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29-19 アキヒコ

 そうやけど、国のため、お(いえ)のためっていうんは、絵を()くことと両立(りょうりつ)しいひんもんなんか?  おとんも海の底で言うてたやん。絵を()きながら、当主(とうしゅ)(つと)めりゃええねんでって。  ほんなら、おとんかて、そうすりゃええやん。  そう思うけど、何でかそれは、俺の口をついては出てこない言葉やった。 「あんまり気前よう()てすぎて、自分の(たましい)まで()ててもうたんやろうな、俺は。もはや遠い過去(かこ)のことやわ。お前はそうならんように、気ぃつけや」  もう話は終わりやと、おとんは言うてて、立ち去る気配(けはい)やった。  俺は(あせ)った。  待ってくれ、おとん。まだ肝心(かんじん)の事を言えてない。  どうやって説得(せっとく)しよう。どないしたらええのや。  おとん、(おぼろ)はずっと、おとんのこと待ってるんやで。おとんに()れてる。  過去(かこ)のことやない。あの絵と同じ目で、今もおとんを見てるんや。  ただそれを、そのまんま伝えたらええんかな。  なんかおとんそんな空気とちゃうねんけど。  アキちゃん(はよ)う言えってか? 「寒うなってきたな。帰ろか、アキちゃん。風邪(かぜ)ひいたら、おかんが心配するで」  ひかへんわ、風邪(かぜ)なんか……。  あかん、もう、()()思案(じあん)は引っこめろ俺! 「俺、別に、(おぼろ)となんかある(わけ)やないで、おとん。おかんがそう言えって。あいつ、おとんが好きなんやで。もういっぺん、()うたって」  アキちゃん言えたわ。ようやった俺。  変な(あせ)出た。  まさか親にこんな話する日が来ようとは。俺も大人(おとな)になったもんや。 「お前の(しき)やろ」  おとんはもう明らかに不快(ふかい)の顔で、俺の言葉を()(かえ)した。  やっぱそこか、そう思ってんのやな。俺が(おぼろ)()れてるて。  (ちが)うって! と断言(だんげん)するには微妙(びみょう)やねんけど……。  って、そうやない! すんません! ()れてへん! 「そうやけど! でも、あいつは、おとんに()れてんのや!」 「アキちゃん……俺はそういうのは、もうたくさんなんや。俺にはもう(しき)はいらへん。お前があいつを幸せにしてやれ」  お前とやりあう気はない。俺は身を引く。そういう言葉で、おとんは話してた。  いやいやいや、ちゃうねんちゃうねん。おとん、そうやないんやって、ほんま(たの)むわ!  俺もう、どないしたらええのん?  アキちゃん口下手(くちべた)やのに?  もう、どないしたらええんや。ああもう頭まっ白なってきてもうた。  ああもう、こうなったらアレや。口から出まかせ、思いつくままぶつかっていく、水地亨(みずちとおる)方式(ほうしき)、ノープラン作戦や!  おとん、俺の話を聞いてくれ!!  正面(しょうめん)きっての、面打(めんう)(ねら)いでいったるわ!  俺は一気におとんにぶちまけた。 「無理や……。(おぼろ)はおとんでないと幸せにはなられへんのや。式だの巫覡(ふげき)だのって、そういう問題やないんや。俺は(とおる)が何であろうと、あいつが好きや。()かれあう(たましい)(たましい)として出会(でお)うて、愛し()うてるだけや。それやと何であかんのや。おとんかて、好きで好きで(たま)らんから、あいつを絵に()いたんやろ? ()げてないで、もういっぺんあいつの目をまっすぐ見てみいや。()てた(たましい)でも、もういっぺん(ひろ)えばええやんか。絵を()くことかて大事や。国や家とおんなじくらい大事なものや。俺はおとんが絵描(えか)いてくれたほうが(うれ)しいわ。絵を()きたい(やつ)が、()いてられるようにすることが、ほんまに国を守るってことやないんか? (だれ)かが犠牲(ぎせい)になって、それで終わりや、しょうがないって、そんなんもう終わりにしようや。(みんな)でハッピーエンドでなけりゃ、俺は(いや)や。おとんも幸せになってくれ!」  アキちゃん、めちゃくちゃ長台詞(ながぜりふ)やった。  おとんに言い返されるんが(いや)で、思いつくまま一気にまくし立てていた。  あたかも、親に楯突(たてつ)思春期(ししゅんき)の少年や。  そういえば、俺、そういうの一回もしたことないわ。  アキちゃん、思春期(ししゅんき)なかってん。  おかん好きすぎて(さか)らうたことがない。おとんはずっとおらんかった。  そやから、俺が親にぶつかっていったの、ひょっとしたらこの時が最初で最後やで。  おとんは(だま)って、俺の話を聞いてくれた。なんも反論(はんろん)しいひんかった。  でも何か言うてほしくて、俺は怖々(こわごわ)、おとんを見上げた。  そしたらな、おとん(わろ)うとったわ。川を見つめる目のままで。声もなく(わろ)うてた。 「アキちゃん。大きいなったんやな。お前ももう、一人前(いちにんまえ)や。成長せなあかんのは、おとんのほうみたいやなあ」  おとんの心が動いた手応(てごた)えがあって、俺は思わず、がばっと立った。  ほんで、おとんの手を(つか)んで、()()った。  この手や。この手があの絵を()いたんや。  もういっぺんこの手に、絵筆(えふで)(にぎ)らせたいんや。  おとんが()けへんかった絵を、(おも)存分(ぞんぶん)()いてほしいんや。  それによって(みんな)が幸せになれる気がするねん。  少なくとも大崎(おおさき)(しげる)が。そして俺も。(おぼろ)も。おかんも。  それだけやない。もっと大勢(おおぜい)の絵を見る人も、きっと幸せになれる。

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