827 / 928

29-35 アキヒコ

「でも、迷惑(めいわく)ついでやから言うけど、俺ずっと先輩(せんぱい)とやりたいなって思ってた。大学で、CG(しつ)におる時も、学食(がくしょく)(めし)食う時も、由香(ゆか)ちゃんが()っても、ずっと思ってた。先輩(せんぱい)()いてほしいなって。(さわ)ったら、どんな感じやろって、ほんま言うたらずっと思ってた」  それはすごく()ずかしいことやと、瑞季(みずき)は思うてるようやった。  自虐的(じぎゃくてき)に、瑞季(みずき)は話した。  言いながら、さらに憔悴(しょうすい)した顔になり、瑞季(みずき)はぐったりしてきた。このままやと、またヘロヘロの犬になってまうんやないかって思える弱り方や。  なんでこいつは、こう、すぐにへばってまうんやろ。血はやったはずや。それでもすぐに(はら)減ってるように見える。  大食(おおぐ)いなんやろか。それとも俺の血が、腹持(はらも)ち悪いってことなんやろか。  (しき)にもいろいろ()てる。(とおる)みたいに、ずっと補給(ほきゅう)が必要な(やつ)()れば、水煙(すいえん)みたいに、ずっといらん(やつ)()る。  瑞季(みずき)(とおる)と同じってことなんやろか。  でも、(とおる)でさえ、ここまですぐには弱らへん。  こいつまだ病気なんやろかと、俺は考えたが、頭では分かってないふりをした答えは、もう直感的(ちょっかんてき)に分かってもうてた。  愛や。愛が、()りないんや。  式神(しきがみ)たちが()しがる精気(せいき)というのは愛や。  愛は、人間が持っている霊力(れいりょく)の一つなんやろう。  瑞季(みずき)()しがってるのは、それや。愛されたいんや。  それは分かる。俺も愛されたい。(だれ)かてそうや。  それを瑞季(みずき)は、俺にやってほしいんや。  愛を、無限(むげん)(そそ)()役目(やくめ)を。 「家はどこにあるんや」 「京橋(きょうばし)です」  俺は大阪(おおさか)土地勘(とちかん)がない。聞いても分かるわけやないんやけど、話()らせたくて、そう聞いた。瑞季(みずき)もそれには気付いてたようや。  話題を変えようとする俺に、犬は(さか)らわへんかった。 「うちは、精密機器(せいみつきき)向けの部品を製造(せいぞう)する会社を経営(けいえい)してて、まあまあ羽振(はぶ)りがいいです。先輩(せんぱい)んとこみたいな、(ふる)いええお(うち)とは(くら)べもんにならんけど、近所ではまあまあ知られてる家です。たぶん、趣味(しゅみ)悪いから」  気まずそうに言う瑞季(みずき)は、自分の家があんまり好きやないようやった。  ギリシャ神殿(しんでん)みたいな家やねん。ホワイトハウスとパルテノン神殿(しんでん)(あや)しく()ぜたみたいな、ギリシャ(しき)列柱(れっちゅう)のある白い家で、広い庭には池まである。そこで犬()うてるねん。  確かに、ええ趣味(しゅみ)の家やとは、俺の美意識(びいしき)からは言えへん。  それでも、建築費(けんちくひ)がものすごかかってることは(たし)かや。  駐車場(ちゅうしゃじょう)かてパルテノン神殿(しんでん)で、ベンツとロールスロイスとポルシェが()まってる。  こいつ、こう見えて金持ちの(ぼん)やねん。養子(ようし)やねんて。そら、正体(しょうたい)犬神(いぬがみ)なんやし、(じつ)の親子ではないのやな。  それでも大事(だいじ)に育てられてきたはずや。  俺は大阪(おおさか)の事件の後、こいつの家にお()びにいって、ひらひらの服着たエレガントなおかんに()うた。  こいつの部屋も見た。  それこそ王子様の部屋みたいに豪華(ごうか)で、輸入家具(ゆにゅうかぐ)でびっしりキメてある、絵の中のような部屋やったわ。  その部屋の中にあるバロック調(ちょう)のガラスケースには、(いく)つあるやら知れへんぐらいのトロフィーが(かざ)られていて、瑞季(みずき)がいかにできる子やったか、おかんが説明(せつめい)してくれた。  瑞季(みずき)はあのおかんの生きがいや。息子がいかにええ子やったか、頭が良くて、スポーツもできて(やさ)しくて、母親思いやった。  そんな子が、人殺しなんかするわけはない。そんなんうちの子やありませんて、おかんは泣いて、ヒラヒラの付いてるハンカチで、とめどない(なみだ)(ぬぐ)ってた。  俺はその話を痛恨(つうこん)の思いで聞いてきたんや。 「せっかく気遣(きづこ)うてもろて、あれやけど、うちの親は別に俺を心配はしてへんと思います。ふらっと外泊(がいはく)しても、心配してたことないし」  お前がしてんのは外泊(がいはく)やない。失踪(しっそう)、もしくは蒸発(じょうはつ)や。 「高校ぐらいから、ずっと、時々よそに()まって、そこから学校行ったりしても、別に何も言われへんかったし。生きてて、成績(せいせき)よくて、学校休まへんかったら、それで……」  一本、電話さえかけとけば、(しま)いですと、瑞季(みずき)真顔(まがお)で言うてた。  それが事実(じじつ)と思うてるようやった。  ああ、そやな。親の心子知らずっていうやつや。俺のおかんがよう言うていた。  いくら愛してやっても、息子はわかってない。目に見える親の愛の、ほんの一部だけしか知らず、それ以外の部分のことは、当たり前やと思うてる。  それは幸せなことどすなあ、て、おかん言うてた。  なんのこっちゃやねん。俺めっちゃおかんに感謝(かんしゃ)してるやん。  ものすごマザコンやのに、これ以上どないすんねんて、いつも(こま)ったもんや。  きっとお前もそうや。今から家に帰って、おかんに()うてみ。  きっと、心配してたんやでって、泣いて喜んでお前を(むか)えてくれる。  (あたた)かい家庭の(ぬく)もりのあるパルテノン神殿(しんでん)に。  俺がそう言うと、瑞季(みずき)(こま)った顔をして、ふふん、と笑った。

ともだちにシェアしよう!