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三都幻妖夜話(3)神戸編 29-25 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
29-25 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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29-25 アキヒコ
瑞季
(
みずき
)
はもう
人型
(
ひとがた
)
をしてて、
津波
(
つなみ
)
の海で何があったんか、着てた服は
破
(
やぶ
)
れてて、
髪
(
かみ
)
はぐちゃぐちゃやし、見る
影
(
かげ
)
もなかった。 何かに
怯
(
おび
)
えたような目をしてた。 大きな目が落ち
窪
(
くぼ
)
んでて、
瑞季
(
みずき
)
は
玄関
(
げんかん
)
の
隅
(
すみ
)
で
縮
(
ちぢ
)
こまって、
微
(
かす
)
かに
震
(
ふる
)
えてた。 でも、
人型
(
ひとがた
)
に
変転
(
へんてん
)
できたのやし、回復はしたということや。 ひとまず良かったんや、これで。 俺はそう自分に言い聞かせて、なるべくゆっくりと、
瑞季
(
みずき
)
のそばまで歩いた。
片膝
(
かたひざ
)
ついて
座
(
すわ
)
り、
視線
(
しせん
)
を合わせると、
瑞季
(
みずき
)
も
上目遣
(
うわめづか
)
いに俺を見た。 俺のことも、
怖
(
こわ
)
いという目やった。 「
大丈夫
(
だいじょうぶ
)
か、
瑞季
(
みずき
)
」 俺が聞くと、
瑞季
(
みずき
)
はうんうんと
頷
(
うなず
)
いた。 まるで、
大丈夫
(
だいじょうぶ
)
やないとあかんみたいな
頷
(
うなず
)
き方やった。 「ほんまのこと言うてええんやで」
苦笑
(
くしょう
)
して、俺はもういっぺん聞いた。 そしたら何でか知らんけど、
瑞季
(
みずき
)
は
嫌
(
いや
)
やっていうふうに、首を横に
振
(
ふ
)
って、自分の
抱
(
かか
)
えた
膝
(
ひざ
)
に顔を
埋
(
う
)
めて
隠
(
かく
)
した。 「足引っ張ってすみません」 「全然そんなことないで。気にすることない」 「でも
先輩
(
せんぱい
)
の役に立たへんかったし。俺いらないですよね。あの人もそう言うてた」 お前、
凹
(
へこ
)
んでんのやなって、それだけはよく分かる
涙声
(
なみだごえ
)
で、
瑞季
(
みずき
)
は早口に言うて、悲しそうやった。 「
水煙
(
すいえん
)
か? 気にすんな……。あいつは、ああいうもんやねん。いつもキツいんや。
亨
(
とおる
)
以上に」
亨
(
とおる
)
もお前には冷たいもんな。 そりゃ冷たくもなる。しょうがないことや、それは。 あいつもお前に
愛想
(
あいそう
)
良くはできひんやろう。 一度は殺しあった
仲
(
なか
)
やもん。
禍根
(
かこん
)
を残すなというのも
難
(
むずか
)
しい。 「水が、
怖
(
こわ
)
くて……何も考えられへんようになってもうたんです。
先輩
(
せんぱい
)
のためなら死ねるって思うてたのに、
口先
(
くちさき
)
だけやったんかな」 そういう自分が
情
(
なさ
)
けない。そういう目で、
瑞季
(
みずき
)
は泣いてた。 「病気のせいやろ。そういう時もあるさ。とにかく全部、無事終わったんやし。もう気にするな」 ぐしゃぐしゃなってる
瑞季
(
みずき
)
の頭を、さらにぐしゃぐしゃに
撫
(
な
)
でて、俺は
励
(
はげ
)
ました。
瑞季
(
みずき
)
はもう泣いてはおらんかったけど、まだ軽くしゃくりあげていた。 「
風呂
(
ふろ
)
入ったらどうや。お前どろどろやで。
綺麗
(
きれい
)
にしてから、なんか食って、元気出せ。なんか食いたいモンないか?」 とにかく
瑞季
(
みずき
)
を元気づけようと、俺は明るく
振舞
(
ふるま
)
っていた。 それを見て安心したんか、
瑞季
(
みずき
)
は鼻すすりながら、思ってもみんかったような事を言うた。 「学食のカツ
丼
(
どん
)
食いたいです」 「カツ
丼
(
どん
)
?」 ああ、大学のアレな。けっこう
美味
(
うま
)
いって
評判
(
ほうばん
)
ええねんな。
校外
(
こうがい
)
からわざわざ食いにくる人もいてる。うちの
美大
(
びだい
)
の
名物
(
めいぶつ
)
やねん。 俺も食うたことある。あの学校いってて、学食のカツ
丼
(
どん
)
食うたことない
奴
(
やつ
)
いいひんと思う。
瑞季
(
みずき
)
とも食いに行ったこともある。
一緒
(
いっしょ
)
に
製作
(
せいさく
)
やってた、
祇園祭
(
ぎおんまつり
)
のCGの打ち合わせがてら、学食で
飯
(
めし
)
食おうかって事になり。 でも、
由香
(
ゆか
)
ちゃんはダイエット中やし
飯
(
めし
)
食わんて言うて、二人で行ったんや。 話は
一切
(
いっさい
)
、
弾
(
はず
)
まんかった。 気まずい
沈黙
(
ちんもく
)
の中で食ったカツ
丼
(
どん
)
やった。 お前、あれ好きやったんか、
瑞季
(
みずき
)
。確かに
大盛
(
おおも
)
り食うてた。 「そうか……。ほな、行こか、学食」 どうせ大学には顔出さなあかんのや、俺は。 「
卒制
(
そつせい
)
がな、まだ全然やねん」 急に現実的なことを、俺は
瑞季
(
みずき
)
に言うた。 そしたら
瑞季
(
みずき
)
は、えっという現実的な
驚
(
おどろ
)
きの顔をした。 「今日、何日なんですか?」 「八月二十六日やで」 「どれくらい
描
(
か
)
けてるんです?」 「そやから全然やん。何
描
(
えが
)
くかすら決めてへんわ。
苑
(
その
)
先生に
原案
(
げんあん
)
出すいうて、ずっと
放置
(
ほうち
)
やわ」
普通
(
ふつう
)
なら、夏休み中にある
程度
(
ていど
)
の
目処
(
めど
)
は立ててる予定やったもんや。 「
描
(
か
)
いた方がええんやないです?」 「そうやろ。このままやと卒業が
危
(
あや
)
ういわ。お前も
一緒
(
いっしょ
)
にカツ
丼
(
どん
)
食いにいこか」 「でも……俺……、どんな顔して行ったらええんやろ。顔出せるもんやない気がします」 あのキャンパスで
由香
(
ゆか
)
ちゃんは死んだ。お前に殺されたんや。 その場に行って、
謝
(
あやま
)
ったらどうや、
由香
(
ゆか
)
ちゃんに。 墓参りかて行けるんやしな。 俺はもう行ったけど、お前ともういっぺん行ったっていい。 それに、大学にはお前のこと心配してる
奴
(
やつ
)
らもおるわ。
苑
(
その
)
先生かて、そうやろうし。 そこまで思って、俺はまた現実的なことを思い出した。 こいつ、親が
居
(
お
)
るんやった。
養子
(
ようし
)
や言うてたけど、でも、人間のフリして生きてきて、
大阪
(
おおさか
)
に家があるし、家族も
居
(
お
)
るんやった。 そこへ帰らなあかんのやないか? こいつは確かに、人間やない。俺の
式
(
しき
)
になった。 そやけど親は心配してるやろう。
大阪
(
おおさか
)
の事件
以降
(
いこう
)
、
勝呂
(
すぐろ
)
瑞季
(
みずき
)
は
失踪
(
しっそう
)
していた。死んでないんやし、
遺体
(
いたい
)
も出てない。
警察
(
けいさつ
)
は、こいつが犯人なんやないかと見て
捜査
(
そうさ
)
してたが、結局は
迷宮
(
めいきゅう
)
入
(
い
)
りやったんや。 お前はまだ、
人界
(
じんかい
)
にやり残した事や、
果
(
は
)
たすべき
義理
(
ぎり
)
があるんやないのか? せめて親には
挨拶
(
あいさつ
)
させよう。
復学
(
ふくがく
)
も、しようと思えばできるんやないか。
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椎堂かおる
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