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29-23 アキヒコ

 (いと)おしい、(とおる)の体の感触(かんしょく)がして、俺は神戸(こうべ)にいたとき、何もかも終わって、ほっとした時、無意識(むいしき)に心のどこかで、(はよ)う帰って、(とおる)とゆっくり()()いたいと思ってた自分を思い出した。  めちゃくちゃ強く()いて、(むさぼ)りたい。  お前は俺のもんやって、(はげ)しくやって、朝まで(つか)()てた(とおる)()いて(ねむ)りたいんや。  そういう楽園(らくえん)を、思ってたんやけどな。  なんか、無理やわ。瑞季(みずき)もいてるし、水煙(すいえん)も、()るし。  それでも俺は、(とおる)(うで)を引いて自分の前に来させて、(あご)あげさせてキスはした。  (あま)い。すごく。()れる(とおる)(くちびる)(した)も、すごく(あま)くて、(いと)しかった。  はあ、と(せつ)ないため息を、(とおる)がもらした。  今すぐしたい。思いとどまる理由もなかった。この家を(はな)れる前なら。  ここで()がして、()(たお)して、(とおる)をめちゃめちゃ(あえ)がせても、それで良かったんや。  けど今はどうやろうな。ソファには犬もいてるし、水煙(すいえん)も……。 「アキちゃん、どしたん。(つか)れたか」  心配そうに、(とおる)が聞いてくれた。  別に(つか)れた(わけ)やない。全然、元気やで。  でも、俺は(うなず)いといた。 「あっちで、やろ」  俺は(とおる)の手を引いて、寝室(しんしつ)に連れていき、ドアを()めると、電気もつけへんカーテン()しに夕日の()れる部屋(へや)で、(とおる)とめちゃめちゃやった。  そこにベッドあるのに、それが遠い気がして、(とおる)(かべ)()()けて(むさぼ)った。  ああ。ええな。やっぱり(とおる)が好きや。一番好き。  こうして()いてると、体が()()いそうで、気持ちよすぎて、なんも考えられへん。  苦しそうなような、(とおる)(せつ)ない(あえ)ぎが()こえて、アキちゃんアキちゃん、好きやって言うてくれる。  その声が(のう)()みて、俺はいつもすぐアホになってまうねん。何も考えられへん。  そういう考え無しで、(めし)も食わんと、ずうっとやってた。  (はら)()らんし、力は(いく)らでも()いてくるみたいにある。  (よく)も前よりずっと強いんか、(とおる)が、もうやめてくれって、言うた。死にそうやって。  どろどろなってる(とおる)はほんまに(つか)れたふうで、俺は心配になって、()くのをやめた。  (とおる)(つか)れてたんやろう。ほんまに大変な日々やった。  大波(おおなみ)翻弄(ほんろう)されて(つか)()ててもうて、(とおる)朦朧(もうろう)として()てた。  それをベッドに横たえてやって、気づくと深夜(しんや)になっていた。  (のど)かわいたな、って、水を求めて寝室(しんしつ)を出て、キッチンに行こうとしたら、(だれ)かがソファに(すわ)ってて、ぎょっとした。  水煙(すいえん)やった。  知らん(やつ)()るって、びっくりしたけど、それは俺が()いてやった新しい姿(すがた)水煙(すいえん)やったせいや。  人肌(ひとはだ)の色をして、美しい横顔をした水煙(すいえん)が、()だるそうに(すわ)っていた。  絵に()いた時と同じ、白いシャツと、グレーのズボンを着てる。  裸足(はだし)のつま先にはちゃんと、真珠(しんじゅ)みたいな光沢(こうたく)のある(つめ)がついてた。 「またもやお楽しみやったようやな」  (おこ)ってるでも冷やかすでもない、無表情(むひょうじょう)な声で、水煙(すいえん)が俺に言うた。  声、聞こえたやろな。別に防音(ぼうおん)にはなってへんのやし。 「(とおる)も満足したやろ」  あれだけやれば。  言外(げんがい)にそういうニュアンスを感じて、俺は(だま)ってた。  何て言うていいか、分からへん。  俺は、(とおる)が好きやし、あいつも俺が好き。結婚(けっこん)までしたし。相思相愛(そうしそうあい)運命的(うんめいてき)な相手やと思うてる。  そういう相手を連れて、一緒(いっしょ)に住んでる部屋(へや)に帰ってきて、()()うて()えて何が悪いんや?  別に悪くはない。  ただ、(つみ)なだけ。 「犬に血をやれ、アキちゃん。これ、もう死ぬで」  言われて、()もたれの向こう側にいる瑞季(みずき)を見たら、ぐったりと浅い息をしている()せこけた犬がいて、白い()()には(どろ)と、血が(にじ)んでいた。  もう死ぬ。  (たし)かに、瑞季(みずき)は今すぐにでもバラバラになりそうに見えた。  俺は無言で、キッチンに行って、そこにあった包丁(ほうちょう)を持ってきた。  水煙(すいえん)は、(もど)った俺を(かす)かに(とが)める目で見たが、別に止めはしいひんかった。  (うで)包丁(ほうちょう)で切って、俺は(したた)るぐらいの血を自分に流させた。  右利(みぎき)きやし、切ったのは左腕(ひだりうで)やわ。  そういう時でも、絵を()く右手は守る。そういう男やわ、俺は。  はあはあと(みだ)れた小さい息をしてる犬は、体が赤く()まるぐらい血をかけてやっても、それを飲もうとはしいひんかった。  しょうがないから、俺はソファに(すわ)って、ひょろひょろなってる犬の口を、無理矢理(むりやり)自分の(うで)(きず)()()てた。  (いた)いわ。そりゃ(いた)いんやけど。  ここで死なせる(わけ)にはいかへん。俺も必死やった。 「その犬……」  無理矢理(むりやり)、血を飲ませてる俺を見て、水煙(すいえん)はしソファの肘掛(ひじかけ)にほおづえをついていた。 「ほかしてきたほうが、マシやったんやないか? どうせ()っても邪魔(じゃま)やろう。(とおる)もええ顔せんやろうし。蔦子(つたこ)のところにでも、(ゆず)ったらどうや」  ここに置くよりマシやろう、って、水煙(すいえん)は俺にアドバイスしていた。  (たし)かに、そうかもしれへん。俺が考え無しやった。  (もど)った後、どないするかまで、正直考えてへんかった。  まさかまたこの地獄(じごく)逆戻(ぎゃくもど)りとは。 「水煙(すいえん)

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