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29-39 アキヒコ

 蔦子(つたこ)さんが、自分とこの(しき)を使って調べさせたところでは、瑞希(みずき)失踪者(しっそうしゃ)という(あつか)いになっていた。  そやからまだ死んでない。  戸籍(こせき)もあれば、ひとりの人間としての権利(けんり)も生きてた。  そやから、親を(うった)えることもできたんや。  本人が知らんとこで、そんなこと勝手(かって)にやって、ええもんなのか。  ええのや、と水煙(すいえん)断言(だんげん)していた。  やられたら、やり返せ。やられっぱなしで()寝入(ねい)り、そんな弱腰(よわごし)(やつ)秋津(あきつ)にいらんのやって。  さすがは武闘派(ぶとうは)や。  それで勝呂(すぐろ)ゼウスは(うった)えられ、養子(ようし)暴力(ぼうりょく)性的虐待(せいてきぎゃくたい)(はたら)いた(つみ)で、有罪(ゆうざい)となった。  性的虐待(せいてきぎゃくたい)か。うん、まあ、そうやろなあって空気はしてた。  俺には追求(ついきゅう)する勇気(ゆうき)はあらへんかったけど、瑞希(みずき)(うち)()いてた絵で、これが地獄(じごく)有様(ありさま)やって、朝晩(あさばん)(おに)がやってきて、犬を(おか)す絵を()いてたんや。  こいつの絵は、いつもおどろおどろしい、(こわ)い絵ばっかり()くわって思うてたけど、あれもあいつが見てる現実の世界やったんやろな。  それでゼウスの(つみ)はさらに深まり、他にもあった動物虐待(ぎゃくたい)やら、労働基準法(ろうどうきじゅんほう)違反(いはん)やら、セクハラやらパワハラやら粉飾(ふんしょく)決済(けっさい)やらの罪状(ざいじょう)の数々が、(いも)づる(しき)にあれよあれよと明らかになって、羽振(はぶ)りの良かった事業は(かたむ)き、何の(ばち)が当たったんか、最後には得体(えたい)の知れん狂犬病(きょうけんびょう)のような(やまい)に取り()かれ、おっさんは死んだ。  飼い犬に()まれた(きず)から感染(かんせん)したんではという話やったが、(さだ)かではない。  それからどうなったかは知らん。たぶん地獄(じごく)()ちたんやないやろか。  鬼切(おにきり)太刀(たち)水煙(すいえん)様に、突き落(つきお)とされたんや。  因果応報(いんがおうほう)やって、水煙(すいえん)は言うてた。そうかもしれへんな。  それが勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)にまつわる、ことの顛末(てんまつ)の全てで、水煙(すいえん)はもう、犬をよそにやれという話を俺にしいひんようになった。  瑞季(みずき)は俺の(しき)秋津(あきつ)(しき)やということで、水煙(すいえん)納得(なっとく)したのやろう。  ()(やさ)しい(やつ)やねん。……(やさ)しいやろ?  (とおる)は、一連(いちれん)出来事(できごと)傍観(ぼうかん)して、(おそ)ろしいわあという顔をしていた。 「水煙(すいえん)、お前ってほんま(おに)ちゃう? もうちょっとソフトな復讐(ふくしゅう)やとあかんもんなん? 完膚(かんぷ)なきまでに(はた)きのめすんやな。何倍返(なんばいがえ)しや?」 「(おのれ)(つみ)(むく)いや。天罰(てんばつ)は、天地(あめつち)がお決めになることや。俺がやったわけやない。手ぬるいんや、お前は」  水煙(すいえん)車椅子(くるまいす)(すわ)り、しれっとしている。 「お前がやったとしか思えんわ、俺は」  そう言いながら、(とおる)はその日、カレーを()てて、キッチンからは馴染(なじ)みのある、美味(うま)そうな(にお)いがしてた。  神戸(こうべ)から、その一連(いちれん)法的(ほうてき)手続(てつづ)きの報告(ほうこく)をするため、蔦子(つたこ)さんの名代(みょうだい)で、竜太郎(りゅうたろう)が来るという事になっていた。  それで、(みな)でカレーを食うんやって。なんでカレーなんや。  竜太郎(りゅうたろう)とは神戸(こうべ)以来やった。  あれから一月(ひとつき)が刻々(こくこく)と過ぎ、俺らには神戸(こうべ)のことは、少しずつ過去になろうとしていた。  竜太郎(りゅうたろう)神戸(こうべ)から電車乗って来ると言い、夏には自分一人で水族館(すいぞくかん)行くのも(いや)やと言うてた(やつ)が、大した進歩やなと、俺は親戚(しんせき)(にい)ちゃんとして、(うれ)しく思った。  が、竜太郎(りゅうたろう)京阪(けいはん)出町柳(でまちやなぎ)駅まで(むか)えに行くと、一人やなかった。  ずんぐりした体型(たいけい)の、()こそ竜太郎(りゅうたろう)より高いものの、分厚(ぶあつ)眼鏡(めがね)かけててニコリともしいひん、中学生くらいに見える何かを()れていた。  なんや、結局(けっきょく)(しき)()()いさせたんか、竜太郎(りゅうたろう)。  見たことない(やつ)や。蔦子(つたこ)さんとこの新入(しんい)りやろか。  一体、何者(なにもん)なんやろうって、俺はじいっと新しいのを見た。  竜太郎(りゅうたろう)(うれ)しげにもじもじして立っていた。  ちょこっとだけ、男っぽくなった気もするが、まだまだ声変(こえが)わりもしてへん。 「アキ(にい)、会えて(うれ)しいわ。ちょっと()せた?」  心配げに言うて、竜太郎(りゅうたろう)は俺を見上げた。  まあな、俺にも何かと心労(しんろう)があんのや。  考えても見ろ、(とおる)と、水煙(すいえん)瑞季(みずき)同居(どうきょ)してんのやで。三日に一度は腹蔵虫(ふくぞうむし)をゲロる日々や。  でも元気やで。アキ兄、丈夫(じょうぶ)やからな。 「これ……」  自分の(となり)にいる、若干(じゃっかん)トロールっぽい()えへんやつを、俺に(しめ)して、竜太郎(りゅうたろう)はもじもじした。 「学校の友達の、安西(あんざい)くん」  えっ、人間か⁉︎︎ お前、友達おったんか。  やるやないか竜太郎(りゅうたろう)秋津(あきつ)の子としては奇跡(きせき)や。よかったなあ! 「どうも初めてお目にかかります。安西(あんざい)武雄(たけお)(もう)す者です。今日は竜太郎(りゅうたろう)くんが大好きな従兄(いとこ)のアキ(にい)さんに会いに行くというんで、ボディーガードとして来ました」  妖怪(ようかい)やろ、この中学生。絶対、普通(ふつう)やない。  眼鏡(めがね)(おく)から俺を見る視線(しせん)がものすご(するど)い。静かやけど、俺に殺意(さつい)を持ってる目や。  水煙(すいえん)おったらモヤモヤ出てる。そのレベルの剣呑(けんのん)さや。  しかも(しゃべ)り方が独特(どくとく)すぎる。竜太郎(りゅうたろう)と同じ学校ってことは、灘中(なだちゅう)の子か。  日本有数(ゆうすう)秀才(しゅうさい)ぞろいの名門(めいもん)やから、頭良すぎてちょっと変わってんのやろか。 「初めましてやな。秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)です」  本間(ほんま)暁彦(あきひこ)やろ、って?

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