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29-47 アキヒコ

 お前はなんで(いた)いもんばっかり絵に()くんやろうな。  そうでもしないと、自分の中にはしまっておけへん(つら)さが、きっとあるんやろうな。  それを(いや)してやることは、俺にはもうできひん。  瑞季(みずき)、一人で死ね。  かつて自分があいつに言うた、今思えば(おに)としか思えん言葉を、俺はもういっぺん()()めてた。  これからそれを、もう一度あいつに言わなあかん。  それを言われて、あいつが泣こうが、(わめ)こうが、死んでしまおうが、俺はそれに()えるんや。そうするんや、もう決めた。  それが(とおる)にとって一番ええことや。  たとえそれがどんだけ(つら)くても、俺は(とおる)と笑って生きてく(おに)になることにするわ。  そやけど、そんな強い覚悟(かくご)が俺にあったかな。  (しき)()てるんは(つら)いんやで。  あの強いおとんですら、(おぼろ)()てきれてない。あいつをまだ(おも)うてる。  俺みたいな優柔不断(ゆうじゅうふだん)な男が、そんな芸当(げいとう)できるやろか。  いや、どうやろな。おとんかて、ほんま言うたら今もずっと、()れてんのかもしれへん。  自分を翻弄(ほんろう)する運命の波に()まれて、()れているのかもしれへんな。  俺は瑞季(みずき)がどこ行ったか知らへんかった。  それでも見つけられたんは、その、運命(うんめい)ってやつか。  あいつあんまり遠くへは行ってへんかったんや。なんでか知らんけど、マンションの地下の駐車場(ちゅうしゃじょう)におってん。  出て行かれへんかったんやって。  ショックで、びっくりして()げたけど、()げていく場所がどっこも思いつかへんかったんやて。  そうやな。お前の()げる場所なんて、俺のとこしかもうないんや。  ほんまに、ごめんな……瑞季(みずき)。  駐車場(ちゅうしゃじょう)()りた薄暗(うすぐら)いコンクリートだらけの空間(くうかん)の、(すみ)の方に、(かす)かに光って見える瑞季(みずき)の小さい姿(すがた)があった。  ざらついた(かべ)にくっついて座り込(すわりこ)み、瑞季(みずき)はもうこれ以上()げられんていうところで、(かす)かに声上げでメソメソ泣いてた。  もちろん可哀想(かわいそう)やった。  (むね)締め付(しめつ)ける(あわ)れさやったんやけど、俺はなんも考えんようにした。  あの時、死んでたほうが、お前は(らく)やったか?  俺が大阪(おおさか)でお前を()った時。神戸で見つからんようになったお前を、(さが)しに行った時。そのまま別れて二度と会わん方が、お(たが)いなんぼかマシやったんかもな。  泣きながら、俺を見上げた瑞季(みずき)を見下ろして、俺は(こわ)い顔やったらしい。  瑞季(みずき)は俺が(おこ)ってると思うてた。  なんでか知らんけど、俺に殺されると思うたんやって。 「ごめんなさい、すみません。別に悪気(わるぎ)はのうて、びっくりしただけです」  何でお前、(あやま)ってんのや、俺に。  その、ひたすら()びる口調(くちょう)が、京橋(きょうばし)で見た、こいつのひらひらのおかんを思い起こさせて、俺は不快(ふかい)やった。 「(あやま)る必要ないで。俺がお前に(あやま)りに来たんやで」 「(うそ)や、なんで? 何を(あやま)るんです? 先輩(せんぱい)なにも悪いことしてへんやん。あの人が好きやし()きたいんでしょ? そんなん俺も分かってますよ。もう、(いや)やっていうぐらい、知ってんのやし、今さら言わんといてくれ!」  小さい犬が()いてるみたいに、瑞季(みずき)はキャンキャン泣いていた。  お前やっぱり(きず)ついてたよな。俺が(あやま)ろうっていうのは、そこやん。  それでも、俺の口をついて出たんは、瑞季(みずき)が俺に(おび)えるだけのことはある、一刀両断(いっとうりょうだん)の言葉やった。 「お前とはもう無理や。()まんけど、ここにはもう置いてやられへん。うちの実家か、神戸の分家(ぶんけ)()うてもらう」  お前はうちの式神(しきがみ)で、俺の二人目の恋人(こいびと)やない。友達でもない。ここに住む理由がない。  式神(しきがみ)同居(どうきょ)するのは便利やからや。そのほうが都合(つごう)がええし、監視(かんし)もできるし、そうするんや。  もしも他の都合(つごう)があって、一緒(いっしょ)に置いておかんほうがええ(しき)がおったら、引き離(ひきはな)す。  喧嘩(けんか)する(やつ)もおるんや。  水煙(すいえん)がかつて、(おぼろ)を家から出したんは、あいつが気に食わんかったせいもあるやろ。本音(ほんね)を言えばそうやっただけかもしらんけど、理由は他にもあった。  他の(しき)喧嘩(けんか)するからや。  あいつが一方的にやられて、死にそうやったからや。  たとえ(にく)くても水煙(すいえん)にとっては、(おぼろ)手下(てした)式神(しきがみ)で、おとんの(おも)いもんやった。  いつのまにか死んどったわでは、()まんかったんや。  お前もそうや、瑞季(みずき)。お前をここに置いといたら、いつか死ぬ。  (とおる)かお前かどっちかしか選べへん時が来たら、俺は泣きながらでも、(とおる)を選ぶからや。  お前を生かすためには、()てるしかない。  もう、一緒(いっしょ)には()られへんのや。  俺は泣いてへんかった。(なみだ)出えへん。  たぶんもう、(おに)やからやろうなあ。  ただ瑞希(みずき)だけが、一人でどうしようもなく泣いていた。 「(いや)や……。何でもします。ここに置いてください。先輩(せんぱい)(はな)れんのは(いや)や」  俺の足に(すが)りつて、瑞希(みずき)は泣いてた。  そういえば、あいつも言うてた。(おぼろ)やん。  足に(すが)り付いてでも、()てんといてって(たの)めばよかったって。  ()やんでるって、言うてたけど、俺は思うんや。そんなことされずに()んで、おとんはお前に感謝(かんしゃ)してると思うで。  これ、めっちゃ、つらいわ……。

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