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29-44 アキヒコ
「アキ兄 、男同士 ってどないして、やるん?」
嬉 し恥 ずかしいみたいな顔で竜太郎 は密 やかに尋 ね、俺は痛 い気まずいみたいな顔で聞いた。
「知らんわ、俺も」
俺が真顔 で答えると、竜太郎 は唖然 とした。
「惚 けんといてよアキ兄 。ズルいわ!」
「惚 けるわ、そんなもん。お前が知るにはまだ早い。修学旅行 して、はよ神戸に帰れ」
もうほんまにこいつは、早熟 なんか、秋津 家の呪 われた血が全開 なんか。
キスしたいとか言うとったん、いつやねん。なんでもうその段階 なんや、アキ兄 想像したくない。恥 ずかしい。
トロール君、自重 してくれ。うちの従弟 をよろしゅうお頼 み申 します。
「二条城 の大政奉還 の間 と、清水寺 と、坂本龍馬 の墓と、本能寺 が僕 は見たいです」
いかにも勉強好きのようなことを、トロール君はずれたメガネを押し上 げながら言うてた。
それは広範囲 やな。都大路 を上がったり下がったりせなあかんわ。
とりあえず、駅まで送ろうか。
おてて繋 いでいこか。
一般人 やしな、トロール君は。そんな堅気 の子に、いきなりこんな鬼道 の世界を見せてもうてええんかなあ。
けど、もしも竜太郎 と、長く付き合 うてくれるんやったら、避 けては通れない道や。分かってもろうといた方が、竜太郎 のためやろうか。
俺は亨 と、竜太郎 たちを送っていった。
中一カップルは駅で手を振 り、楽しそうに帰っていった。
手も繋 がんと歩く。それでも二人並 んで歩くだけで楽しいっていう年頃 やった。
そんな時代もあったなあ。俺と亨 には無かったけど。
せっかく工事した位相 バイパスを行くんや。誰 も見てへん。アキちゃんの新米 工事やし、長居 は無用なんやけど、でも、俺と亨 は抱 き合 うて歩き、指を絡 めた。
ちょっとキスもした。三回ぐらいした。あんまりすると、切 なくなってくる。
おかしい。なんでこんなこと、隠 れてせなあかんのや。
まるで、密会 する二人みたいやないか。
俺ら一緒 に暮 らしてんのやで?
「アキちゃん……今、家に俺らだけやん。急いで帰って、ゆっくりやらへん? 犬も水煙 も、まだ帰ってこないやろ」
亨 はそれが後ろめたいように、密 やかな声で俺を誘 った。
瑞季 は大学行ってたし、水煙 は嵐山 の家に行ってる。
おかんの悪阻(つわり)がひどいんで、見舞 いや。診 にいったというんか。
秋尾 さんが車で迎 えに来てくれて、また送ってきてくれる約束 になってる。
どっちも、いつ戻 るか分からんのやけど、今日は竜太郎 がゆっくりしていくんやと思い込 んでた。何時間あるやろうという計算は、してへんかった。
時が、刻々 と過ぎる気配 が、忙 しなく思える。
亨 と過ごしてもいい時間は、何時間やろ。
そういう変な分刻 みの感覚があって、くつろげへん。
これが、おとんが昔、感じてた、式神 多頭飼 いの世界ってことなんやろうな。
なんか、自分がバラバラに切り刻 まれて、バラ売りされてる気持ちになる。
アキちゃん三等分 して、亨 と水煙 と、瑞季 で分ける。喧嘩 にならへんように。
亨 は、筆頭 やから、取り分が多い。水煙 はその次、瑞季 はさらにその、残りを食えって……そういう世界に。
あんまり気の滅入 るようなこと、考えたらあかんな。
これがハッピーエンドやろ? 少なくとも俺が選べる、一番マシな未来やった。
一番マシ。
そうやったやろか?
家の玄関 をくぐるなり、俺に抱 きついてきた亨 の、乱 れた切 ない息を自分の首筋 に感じながら、俺は悩 んでた。
堪 えてたと言うたほうが正しいか。
あの時、あいつらを始末 しとけば、亨 を苦しませんで済 んだのにな。
そう思う気持ちが、ほんのすぐそこまで胸 に迫 ってきて、苦しい。
そんなこと俺は思うてへん。それはあまりにも酷 い。あいつらが悪い訳 やない。憎 くもないんや。
むしろその逆で、あれもこれも好きや、哀 れやって、胸 が、体が、引き裂 かれそうになってる。
「アキちゃん、血吸 うていい?」
欲 しい欲 しいって、思いつめたギラつく金の目で、亨 は俺を見てて、俺は頷 いて、それを許 した。
待つ猶予 もなく、亨 の唇 が俺の頸動脈 に触 れ、熱い快感 のある牙 が、肌 を貫 く。
痛 い。
切 ないような気持ち良さが湧 いて、苦しい。
亨 と寝 たい。
ほんま言うたら毎日寝 てるんや。寝室 で、俺と亨 は二人で寝 てる。そやから、抱 こうと思えば抱 けるし、実際やってる。ほぼ毎日や。
でも、何となく、声を堪 えてやってるんや。外には声が漏 れへんように。
俺は結界 張 ってるし、漏 れてへんやろうと思う。外で耳をそばだててへん限りは。
そやけど、そうしてると気もそぞろやし、なかなか極 まりきれへん。一回やるのにものすごく長い時間がかかる。
亨 は声を殺して悶 え、いつまでも責 められて、ヘトヘトなって、息絶 えるように眠 ってしまう。
俺は眠 れへん。誰 かがまだ、隣 で起きている気配 がする。
それが水煙 なんか、瑞季 なのか、確 かめたことはない。
恐 ろしい気がして。
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