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29-40 アキヒコ

 そうやねん。改名(かいめい)してん。  アキちゃん、家継(いえつ)いだしな、それが本間(ほんま)暁彦(あきひこ)ではあかんやろて、おとんが言うもんやから、改姓(かいせい)したんや。  代理父(だいりちち)本間(ほんま)さんに感謝(かんしゃ)して(せき)()き、おかんの戸籍(こせき)に入って、秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)に。  それで、おとんと同じ名前になってもうて、ものすごややこしい。 「お兄さん」  トロール君が言うた。  お前のお兄さんやない。俺は笑顔のまま、出町柳(でまちやなぎ)駅で内心(ないしん)ぴくっと来た。 「竜太郎(りゅうたろう)くんを(ぼく)にください!」  それなんで今言う⁉︎︎  もうちょっと当たり障(あたりさわ)りのない会話してからにしてくれ中学生! 「なっ、何言うとうのや、武雄(たけお)くん。まだ初対面(しょたいめん)やで。アキ(にい)(こま)っとうわ」  色白の顔を真っ赤っかにして、竜太郎(りゅうたろう)はジタバタした。  この(あわ)(かた)に自分との血の(つな)がりを感じずにはおれん。 「家行こか」 「お返事をいただきたいんです!」 「家、行こか……」  行くで、トロール君。付いてきて、話聞かせてもらおうやないか。  帰ってきた俺は、負のオーラ出てたと(とおる)が言うた。  竜太郎(りゅうたろう)? 従弟(いとこ)やで、ただの。  そうやけど、なんで神戸のトロールが来て、(ぼく)にくださいとか言うんや。  お前、どう見ても男やろ。同級生(どうきゅうせい)なんやろ?  どういうつもりや。場合によっては刃物(はもの)持ってくるで、アキ(にい)は。  しかし、あいにく俺の御神刀(ごしんとう)はお出かけ中や。朝から嵐山(あらしやま)の家へ行ってもうた。  運がええなトロール君。  ついでに言えば瑞季(みずき)留守(るす)や。家には俺と(とおる)と中学生が二人だけや。  そんな青筋(あおすじ)立ってる俺と、竜太郎(りゅうたろう)と、トロール君にカレーを出して、(とおる)機嫌(きげん)ようにこにこしていた。  なんや(みょう)竜太郎(りゅうたろう)(やさ)しかった。  お前、竜太郎(りゅうたろう)がトロール君を連れてきたんが、そんなに(うれ)しいんやな?  それやない? それ以外の何が(うれ)しいっていうんや。 「いやー、お前の予知(よち)のお(かげ)で、めっちゃ助かったで竜太郎(りゅうたろう)。その(せつ)はありがとうやで。この記念(きねん)すべきカレーをお前のために早朝(そうちょう)から煮込(にこ)んでおいた。存分(ぞんぶん)に食うてってくれ」  竜太郎(りゅうたろう)に水を()いでやって、(とおる)愛想(あいそう)よく言うた。  竜太郎(りゅうたろう)は、(ぼく)甘口(あまくち)がええなあと(とおる)に言うて、アホ()かせ、うちは辛口(からくち)一択(いったく)や、と(すご)まれたが、その後すぐに二人は、これやな、これや、とか言うて、笑い()うていた。  なんなんや、こいつら。気持ち悪い……。  安西(あんざい)トロール君は(とおる)を見て、びっくりしたようやった。  めちゃくちゃ美しいからやろうな。  (とおる)はやらへんで。そっちをください言うたら、アキ(にい)ほんまに刃物(はもの)出してくるからな。 冗談(じょうだん)()まんで。冗談(じょうだん)やけどな……。 「(から)いわ、これ。思ったとおりや。ほんまに良かった」  こそばゆそうに言うて、竜太郎(りゅうたろう)もにこにこしてた。  こいつ、こんな機嫌(きげん)のいい子やったやろか。  もっとヒネくれてて、可愛(かわい)げのないチビやったけどなあ。  中一にとっての一夏は、長い時間やということやろか。いろんな事があったよな。 「あんな、アキ(にい)(ぼく)予知(よち)はやめてん。封印(ふういん)した。よっぽどのことがあって、必要な時にしか使わんことにした」  カレー食いつつ、竜太郎(りゅうたろう)は言うた。  カレーを一ミリずつ食うてる。(から)いんか。竜太郎(りゅうたろう)。まだまだ子供(こども)やな。  水なくなってもうてて、可哀想(かわいそう)やし、水飲むかって俺が注いでやると、竜太郎(りゅうたろう)はそれを、しみじみ感慨深(かんがいぶか)そうに見た。  なんなんや、その目。(とおる)までがウルウル来てる。  なんなんやってお前ら。俺に何を(かく)してるんや。 「武雄(たけお)くんがな、(ぼく)がいつもテストで首位(しゅい)なん、どうしてなんですかって聞いてきたからな、ヤマが当たるねんて教えたってん。予知(よち)でな、分かるんやって」  話に出てるトロール君は、全く聞いてもいないふうに、黙々(もくもく)とカレー食うてた。ええ食いっぷりやった。 「どうせ信じへんわって思うてたら、信じてくれてん。それで、そんなズルして面白(おもしろ)いですかって」  うん、まあ、ズルかなあ。そうやなあ。テスト受ける前から、出題(しゅつだい)分かってたら、そら、百点とれてまうよな。  それでも、その問題自体が理解はできてんのやから、竜太郎(りゅうたろう)は何も、未来が見えるだけのアホではないんや。秀才(しゅうさい)やで。 「ズルて言われたら(はら)たつし、いっぺん予知(よち)なしでテスト受けてみよて思うてな。そしたら、バリ順位(じゅんい)下がってもうて、(あせ)ったわ。武雄(たけお)くんが首位(しゅい)やってんな」  それ、かっこええな、みたいな目で、竜太郎(りゅうたろう)(となり)でカレー食うてるトロールを見た。  若干(じゃっかん)、とろんとした目やった。 「ほんで好きになってもうてん」 「(ぼく)も好きです」  聞いとったんかトロール君。ものすご即答(そくとう)やないか。  デキてんのかお前ら⁉︎︎ 中学生やろ⁉︎︎  しかもお前……竜太郎(りゅうたろう)……言うたら何やけど…………面食(めんく)いちゃうんや。秋津(あきつ)家の(のろ)いから解放されてんのや。  トロール君、メガネとったら美形(びけい)なんか? 変転(へんてん)すんのか?  (ちが)うよな。そういう(ふう)には見えへん。 「武雄(たけお)くんバリ頭ええんや」 「将来(しょうらい)官僚(かんりょう)になろうと思っていましたが、議員(ぎいん)になって法改正(ほうかいせい)して、竜太郎(りゅうたろう)くんと結婚(けっこん)したいと思います」

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