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29-21 アキヒコ

 勝呂(すぐろ)瑞季(みずき)はその後、帰ってきた。  (おそ)ろしい執念(しゅうねん)や。あいつはよっぽど俺が好きや。  そうやけど、俺はあいつの情熱(じょうねつ)には(こた)えてやられへん。  何でって、(とおる)()るもん。水煙(すいえん)も……。  水煙(すいえん)はええか。(とおる)がおるからやな。  (とおる)がおって、水煙(すいえん)もいて、あいつは三番。それでええな? それが当家(とうけ)(しき)序列(じょれつ)やて、そういうことで、あんじょう上手(うま)いことやっていこかて、はい先輩(せんぱい)、て、そんな変なハッピーエンドある?  ないよ。  そんなサラッといかへんねんて。  あいつ大体、どこにいた?  (とおる)が話した、(りゅう)との対決の話、聞いたやろう?  あいつ出てきた?  勝呂(すぐろ)瑞季(みずき)は俺を守って奮闘(ふんとう)してたか?  まあ……そうではなかったな。残念ながら。  俺は別にかまへん。あいつに命がけで戦ってほしいなんて全然思うてへんかったし、気にすることない。  むしろ無事(ぶじ)に生きててくれただけで万々歳(ばんばんざい)やったわ。  そやけどな、本人はそうは思わへん。俺は役立たずやって、ものすご落ち込んでもうてな。ものも言わへん。  声がな、出えへんねん。  津波(つなみ)が引いて、街を(よみがえ)らせて、ああ良かったなハッピーエンドやって思うたわ。  大変な戦いやった、何度もピンチを()()えた。チーム秋津(あきつ)で力を合わせて大勝利やったなあって、ホッとしたものの、瑞季(みずき)おらへんやん、て気付いた。  そしたら水煙(すいえん)が、役に立たんし足手(あしで)まといやったから、海にほかしたわ、って言うんや。  ほかした⁉︎ ()てたんか⁉︎ 水煙(すいえん)⁉︎  まあ実際に()ったのは、(おぼろ)らしいけどな。  お前ら鬼畜(きちく)やなあ。何でそうなんや。  ほんまに俺のことしか考えてへん。  式神(しきがみ)いうんは、そういうもんみたいやけど、秋尾(あきお)さんとか見てみ? (やさ)しいで。そういう神もいてるで。  俺は(みな)にもそういう(ふう)になってもらいたいわ。  まあ、秋尾(あきお)さんは式神(しきがみ)やあらへんのや。普通(ふつう)に神や。  大崎(おおさき)先生に隷属(れいぞく)してるわけやない。  (おぼろ)水煙(すいえん)とはちょっと(ちが)うんやろうな。  それでうちの(おに)さんたちが、犬どうなったか知らんわって言うから、俺もギャーッてなって、(さが)したわ。  (とおる)には白い目で見られたけど、(ほう)っとくわけにいかへんやん?  ほんで見つけたよ。でも犬になってもうてた。  あいつ(へこ)むと犬に(もど)るみたいやな。  気力が()えると霊力(れいりょく)(とぼ)しくなるんかな。元の犬の姿(すがた)になってしまうんや。  (とおる)も弱ると(へび)(もど)ってまうもんな。それと同じやろう。  神戸の件の事後(じご)処理(しょり)霊振会(れいしんかい)がやってくれるってことで、俺らは京都に帰っていいことになった。  待ちに待った日や。ずっと帰りたかった出町柳(でまちやなぎ)のマンションに、やっと帰れるんや。  俺の車は、神戸の山手幹線(やまてかんせん)で事故って粉々(こなごな)になり、神楽(かぐら)さんの奇跡(きせき)でナイナイされてもうた。もうこの世にあらへん。  しょうがないし、蔦子(つたこ)さんとこの式神(しきがみ)啓太(けいた)が車出してくれて、京都まで送ってくれた。よう気がつく(やつ)や。  信太(しんた)が死んでもうて、あいつがまた蔦子(つたこ)さんの筆頭(ひっとう)式神(しきがみ)(かえ)()いていた。  それでも、啓太(けいた)の心は全然晴れてはおらんようやった。  雪の(せい)やしな、いつも心はブリザードや。  あいつは信太(しんた)可哀想(かわいそう)やと思ってたらしいわ。  それに寛太(かんた)にも()れてたのに、不死鳥(ふしちょう)は泣きながら飛び去ってもうて、行方(ゆくえ)は知れへんかった。  それに(おぼろ)や。啓太(けいた)(おぼろ)ともデキとったようや。  そらまあそうなんやろうな。キスしとったもんな。  あいつ(だれ)とでもキスするんやしな。節操(せっそう)ないんやから、(おぼろ)は。  それでも雪男(ゆきおとこ)のほうは、何かは感じてたんやろうな。  (おぼろ)不死鳥(ふしちょう)、恋しい二羽(にわ)の鳥さんが同時に飛び去ってしまい、啓太(けいた)消沈(しょうちん)していた。  蔦子(つたこ)さんの(しき)三柱(さんはしら)もいっぺんに()ってもうたし、気張(きば)らなあかんなという重さもあったやろう。  ものすご車内の空気が重かったわ。  それに犬。瑞季(みずき)は犬になってたけど、初めはマルチーズやなかったで。でかい黒い犬やった。  犬になるのは一緒(いっしょ)でも、犬種(けんしゅ)とかデカさは、その時々で(ちが)うねん。  この時の瑞季(みずき)地獄(じごく)猟犬(りょうけん)みたいなでかい犬で、高速道路で(となり)を走ってる車のドライバーがびびってハンドル操作(そうさ)(あやま)りそうになるほどの危険(きけん)さやった。  それをシートにぎゅうぎゅうに詰め込(つめこ)んで、京都まで帰ったんや。  俺は(ひざ)に犬(いだ)くだけで一杯一杯(いっぱいいっぱい)やし、水煙(すいえん)ですら、太刀(たち)(もど)って助手席(じょしゅせき)(とおる)(ひざ)()かれるほうを選んだ。  犬に()まれながら京都までドライブしたくはなかったんやな。  運転席のメガネの(しき)終始(しゅうし)無言やった。  瑞季(みずき)も一言も(しゃべ)らへん。  俺も(とおる)も、なんか、もの言うたらあかんみたいな空気で、ずっと(だま)ってた。  水煙(すいえん)(だま)ってたけど、あいつはそれが苦痛(くつう)ということはなかったやろう。  俺は苦痛(くつう)やった。ペラペラ(しゃべ)りたい(わけ)ではなかったんやけど、俺は(りゅう)片付(かたづ)けた。神戸も救うことができた。やったなあ、やり()げたという、明るい気持ちにはなっていたんや。  そうやけど、現実にはこの戦いには、犠牲(ぎせい)になった者もいたという、当たり前のことを思い出して、熱くなってた頭に、氷水をぶっかけられた気持ちやった。

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