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29-41 アキヒコ

 頑張(がんば)ってくれトロール君。  俺は(かす)かに頭痛(ずつう)しながら笑い、(わか)い二人を応援(おうえん)していた。  竜太郎(りゅうたろう)。俺への熱病(ねつびょう)が冷めたんやな。良かったな……。 「大丈夫(だいじょうぶ)かアキちゃん。背中(せなか)(すす)けてんで」  (とおる)気味(きみ)()さそうに笑いながらカレー食うてた。  (すす)けてへん。喜んでる。喜んでる。  まあ、中学生の恋愛(れんあい)なんて、どないなるか分からへんしな。  どないなるか分からへん。一寸(いっすん)先は(やみ)や。 「アキ(にい)に良かったなて言うてほしいし、()れてきてん」  ()ずかしそうに言う竜太郎(りゅうたろう)を見て、俺も(わろ)うてた。 「良かったな、竜太郎(りゅうたろう)」 「うん……ありがとう……」  めっちゃ()れてる竜太郎(りゅうたろう)の横で、一切(いっさい)()れてへんトロール君が異様(いよう)やった。  でもまあ、それでええか。その方がええかな。そうやなあ。竜太郎(りゅうたろう)。  俺のために死ねたお前が、まさか心変(こころが)わりできるとは、中学生の可能性はすごいわ。無限大(むげんだい)やな。すごいわ……。 「もう一個、大きなお知らせがあるねん」  ごそごそとポケットから電話を出して、竜太郎(りゅうたろう)は写真を見せた。 「じゃーん! 見て!!」  なんや? トロール君とのラブラブの写真でも入ってんのか?  目をしょぼしょぼさせつつ見た俺と、(とおる)は、ほぼ同時に(おどろ)いて、椅子(いす)から(こし)()かせてた。 「か、寛太(かんた)⁉︎︎」 「(とら)やないか⁉︎︎」  同時に(さけ)んだ俺と(とおる)に、竜太郎(りゅうたろう)(うれ)しそうに(うなず)いた。 「一昨日(おとつい)、帰ってきたんや」  竜太郎(りゅうたろう)の見せた写真には、満面(まんめん)()みの寛太(かんた)が写ってて、(とら)()いてた。  ほんまもんの(とら)や。動物のほう。しかも、仔虎(ことら)や。小さいねん。(ねこ)の子ぐらいや。  でも、(まぎ)れもなく(とら)や。こんな(ねこ)いてへん。 「ちょ、小さないか? これ信太(しんた)なん?」  (とおる)はびっくりした顔で、写真を二度見(にどみ)してる。 「多分(たぶん)やで。まだ変転(へんてん)せえへんし、なんとも分からへんけど、寛太(かんた)はそうやって言うとうし、お母ちゃんも喜んどうから、信太(しんた)なんやと思う」 「えらいチビなってもうて……」  (とおる)はそれを(なげ)いたけども、よくぞ見つけたと思う。  寛太(かんた)はカメラに向かってピースしてて、()れやかな()みやった。  その顔が、俺らが知ってる最後の顔より、大人びていて、寛太(かんた)が成長したのを感じた。  もう、あんまり(おぼろ)()てへん。  寛太(かんた)って、どんな顔やったかな。これがあいつの、ほんまの顔やったんやろうなあ。  もはや、寛太(かんた)の顔には、何時(いつ)ぞやあったような(うれ)いや、(まよ)いの気配(けはい)はなく、ぼうっとして見えていた表情の代わりに、()()けたような笑顔があった。  自信に満ち(あふ)れた(たし)かな()みやった。  目にも強い(かがや)きがある。  そこには、こっちを()()ぐに見つめて来る知性(ちせい)の光があって、深い悲しみを()()えた(あと)の、()るぎない何かがあった。  不死鳥(ふしちょう)の目なんやろうな、これが。  画像(がぞう)の目と見つめ合い、俺にはそう思えた。  寛太(かんた)はもう、(だれ)でも気楽(きらく)に手を()れられるような相手には見えへんかった。  強くて、迂闊(うかつ)(さわ)ると火傷(やけど)しそうで。それでも(やさ)しそうやった。  そうやなあ、変な(たと)えやけど、俺のおかんみたいや。 「もうちょっと大きいなって、信太(しんた)がまた(しき)として(はたら)けるようになったら、アキ(にい)のとこ返すし、待ってやっておくれやすって、お母ちゃんから伝言(でんごん)や。よろしゅうお(たの)(もう)します」  おかんの声真似(こえまね)をして、竜太郎(りゅうたろう)蔦子(つたこ)さんの(つか)いをした。 「返ってくんのか⁉︎︎」 「そらそうやん、アキ(にい)(しき)やもん。でもな……」  持て(あま)したカレーをスプーンで()っつきながら、竜太郎(りゅうたろう)口籠(くちごも)った。 「寛太(かんた)がな、信太(しんた)はなんも(おぼ)えてへんやろうって。記憶(きおく)がないねんて。大きいなったら思い出すかもしれへんのやけど、分からへんて」  そうなんや。でも、黄泉(よみ)がえれただけマシやで。良かったなあ!  俺はものすごホッとして、(かた)の荷が()りた。  ()ろしてみて初めて気付く、ものすごい重荷(おもに)やった。  ホッとしすぎて、俺はぐったり来た。ちょっと気ぃ遠くさえなってた。  なんやちょっと最近フラフラなってもうててな。ぶっちゃけキツいんや、新しい四人()らしが。  そやけど良かったな、信太(しんた)。ほんまに良かった。良かったわ……。 「寛太(かんた)が自分で(とど)けに来るて言うてた。それまで待っといてやって。今は寛太(かんた)(えさ)やらな、死んでまうんや。自分で食われへんしな」  赤ん坊(あかんぼう)かいな。想像つかんで、俺は竜太郎(りゅうたろう)の話にびっくりしていた。  ちょっと前まで、立場(たちば)(ぎゃく)やったのにな。  信太(しんた)寛太(かんた)(えさ)やってたのに。  あの鳥さん、今は(だれ)かに(えさ)やれるような立場なんか?  ていうか、大丈夫(だいじょうぶ)なんか、そんなことして。  あいつかて、(だれ)かに霊力(れいりょく)を分け(あた)えてもらわへんかったら消えてまうような、(はかな)い鳥さんやったやんか。

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