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三都幻妖夜話(3)神戸編 29-32 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
29-32 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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29-32 アキヒコ
学食
(
がくしょく
)
を出ると、キャンパスには
誰
(
だれ
)
もいなくて、がらんとしてた。 それはそれで
都合
(
つごう
)
が良かった。
誰
(
だれ
)
かに
会
(
お
)
うて、
勝呂
(
すぐろ
)
瑞季
(
みずき
)
がなぜここに
居
(
お
)
るんか、
説明
(
せつめい
)
を求められても
困
(
こま
)
る気がした。
由香
(
ゆか
)
ちゃんが、もういない。ちょっと前まで俺らはいつもここで三人で絵を
描
(
か
)
いていて、毎日顔を付き合わせてた。
久々
(
ひさびさ
)
に学校来ると、
度々
(
たびたび
)
俺の
腕
(
うで
)
にぶら下がってきていた
馴れ馴
(
なれな
)
れしい
由香
(
ゆか
)
ちゃんの重みが、急に
亡
(
の
)
うなってもうて、何かが足りひんという
喪失感
(
そうしつかん
)
が
湧
(
わ
)
いた。 俺は
由香
(
ゆか
)
ちゃんのことを、
別段
(
べつだん
)
そう好きではなかった。 俺がうっとり来るような
美貌
(
びぼう
)
の女の子でもないし、お
淑
(
しと
)
やかな
大和撫子
(
やまとなでしこ
)
でもなく、はんなりした
京女
(
きょうおんな
)
でもない。
賑
(
にぎ
)
やかで元気いっぱい、あけすけな、
大阪
(
おおさか
)
の女やった。
由香
(
ゆか
)
ちゃんが、ある時ここで、
先輩
(
せんぱい
)
、うち
先輩
(
せんぱい
)
の
彼女
(
かのじょ
)
になりたいなと
冗談
(
じょうだん
)
としか思えへん
口調
(
くちょう
)
で言うて、俺に
抱
(
だ
)
きついてきたことがあった。 ただの
悪
(
わる
)
ノリした大学生の
後輩
(
こうはい
)
に、じゃれつかれてる
先輩
(
せんぱい
)
の
図
(
ず
)
でしかなかったけど、その時、CG室からの帰り道で、あたりはもう
黄昏
(
たそがれ
)
ていて、夕日を浴びて歩く
勝呂
(
すぐろ
)
瑞季
(
みずき
)
は
居処
(
いどころ
)
がないという悲しい顔をしてた。
由香
(
ゆか
)
ちゃんは、
悪気
(
わるぎ
)
ないふうに俺の
腕
(
うで
)
に
絡
(
から
)
み、ねえねえ
先輩
(
せんぱい
)
、
彼女
(
かのじょ
)
にするなら、うちと
瑞季
(
みずき
)
ちゃんと、どっちがええと思います? と明るい笑顔で聞いた。 俺は
悩
(
なや
)
むふりをして、うーんそやな、
勝呂
(
すぐろ
)
かな! と言うた。 そしたら、えー何でやねんと、絵に
描
(
か
)
いたようなコケ
方
(
かた
)
をして、
由香
(
ゆか
)
ちゃんはさらに
可笑
(
おか
)
しそうにけらけら笑い、俺らはいつもと変わらず
叡電
(
えいでん
)
に乗って帰ったんやった。 あの時の
勝呂
(
すぐろ
)
の、
抑
(
おさ
)
えたような
嬉
(
うれ
)
しげな
照
(
て
)
れた顔。 俺はただ、
振
(
ふ
)
られた
冗談
(
じょうだん
)
に
予定調和
(
よていちょうわ
)
の答えを返しただけやったんか、それとも
本音
(
ほんね
)
を言うたんか。 あるいは、
由香
(
ゆか
)
ちゃんに何か、
操
(
あやつ
)
られるように、言うべきでない言葉を言わされてたんか。 今はもう、その
由香
(
ゆか
)
ちゃんが死んで、俺らには言葉もない。 会話もなきゃ、しょうもない話に笑うこともない。 またあの
頃
(
ころ
)
と同じ夕日の中に、
由香
(
ゆか
)
ちゃんの死体が出たという、事件現場が
遠目
(
とおめ
)
に見えて、俺と
瑞季
(
みずき
)
はそこへ近づく
気力
(
きりょく
)
もなかった。 ただ、どちらからともなく足を止め、
遠目
(
とおめ
)
にそれを見て、あの場所やったなと、それぞれの心の中で、思うただけやった。 手を合わせて
祈
(
いの
)
るべき場所やった。 俺らは手を合わせずに
祈
(
いの
)
ってた。
由香
(
ゆか
)
ちゃん。俺らが殺した。二人して、君を死なせた。それはただ、
若
(
わか
)
い日の
過
(
あやま
)
ちやったと言うには、あまりにも
残酷
(
ざんこく
)
な
出来事
(
できごと
)
やった。
由香
(
ゆか
)
ちゃんの
幽霊
(
ゆうれい
)
が出ると、学生たちはもう
噂
(
うわさ
)
してるそうや。 その
種
(
しゅ
)
のことは、大学ではすぐ
怪談
(
かいだん
)
になる。 赤い服着た女の子が、犬に追いかけられて
逃
(
に
)
げて来るんを見た。 赤い服やと思うたら、それは犬に食われて血まみれなんやって。 その女の子に追いつかれたやつは、自分も死ぬて、そんな
噂
(
うわさ
)
がまことしやかに走り、人を
恐怖
(
きょうふ
)
させる。
無念
(
むねん
)
の死、つらい
凄惨
(
せいさん
)
な死を
迎
(
むか
)
えた
由香
(
ゆか
)
ちゃんが、俺ら
皆
(
みんな
)
を
恨
(
うら
)
んでる。 楽しい大学生活をもう続けることがでけへんようになった
彼女
(
かのじょ
)
が、のうのう生きて、絵
描
(
か
)
いてる
連中
(
れんちゅう
)
を
怒
(
おこ
)
ってるって、
皆
(
みんな
)
、心の
隅
(
すみ
)
で少し、後ろめたかったんやろうか。 俺は
由香
(
ゆか
)
ちゃんの
幽霊
(
ゆうれい
)
を見へん。いてへんのやと思う。 トミ子の
幽霊
(
ゆうれい
)
はおったけど、
由香
(
ゆか
)
ちゃんは
化
(
ば
)
けて出ない。 たぶん、
化
(
ば
)
けて出るにも
霊力
(
れいりょく
)
が必要で、ごく
普通
(
ふつう
)
の人やった
由香
(
ゆか
)
ちゃんは、
無念
(
むねん
)
のうちに死んでもうても、もう
普通
(
ふつう
)
に
冥界
(
めいかい
)
にいってもうたんやと思う。 そうでなきゃ、この世は
幽霊
(
ゆうれい
)
だらけや。
無念
(
むねん
)
でない死はない。
皆
(
みんな
)
、死ぬときは
大抵
(
たいてい
)
、死にとうない
無念
(
むねん
)
やと思うてるもんや。だからって全員が
幽霊
(
ゆうれい
)
になれるわけやない。 その
無念
(
むねん
)
を
察
(
さっ
)
して
噂
(
うわさ
)
する連中が、
由香
(
ゆか
)
ちゃんの
幽霊
(
ゆうれい
)
を作るんや。
怖
(
こわ
)
くて、出会いたくない
幽霊
(
ゆうれい
)
やけど、それは
皆
(
みんな
)
の
祈
(
いの
)
りでもある。 あんな
若
(
わか
)
くて元気やった、
夢
(
ゆめ
)
も
野望
(
やぼう
)
もあった娘(こ)が、犬に食われて死ぬやなんて、そしてそれっきりやなんて、
皆
(
みんな
)
は信じたくなかったんやろ。
化
(
ば
)
けて出るぐらい、するはずやって、
皆
(
みんな
)
は信じたかった。 その
信心
(
しんじん
)
が強ければ、
由香
(
ゆか
)
ちゃんがここでほんまに
化
(
ば
)
けて出る日が来るんかもしれへん。 もし、そんな日が来たら、俺は
瑞季
(
みずき
)
と、
彼女
(
かのじょ
)
に手をついて
詫
(
わ
)
びよう。
彼女
(
かのじょ
)
の
墓前
(
ぼぜん
)
でもそうしたように、何度でも
詫
(
わ
)
びなあかん。
堪忍
(
かんにん
)
や
由香
(
ゆか
)
ちゃん。君は死んで、もうこの世におらんのに、俺は、
勝呂
(
すぐろ
)
瑞季
(
みずき
)
は、のうのうと生きていく。たぶん永遠に生きていく。 そんなこと
許
(
ゆる
)
せへんて思ったら、いつでも
化
(
ば
)
けて出てきてほしい。
何遍
(
なんべん
)
でも俺は君に
詫
(
わ
)
びよう。
出来
(
でき
)
る
限
(
かぎり
)
りのことをする。君がまた、絵を
描
(
か
)
く人に生まれ変わって、今度こそ好きな絵を一生
描
(
か
)
けるように、
出来
(
でき
)
る
限
(
かぎ
)
りのことをする。
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椎堂かおる
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