  俺は身内(みうち)には手を出してない。  竜太郎(りゅうたろう)攻撃(こうげき)にかて()えた。  あとは蜜柑(みかん)太郎(たろう)回避(かいひ)すればクリアや! 「あのなあ……いつか言わなあかんと思うてたんやけど、アキちゃん」  (こま)ったなあって顔で、おとんは言いにくそうに口元(くちもと)(いじ)っていた。 「俺とお登与(とよ)は、そういう関係ではないんやで」  どういう関係なんや。  おとんの毒牙(どくが)から弟を守るガード姿勢(しせい)()っこしたまま、俺は話を聞いていた。 「お登与(とよ)はな、妹やねん」  知ってる! そやから(あぶ)ないんや、おとんは!  俺の警戒(けいかい)心バリバリの顔を見て、おとんは、はっきり言わなしょうがないなと思ったようやった。 「俺がお登与(とよ)()て、お前が出来(でき)たわけやないんや。こいつもそうやけど」  蜜柑(みかん)太郎(たろう)を指差して、おとんは言いにくそうにボソボソ言うた。  そうなんか。へー。  って、ええ⁉︎  ほな俺、(だれ)の子⁉︎ まさかほんまに本間(ほんま)さんの子⁉︎ 「術法(じゅつほう)なのや。もはや秋津(あきつ)の家の(もん)には、普通(ふつう)のやり方で子を(さず)かる見込(みこ)みは(うす)いんや。蔦子(つたこ)姉ちゃんかてそうや。霊振会(れいしんかい)とやらの会報(かいほう)にも書いてあったやろ? 読んでへんのか」  読んでへんな……。霊振会(れいしんかい)のメルマガやろ?  おとん読んでんのや……意外すぎた。案外マメやな。 「親になる者、それぞれの霊力(れいりょく)釣り合(つりあ)うてなあかんし、星の(めぐ)りや、何やかんやも読まなあかん。ややこしいんや。秋津(あきつ)の者にとって、一番、子を(さず)かれる見込(みこ)みのある相手は身内(みうち)や。それやからな、俺にとっては、蔦子(つたこ)姉ちゃんか、お登与(とよ)しか、この世に子を()せる相手がおらんかったんや」  それでも()るだけマシなんやで。この際、従姉妹(いとこ)や妹やて細かいことにこだわってたら、血筋(ちすじ)()えてしまうやないか。  と、おとんは何か(みょう)なことを言うたが、そのちょっとズレた結論(けつろん)は、秋津(あきつ)の家ではしょうがないことやった。  血筋(ちすじ)()やさず末代(まつだい)まで守っていくための(のろ)いに(とら)われた家やったんやしな。 「お(いえ)のためどす、アキちゃん。うちがあんたを(さず)かってへんかったら、お兄ちゃんが秋津(あきつ)末代(まつだい)やった」  それがとんでもなく(おそ)ろしいことというふうに、おかんが言うた。 「お兄ちゃんとうちの血を混ぜて、精進潔斎(しょうじんけっさい)して天地(あめつち)(いの)るんどす。それはそれは(むずか)しい術法(じゅつほう)どすけど、一度ならず二度、うまいこといきました。うちが(はら)んで、あんたと、ユミちゃんを産むことができたんえ」  弟を()いてる俺を、(ほこ)らしげに見つめ、おかんは微笑(ほほえ)んでいた。 「そやから俺との結婚(けっこん)(こば)んでたんやな……」  (だま)って聞いていた大崎(おおさき)先生が、しゅんとした(ふう)に、おかんに(たず)ねた。 「それは(ちが)います、(しげる)ちゃん。うちには心に決めた相手がいてるだけどす」  そしてそれは、あんたやおへん。そうまでは言わんけど、そうや。  おかんはまっすぐな射抜(いぬ)くような視線(しせん)で、大崎(おおさき)先生をじいっと見た。 「だ、(だれ)や、それは」  固唾(かたず)を飲んで、大崎(おおさき)先生が(おそ)(おそ)(たず)ねたが、おかんは何の余韻(よいん)もなく答えた。 「(まい)どす」 「いやああん奥様(おくさま)()ずかしおす」  (だま)って立ってた存在(そんざい)感なかったはずの(まい)ちゃんが、赤い振袖(ふりそで)両袖(りょうそで)で顔を(かく)して、真っ赤になっていた。  ………………。  えっ?  俺たぶん、何秒か気絶(きぜつ)してた。  その時に弟を取り落とさんで()んで、ほんまによかった。 「昔は蔦子(つたこ)姉ちゃんが好きどしたけど、お姉ちゃんは、うちのお兄ちゃんが好きみたいどしたし、身を引いたんどす。でも、考えてみたら、それも、(わか)い一時の熱病(ねつびょう)みたいなもんどした。(おさな)(ころ)に身内に(ねつ)()げるのは、秋津(あきつ)(もん)にはようあることどす。アキちゃんもうちが好きどしたやろ?」  おかんの直球(ちょっきゅう)を浴びて、俺はまた気絶(きぜつ)しかけた。  本気で一歩二歩よろめいてもうた。何かの目眩(めまい)や。  そうか……。ようあることやったんや。  そういえば竜太郎(りゅうたろう)も俺が好きやて言うてた。  身内の手頃(てごろ)な兄ちゃんやったからなんか。  一時の熱病なんか、あれは。竜太郎(りゅうたろう)。  別にええんやけどな。別に……。 「お兄ちゃんは、そういうのは、ありまへなんだか?」 「あるよ。俺はおとんかな」  さらに苦笑(にがわら)いして、おとんは白状(はくじょう)した。  そのおとんをおとんは自分で殺しとるやないか。どういう(みだ)れた家や。  めっちゃくちゃや。めっちゃくちゃ!

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