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29-42 アキヒコ

大丈夫(だいじょうぶ)やねん。不死鳥(ふしちょう)やから。今でも時々、神戸の空にはあの時と同じ、赤い鳥型(とりがた)(くも)が出てな、それが吉兆(きっちょう)やって、見たら幸せになれるとか(こい)(みの)るとか、()せるとか、受験(じゅけん)に受かるとか、お金(もう)かるとか、馬券(ばけん)大穴(おおあな)とか、思いつく限りの適当(てきとう)な話が信じられとうわ。わざわざ(くも)の写真()りとうて、神戸に来る人もいとうねんて。地震(じしん)地形(ちけい)が変わって、そういう雲が()気流(きりゅう)ができたんかなとか、研究(けんきゅう)してる先生もいてはるらしいけど……まあ、不死鳥(ふしちょう)なんやん? 寛太(かんた)は帰ってくるって(ぼく)は思うてた」  それは竜太郎(りゅうたろう)(いの)りやったんか、予知(よち)やったんか。  どっちにしろ、寛太(かんた)不死鳥(ふしちょう)として神戸に根付(ねづ)きつつあったということやった。  その(あわ)い、時には強烈(きょうれつ)な皆の信心(しんじん)が、寛太(かんた)の力の(みなもと)やった。 「それにな、アキ(にい)不死鳥(ふしちょう)(なみだ)をな、ヴィラ北野(きたの)の神父さんがサンプリングしてはってん。どないして()ったんやろうなあ?」  ほんまに不思議(ふしぎ)やって、竜太郎(りゅうたろう)は言うてた。  ほんまやな、いつの()に。  というか、不死鳥(ふしちょう)(なみだ)って何や?  俺はその時、ロックガーデンの祭壇(さいだん)信太(しんた)(ささ)げ、次は神戸港で津波(つなみ)()まれて死のかという時で、正直、神戸の街で再生の奇跡(きせき)が起きてたことに気付ける余裕(よゆう)はなかった。  その後は、瑞季(みずき)の事や、蜜柑(みかん)太郎(たろう)や、大学の卒制(そつせい)のことや、何やかんやで頭いっぱいで、世間(せけん)のことまで目が向いてへんかった。  見たくない理由もあってん。勝呂(すぐろ)瑞季(みずき)訴訟(そしょう)の件で、せっかく静まりかけていた大阪(おおさか)狂犬病(きょうけんびょう)(さわ)ぎからこっちの、パパラッチどもがまた元気になってもうたし、勝呂(すぐろ)ゼウスの会社が俺が思ってたよりずうっと大きいて、社会が(いだ)く関心が、俺の予想を()えていた。  その上、勝呂(すぐろ)ゼウスが長年虐待(ぎゃくたい)してきたという養子(ようし)の顔が、アイドルみたいに可愛(かわい)い。めっちゃ可愛(かわい)いやないかと、世間(せけん)がそっちにも目を向けた。  それだけならまだしも、瑞季(みずき)は大学に復学(ふくがく)したんや。戸籍(こせき)あるんやし、妖怪(ようかい)やけど大学行ける。  学籍(がくせき)退学届(たいがくとどけ)を親が出してて、消えてもうてたけど、(その)先生が尽力(じんりょく)してくれはって、また(もど)れることになったんや。  ほんま言うたら、うちの家が多少の金は使(つこ)うたようや。金と権力(けんりょく)はこう使えみたいな話やわ……。  それで、あいつは叡電(えいでん)で学校行くやんか。車の免許(めんきょ)は持ってへんかったし、あいつは何か平気らしい。パパラッチに写真()られても平気や。  それも何かの(ばち)やと思ってるらしい(ふし)もあるし、とにかくもう()っ切れてもうたんやろう。どうでもええわと思うてるらしい。  あいつ、おとんと()とったらしいわと、(うわさ)されても気にしてへん。  元々(もともと)あいつに関しては、()(こと)()(こと)、学内でも(うわさ)されてた。  勝呂(すぐろ)瑞季(みずき)は男が好きやねん。そういう趣味(しゅみ)やって言われていたし、実際そうやった。  俺が好きやったんやし、アメリカ村のワンワン王国で死んだ気の毒なお友達かて、(みな)、男やったんやから。  今更(いまさら)やって、思うみたいや。(かく)す気はない。  それに、勇気付けられる人あり、盛り上(もりあ)がる(そう)もあり、世間(せけん)物見高(ものみだが)いわ。  パパラッチも、もう何を()ろうとしてんのやら。何が目当てかよう分からん。  勝呂(すぐろ)瑞季(みずき)は大学の先輩(せんぱい)のマンションに今は住んでる。どういう関係や? 狂犬病(きょうけんびょう)(さわ)ぎで話題になった、あん時の男や。いつからデキとったんやと、そういう話になってまうやん?  あいつそれを、一回も否定(ひてい)しいひん。そうやとも、(ちが)うとも言わん。何一つ語らへん。  言うても無駄(むだ)ですというのが、瑞季(みずき)理屈(りくつ)やけど、多分わざと言わんのやろう。  俺かて学校いかなあかんしな。写真には()られる。気をつけて、()けてはおるけど、四六時中(しろくじちゅう)雲隠(くもがく)れはしとかれへんやん。気疲(きづか)れしてまう。  あいつら妖怪(ようかい)()みにしつこうて、一体どこからっていう時にうまいこと()ってんのや。  すごいな、ある意味。もう(ぎゃく)感心(かんしん)するわ。  確かに気にしてもしゃあない。()(かく)れしてたら()らしていかれへんもん。  そんなんもあって、正直(しょうじき)キツいわ。アキ(にい)()せもするって。  話()れてもうた。不死鳥(ふしちょう)(なみだ)?  何やっけ、それ。竜太郎(りゅうたろう)。 「神父さんが神戸大学で調べてはる。病気が治るんやって。まあ、そら治るよね、不死鳥(ふしちょう)(なみだ)やもんね。ほんでそれ、(むずか)しい病気の治療(ちりょう)に使えるんやないかって、研究しとうのやって。フェニクスKTやで、薬の名前。(おぼ)えといてね、アキ(にい)!」  みんなも(おぼ)えといてね、フェニックス寛太(かんた)やで。  そのまんまやな、神楽(かぐら)さん!  でもまあ、()えてかな。そのネーミングのお陰で、不死鳥(ふしちょう)(なみだ)原材料(げんざいりょう)やった魔法(まほう)新薬(しんやく)は、寛太(かんた)霊威(れいい)と結びつき、病気が治るんやという切実(せつじつ)信仰(しんこう)を、この現代において実現しつつあった。  それによって、もう不死鳥(ふしちょう)安泰(あんたい)や。  フェニクスKTの話題は、国際社会でも、ワイドショーでも持ちきりで、テレビもネットも見ないようにしてた引きこもりのアキ(にい)は知らんかったけど、もはや世間(せけん)では知らぬ者のいない常識(じょうしき)なんや。

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