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29-43 アキヒコ

 神楽(かぐら)さんはその製剤(せいざい)特許(とっきょ)を神戸の製薬(せいやく)会社に(あた)えるつもりで、それによって将来(しょうらい)莫大(ばくだい)利益(りえき)が神戸の経済(けいざい)流れ込(ながれこ)むことになるやろうと思われた。  熱い龍脈(りゅうみゃく)に乗って、大きな運気(うんき)が流れて来ようとしているわけや。  万事順調(ばんじじゅんちょう)や。寛太(かんた)はもう心配いらへん。  さすがと言うか、それは蔦子(つたこ)さんの手腕(しゅわん)やったんかな。  蔦子(つたこ)おばちゃま、神戸のスポーツバーで、俺らもうあかんていう空気で必死の相談をしてた時も、不死鳥(ふしちょう)が泣きながら飛んでる(がら)(おび)()めてた。  変な(がら)やって、スポーツバー行く前に()うた時に、チラッと思うて、気になってたんや。  予知(よち)してたんやったら言うてくれよ。それが何を意味するか、分からんかったんかもしれへんけども、蔦子(つたこ)さんには、泣きながら()寛太(かんた)姿(すがた)()えてたんやなあ。 「信太(しんた)はきっと大丈夫(だいじょうぶ)やと(ぼく)は思うよ。だってタイガースも日本シリーズ優勝(ゆうしょう)したしな。これはうちにとっては大きな吉兆(きっちょう)や。もう少しの辛抱(しんぼう)やわ。うん、大丈夫(だいじょうぶ)。そういうことで、今回の報告(ほうこく)は以上やで」  にっこりとして、竜太郎(りゅうたろう)は話を終えた。  お(つか)れさんやったな、竜太郎(りゅうたろう)。  お前も分家の(ぼん)として、(はたら)いてくれてんのやな。  そんなん電話でも良かったし、(しき)(つか)わしてくれたかてええし、わざわざお前が京都まで来ることなかったやろうに。ご足労(そくろう)さんどした。  自分で来たかってん、アキ(にい)に会いたかったし、アキ(にい)のマンションにも来てみたかった。(とおる)ちゃんのカレーも食いたかったしな、と、半分残してるくせに、竜太郎(りゅうたろう)の顔は(うれ)しそうやった。 「これ無理なんやけど、まだお腹すいとうわ。(とおる)ちゃん、他に何か美味(おい)しいもんない?」  にこにこ親しげに竜太郎(りゅうたろう)(とおる)(たず)ね、チッと舌打(したう)ちされていた。 「あるわけあるかい。カレーライス一択(いったく)や! ()りんのやったら(たまご)かけごはんでもモソモソ食うとけ中一」  (とおる)は以前にも言うたような悪態(あくたい)をつき、ほんまに(たまご)かけごはんを(りゅう)太郎(たろう)に食わせてやっていた。  残ったカレーは勿体無(もったいな)いので、彼氏(かれし)安西(あんざい)トロール君が美味(おい)しくいただきました。  どんだけでも遠慮(えんりょ)のう食うな、中一は。 「それよかアキ(にい)(ぼく)ら写真()られたで、さっき。あれ、ほっといてええの?」  (たまご)かけごはん食いながら、竜太郎(りゅうたろう)は聞いた。ここへ来る道々(みちみち)出会った、パパラッチさんの事を言うてんのやった。  近頃(ちかごろ)ではプロのパパラッチさん以外に、通りすがりのおばちゃんとかも警戒(けいかい)せなあかん。もはや(だれ)が敵かも分からん状況(じょうきょう)や。 「お前らの写真は消してある」  アキ(にい)従弟(いとこ)のプライバシーは術法(じゅつほう)で守っといた。  未来ある中一カップルの写真まで()るとは、どういうつもりや。トロール君、赤の他人やで。申し訳ないわ。  あんまりやると(あや)しまれて藪蛇(やぶへび)やったらあかんし、(むずか)しいんやけど、()ったはずやのに()れてないとか、()った後にカメラにコーヒーこぼしてまうような不運(ふうん)は、パパラッチさんを度々(たびたび)(おそ)うているはずや。  アキ(にい)(のろ)いや。 「怜司(れいじ)(たの)んで、何かしてもらったら? あいつマスコミも少々動かす力あんのやで」  心配げに、竜太郎(りゅうたろう)は俺にアドバイスした。  そうやなあ、そうや。でも俺、電話すんな言われてるしな。気が重いんや。  だって、俺のおとんに()れてる(やつ)やしな。気まずいやん。  正直そこまで手が出えへんのや。またもや自分のことで精一杯(せいいっぱい)になってもうててな、(おぼろ)に会うのがしんどいねん。  あいつのこと、(ちゅう)ぶらりんやな。  この時まだ、蜜柑(みかん)太郎(たろう)の前やから。俺がまだ、おとんの背中(せなか)()す決心する前やもんな。 「帰り、気悪(きぃわる)いし、別の位相(いそう)から行こか。あんまりやるとようないんやけど、駅までの通路はさすがに()るなて思うてたとこやし」  通学用ワームホール作っとこか。もう(おそ)すぎるくらいやな。  そやけど京都は古い(まち)でな、迂闊(うかつ)()ると、地面もやけど、位相空間(いそうくうかん)も、なんかとんでもないモン()り当ててもうたりするから、(あぶ)ないんや。細心(さいしん)の注意でいくか。 「そんなことできるんやなあ、アキ(にい)、すげえすげえ。怜司(れいじ)みたいや」  そうやろう。あいつに(なろ)うたんや。  神戸のホテルであいつと()てもうた時にな、位相(いそう)()えて連れまわされたせいで、アキ(にい)コツを(つか)んだんやで。お前にはまだ言われへんけどな。 「帰る前に一個、聞いてもいいかな」  もう帰るんか、ゆっくりしていってええんやけど、と思うけど、京都デートやなお前ら。  見たら分かるわ、さすがの俺も。  トロール君は何考えてんのやら分からんけど、竜太郎(りゅうたろう)は、はよ行こうみたいな、そわそわした顔やった。 「あんな、アキ(にい)…………」  ヒソヒソヒソ、と竜太郎(りゅうたろう)()の鳴くような声で聞いた。  え? なになに? なんて言うてんのやお前は。声小さいわ。  普通(ふつう)の人間の耳には聞こえへんで。お前も普通(ふつう)でない中一やねんな。秋津(あきつ)分家(ぶんけ)(ぼん)やもんなあ。  竜太郎(りゅうたろう)はこう聞いてたわ。俺には聞こえた。  秋津(あきつ)本家(ほんけ)(ぼん)やしな。  (ぼん)ちゃうかった、もう当主(とうしゅ)やった、俺は。自覚(じかく)が足りてへんな。

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